真の名こそがルーナ

「貿易都市だけあって王都よりもここは活気が凄いわね。王都に盛り上がりがないって言うわけじゃないけど、この騒がしさには勝てないわ」

「確かにな。ちょっと気後れするけど……」

「それは私もよ。やっぱり、あの世界の静けさに慣れてしまってるからかしら」


 それはあるだろうなと頷いた。

 しかし……今はただ、ルーナと共に居ることだけを考えたいのに、やっぱり俺の思考の中に一体どうなっているんだろうと疑問が尽きない。

 そしてどうやら、それに関してはルーナも気付いているようだ。


「やっぱり気になるわよねぇ……そうね、やっぱり先にこの疑問を片付けましょう」

「あ……すまん」

「良いのよ。ちょっとどこかで休憩しましょうか」


 それから俺はルーナと一緒にどこか良さげな場所を探す。

 すると人が集まる大きな広場に出たわけだが、椅子がところかしこに設置されており、どうやらここは一種の休憩場所のようだ。

 俺たちはその中で空いていたベンチに腰掛け、そこでルーナがパチンと指を鳴らした。


「……え?」


 その瞬間、まるで俺たちが居る空間が切り取られたかのような錯覚に陥った。

 どうもその感覚は間違ってはいないようで、他の誰にも俺たちの会話が聞こえないようにルーナが魔法で結界を張ったようだ。


「これで大丈夫よ」

「……本当にルーナって色んな魔法が使えるんだな」

「大よそこの世界で人が使うことの出来る魔法は大体行使出来るわ。私が人ではなくドラゴンであることもそれを手助けしている感じだけど」

「……やっぱりそうなのか」

「えぇ」


 ルーナは改めて俺に向き直り、今まで隠していた真実を教えてくれた。


「改めて、私の名はルーナ。ドラゴンを統べ、ドラゴンたちの母であり、そして女王と言われているドラゴンよ」


 そう言った彼女は明らかに人の姿ではあるが、気のせいか背後にドラゴン体の影が見えた気がした。

 おそらくはそれこそがたとえ麗しい人間の姿であっても隠せないドラゴンの威圧であり、今まで接していた彼女が実はルーナという普段から接しているドラゴンの証拠でもあったわけだ。


「この場合、騙してごめんなさいということになるのかしらね」

「……いや、別に騙されていたとは思わないよ。実際、前例を調べても分からなかったからその答えに行き着けなかったんだ」

「みたいね。私に何度か人になれるかと聞いていたし」


 それを聞くたびにルーナはなれないと言っていた。

 書物でドラゴンが人になれるということは伝えられていたが、やはりそれが事実であると分からない限りは信じることは出来ないし、俺よりもドラゴンに詳しいであろうリヒター様さえも知らなかった……つまり、疑いはしても答えは出なかった。


「私が人になれることを知っているのは私とドラゴンたち、そしてゼノだけよ。更に言えば他のドラゴンの中で人になれる個体は存在しない」

「……そうなのか」

「まあ私としても数年前に人になれるかなって魔法を使ったらなれたのよ。いや~あの時はやれば出来るものねってビックリしたわ」

「めっちゃ軽いな!」

「だってそうだったんだもの」


 クスクスと笑いながらあまりにも軽く彼女は口にした。

 その笑顔を見ているとやはりルナの時の笑顔もそうだが、ルーナと接している時の彼女の雰囲気が全部混ざり合うように伝わってくる。

 こうして彼女の正体を改めて知ったからこそ、その感じ方はひとしおだ。


「……そうだったのか」

「ガッカリした? あなたがずっと会っていた女が、実は傍に居たドラゴンだってことに」

「なんでそうなるんだよ。むしろ、その可能性を僅かにも考えた時点でそうだったら良いのにって思わなかったわけじゃな。むしろスッキリした気分だけど」


 そう伝えるとルナはまた笑ったが、少しだけ不満そうに唇を尖らせた。


「でも、私としてはもう少しロマンのある正体の告げ方が良かったわね。元々こうやって城の外に出ることもなかったはずだし……ま、それについては私がゼノと過ごしたかったっていう気持ちが溢れて止まらなかったのよねぇ」

「でも、あんな分かりやすいやり方だったからこそ結構落ち着いてる気がする」

「あら、時と場合によっては大声を上げるくらいに驚いたのかしらね?」


 だろうなと俺は苦笑した。

 まあさっきも軽く大声を上げていたような気もするが、あまりにも突然だったので驚きの方が遥かに大きかったようなものだし。


(……ってそうか。そうなると……俺がルーナに対して言っていたことを全部彼女は知ってるわけだよな当たり前だけど)


 好きとか結婚しようとか、俺は全部彼女に伝えていたことになる。

 少しだけ茶目っ気があったのは確かだが、俺の中ではルーナを揶揄うために吐いた嘘というわけでもない……本当にドラゴンが好きだから、たとえあり得ないことだとしてもそういうことを口にしたわけだし。


「どうして顔が赤いのか気になるわねぇ……ふふっ、まあそれは夜にまた聞くとしましょうか」

「……………」

「本当に可愛いわねぇ。人という存在が元々可愛いというのはあるけど、それがゼノとなると愛おしさが溢れて止まらなくなる」


 彼女は俺の頬に手を添え、そのまま顔を近づけたかと思えば止まった。

 何か悪戯を思い付いたかのようにニヤリと笑った彼女はこんなことを口にした。


「いつもあなたのことをペロペロと舐めていたわけだけど、やっぱり人の姿でそれをするとなると恥ずかしいわね。でも構わないかしら? 散々私に結婚しようって、大好きだって言ってくれたものね? もちろん私も同じくらいに伝えたけれど」

「っ……」


 完全にもうルーナのペースだった。

 ドラゴンから人に変わり、喋り方も変わっただけだがやはり彼女はどこまで行っても彼女だ……けど、やっぱり見た目の変化というのはあまりにも大きく、さっきから心臓の鼓動がうるさくてたまらない。


「……でもね、この人化については欠点もあるのよ」

「え?」

「一日この姿になるために制限があるの。だからこれ以上、この姿で居たら夜に何も出来なくなるわ」

「夜……?」

「ということで、早く外に出ましょうごめんなさいゼノ!」

「お、おい!?」


 再びパチンと指を鳴らしたことで世界が元に戻った。

 ガシッと俺の手を握った彼女に連れられるように、俺はそのままカルサナンタの外に向かうのだが……そこで面倒なことが起こる。


「そこの美しいお嬢さん、待ってくれないか!?」


 そう、ナンパだ。

 しかし、彼女はただの女ではなくドラゴンだ……そんな彼女が急いでいる時に呼び止めるとどうなるか、つまりはそういうことだ。


「黙れ、私には貴様に用はない」


 その声にはとてつもない殺気が込められていた。

 俺を避けたであろうその殺気を正面から受けたナンパ野郎は泡を吹いて倒れ、腰の部分から黄色い液体をじんわりと漏らす。


「……やっぱり怖いな」

「何を言うのよ。私は優しいわよあなたにはね♪」


 それから俺たちはすぐに外に出るのだった。

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