全部聴こえている

「ゼノ調竜師、これからも頑張ってくれたまえ」

「ありがとうございます」


 今日は給料日ということで、リーダーが調竜師のみんなを会議室に集めて働いた対価として給料を渡していた。

 人間というのは働いていて一番心が弾むのがこの瞬間だろう。

 みんなが金貨の入った袋をもらって喜びを露にする中、俺もリーダーから袋をもらってウキウキだ。


(……でもやっぱり、いくらもらったかの自慢はするんだな)


 調竜師の中で調子に乗っている連中、言ってしまうと俺やリトたちに意味もなく突っかかって来る連中だけど、互いに袋の中を見せ合って満足そうに頷いている。

 基本的に特別な手当てを除けば調竜師の給料はほとんど横ばいなんだが……だからこそ、俺は絶対に彼らのような人たちと給料について話すことはない。


「それでは解散、今日もドラゴンたちの世話をよろしく頼む」


 リーダーの声で俺たちは各々動き出した。

 俺はすぐにルナの元に向かおうとするのだが、面倒なことにこんなことを傍で囁かれた。


「女王様のお付きはさぞ高給取りなんだろうなぁ? 同じドラゴンを相手するだけで給金の額も違うとか不公平じゃね?」

「……………」


 調竜師は人とドラゴンを繋ぐ架け橋だとリヒター様は言った。

 その言葉を胸に調竜師としての仕事に誇りを持っている者は大勢居るのだが、彼らのように同じ調竜師を敵視する者たちは前にも言ったが少なからず居る。


(……って、確かこいつってあれじゃね?)


 彼の顔を見て俺は思い出した。

 俺は基本的に同じ調竜師の中でも仲が良い友人たちしか接していないので、当然このように突っかかって来る奴のことはあまり知らない。

 それでもこの同僚に関して知っていたのはドラゴンとの折り合いが悪いということで、リーダーが近々首にしようかと言っていた奴だ。


『最初は良い志を持っていたはずなのだがな……騎士の方が給料が良いのは当然だが調竜師もそれなりに多い。余裕が出来てくると気が大きくなるのやもしれん』


 幸いなのは彼もまたドラゴンの恐ろしさを知っている。

 だからこそドラゴンに歯向かうことはしないし文句も垂れない、だがその反動が俺たち人間に対して出てくるというわけだ。


「いくらもらったんだよ。つうか、俺に変われよ女王様の世話をさ」

「断る」


 ただ……言っていいことと悪いことというのはある。

 そもそも俺がルナのパートナーになったのはリヒター様の命だし、それを抜きにしても俺はもうルナの傍を離れるつもりはない。

 仮にこいつがどんな奴だったとしても、人として優れているような奴でも俺は絶対にこの立場を渡すつもりはない。


「話はそれだけか? じゃあ俺は行くぞ」

「……ちっ」


 言い返してくるのを待っていたのか、それとも単純に口喧嘩でもしたかったのか、或いは俺が折れて本当に立場を渡すと思っていたのか……そのどれかは分からないが奴にとって俺の反応は面白くなかったらしい。


「……ふぅ」


 奴と別れた後、俺は安堵の息を吐いた。

 実を言うと……俺自身、仕方ないこととは思いつつも最近では気を付けないといけないことが増えた。

 それはルナのことで、最近になって俺はルナと何かが繋がっている感覚がある。

 その原因は間違いなくルナの体液が俺の体の中を流れているからであり、それに関してはルナも間違いないと言っていた。


『元々ゼノのことについては感じ取ることが出来るけれど、今まで以上にあなたを感じ取ることが出来るわ。たとえ微弱でもあなたに何かあればすぐに分かる。それこそあなたの心が傷ついた時、それは私に怒りを抱かせる憤怒の炎となるのよ』


 つまり、さっきのようなやり取りで俺が傷つく結果になった時……あの時のようにルナの炎が前触れもなく奴を包んでいた可能性がある。

 前も言ったが親しい連中以外がどうなろうとどうでも良い、だからこそあの男に関して思うことは何もないのだが……まあ、もしも手を出したりしていたら問答無用でルナの怒りが爆発していただろう。


「……でも、どんなことを話したのか意外と分かっていたり?」


 なんてことを思いつつ、ドラゴンの世界に戻ってルナの元に向かった。

 すると、彼女はただでさえ赤い瞳を真っ赤にしていた……それこそ、紅蓮の炎が燃え上がるかのように。


“随分と私をイラつかせることを言ったようだ。奴はどこで何をしている? あぁそうか、奴が世話をするドラゴンに聞けば良いのか”

「そこまでだルナ」


 落ち着けと声をかけた。

 やっぱり会話すらもルナには伝わっていたようで、完全にその目は奴を殺すという意志を感じさせた。

 ドラゴンは別に気性が荒いわけではないが、前にも言ったように真に愛する者に関してのことになるとドラゴンたちはすぐに怒りを露にする。


「落ち着けルナ、あんなもんはどうでも良い」

“……むぅ”


 ルナの怒りは凄まじい、しかし彼女を落ち着かせるのは慣れている。

 人間体になった彼女を抱きしめながら、頭を撫でもすればすぐに彼女は機嫌を直してあの男のことを忘れていた。

 こうなってくると俺の心の動き一つで誰かが一瞬で死んでしまうようなこともあり得そうで……それが少しばかり最近の困ったことだな。


「ドラゴンの愛は偉大で重たいなぁ」

「あなたが受け入れたんでしょ? 今更そんなこと言うなんて……でも、そうは言っても私を受け入れてくれるあなたが好きよ」


 何を今更とクスクス笑う彼女を、俺はそれから数時間をかけて抱きしめ続けるのだった。

 そして、俺はリヒター様とマリアンナ様に呼び出された。

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