第5話 夢と狐と筋肉痛

「しゃべってる……」


一話またいでも、まだ驚きと興奮が冷めない紗夜は改めてまじまじと小狐を眺めた。


「そんなに驚くことかな、紗夜の周りって異能力者もたくさんいるんだし、今更じゃない?」

「ううん! そんなことない。私嬉しいの! ずっと君とおしゃべりできたらなって思ってたんだから」


紗夜は子供のように目を輝かせてそういった。

そんな紗夜の前で小狐はぴょんぴょん飛んで遊んでいる。

かわいい。


「でも、僕は紗夜に会ったときからずっとしゃべりかけてたんだよ。それが今日になって通じたんだ」

「てことはこれが私の異能力、なのかな」

「うん、きっとそうだよ!」


紗夜は自分の両手をまじまじと眺めた。


「動物とお話できる力? わくわくアニマルトーカー……?」

「残念だが、そんな可愛いものではないぞ」

「え?」


そんな紗夜に小狐とは違う声が話しかけてきた。

顔を上げると目の前から大きな狐が歩いてきていた。


「こうして会うのは初めましてだな紗夜。話はこやつ……息子のキラヌイから聞いておる。私の名前はシラヌイ。妖狐達の長である」

「おっきな狐さん!」


思わぬ可愛い生き物にテンションが上がる紗夜。

思わずシラヌイに飛びついた。


「おっと……ふふふ、くすぐったいぞ。だが丁度いい。そのまま背中に乗りなさい。私たちの住処で少し話そう」


シラヌイはそう言うと小狐キラヌイと紗夜を背中に乗せて歩き出した。

歩いていくとだんだん道のようなものが現れ、小さな動物たちがそこらを駆け回るようになった。



♪お客だお客だニンゲンだ


 100年ぶりのニンゲンだ


 世渡り上手の巫女がきた


 祝えや踊れや今夜は祭りさ♪



とどこからともなく唄も聞こえてきた。

そして道は一つの大きな屋敷に続いていた。日本家屋のような場所だった。


「うわあ」


と、あまりに立派なお屋敷に感嘆の声が漏れる。

紗夜はその中の一室に運び込まれた。


シラヌイはゆっくりと紗夜を降ろすと正面に座った。


「さて、改めて初めまして、紗夜。私が狐族の長シラヌイ。君が仲良くしてくれていた小狐は我が息子。キラヌイという」

「はい! キラヌイです!」


そんな二匹の挨拶に紗夜もお辞儀を返す。


「あ、えと、紗夜です! 宵闇紗夜といいます」


うむ、とシラヌイは頷いた。


「さて、我々はこの日を待っていた。君が初めてこちらの世界に来た時からな」

「うん! 初めて僕と紗夜があった時からね!」


初めて小狐さん、キラヌイに出会った日……

紗夜は思い返す。

確かそれは私がとても小さかった時……兄が異能力を発現した年齢を超えてからしばらくした時だ。

段々と周りの老人たちの当たりが強くなり、母が笑わなくなってしまった時だ。

約、10年前のことだった。


「そうだな、10年間君は能力が半分覚醒した状態だったのだ。それゆえに我々の言葉は通じぬし、キラヌイ以外は君には会えなかった」


だからこのタイミングでシラヌイさんや色々な動物が見えるようになったのか。

納得しつつ、紗夜は一番気になってることを尋ねた。


「あの、じゃあシラヌイさん。貴方は私の異能力の正体を知っているの?」


そう聞くとシラヌイは鷹揚に頷いた。


「ああ。とてもよく」

「あの、じゃあ私の能力は……」


食い気味にそう尋ねる紗夜にシラヌイは優しい目を向けた。


「それは、まだ教えられないのだ、すまぬな紗夜」

「え?」

「今日君はキラヌイの力をその身に宿して戦ったろう。それは君の能力の表層に過ぎぬ。しかし、それでも君の体には相当な負担がかかった」


紗夜はそう言われて自分の体を眺める。

今は夢の中だからなんともないけど、確かに帰り道少し体が重たかったような……?


「まぁ、キラヌイの力程度なら明日とてつもない筋肉痛に襲われる程度で済むだろうがな」


不安そうな紗夜を安心させるようにシラヌイはそう言って笑った。


「しかし、君が自分の能力を理解し、さらなる力を求めた場合は違う。最悪の場合、力の代償で命を落とすかもしれない」

「それは、流石に大袈裟なんじゃ……?」

「いや、現に君の前にこの能力に覚醒した女性は能力を発現させてから2年で命を使い切ってしまった」


紗夜は目を見開いた。

たった2年で、命を落とした?


「あぁ、それほどまでに、だ。君の異能力の力は大きすぎるのだ」


シラヌイは少し悲しそうな表情を浮かべ続けた。


「だからこそ、君には自分の意思で決めてほしいのだ。これより先の領域に踏み込むかどうかを」


今のままでもキラヌイの力は使えるのだ。理由がないのなら無駄に力を求める必要もないだろう、とシラヌイは付け加えた。


そして紗夜は目を覚ました。あたりは微かに明るくなっていた。

現実世界に戻ってきたのだ。


とりあえず顔を洗おう。


そう思って布団から立ちあがろうとした時だった。紗夜の体中に凄まじい痛みが走った。


「いたたたたたた……!」


筋肉痛だ。それもこれは体中余すとこなく、といった具合だ。


「大きすぎる力の代償……」


確かにこれはかなり危ないかもしれない。

紗夜はへっぴり越しのまま真剣な顔でそう思った。


「筋トレ、しなきゃ」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る