ルーナルナルナルーナルナ……???

 貿易都市カルサナンタ、まだ都市の中に入ってはいないものの門から出入りをする人の波は多く、それだけで如何にここが盛り上がりを見せているかが分かる。


「カルサナンタ……確か冒険者組合なんかも活発なんだよな」

“あぁ。人が集まるだけあって凄腕の冒険者も多いとは噂で聞く”


 王都でも特に珍しくはない冒険者組合、全国にその支部は置かれているがこのカルサナンタの冒険者組合はかなり大きく、ルーナが言ったように凄腕の冒険者が多数集まるというのは俺も噂で聞いている。

 こうして王都を離れて他所の都市に来たのは初めてだが、高ランクの冒険者になればなるほど他人を労わる心を持った優しい人が居る反面、自分の力と地位に溺れプライドの高い連中も多いらしいというのが少し不安だな。


「……それでルーナ?」

“どうした?”

「どうするんだ? 何か秘策があるって言ってたけど」


 別にドラゴンである彼女が都市の中に入れないわけではない、だがそれにはれっきとした理由というものが必要なはずだ。

 リヒター様も時に外交で他所の国に赴くことはあるが、その時はちゃんと相手にドラゴンを連れて行く旨の連絡はするわけだ――今回、俺とルーナの旅においてどこに向かうかは気分次第ということで、当然何も連絡は行き届いていない。


「もう一度言うけど、俺は一人で都市の中に入るつもりはないぞ? 楽しんで来いとルーナが言ったとしても、あくまでこの旅は君と楽しむためのものなんだ。そんな時に傍に君が居ないなら意味はない」

“……ゼノ、本当にお前は私のことを良く思ってくれる”

「当然だろ? それで、どうするんだ?」


 ここに到着する前に行っていた彼女の秘策……それは確実にルーナが街の中に入ることが出来る自信に満ち溢れていたわけだが。

 ルーナは一旦目を閉じ、そしてこう言った。


“そうだな……それではゼノ、ルナだったか。彼女のことを思い浮かべてくれ”

「え? ……分かった」


 良く分からないが言う通りにしよう。

 俺が脳裏に思い浮かべたのはルナの姿、表情まで全てを想像したその時……目の前に変化が起きた……否、起きていた。


「はい。これでどうかしら?」

「……え?」


 俺が想像するために目を閉じたのは一瞬だ。

 その間に何が起きたのか全く分からないが、目の前に居たはずのルーナが居なくなり、その場所に彼女が……ルナが立っていた。

 ただいつものドレス姿ではなく、どこかの国の民族衣装だ。

 しかし、当然ながら少しばかり地味な服を着たとしてもルナの美しさは全く隠せてはいない。


「……って、なんで!?」


 当然、俺が驚くのは仕方ないものだ。

 ルーナが居た場所にルナが現れて……ルナがルーナでルーナがルナで……ルナルーナルナルーナルーナルナ……あ、ちょっとおかしくなりそう。


「あなたの想像の中のルナを直接抽出する形でこの姿を再現させてもらったわ」

「……えっと、つまりルナじゃないのか?」

「その通りよ。私はルーナ、ということで行きましょうか」


 そう言ってルナは……ルーナは俺の腕を取った。

 しかし、俺はどうしてもこの腕の温もりから感じ取れるものがルナとしか思えなかったのだ……もちろん俺の記憶というか、想像したルナを再現できる魔法をルーナが使えたとしても、俺はどうしても彼女がルナだと心のどこかで確信していた。


「……ルーナ」

「なに?」

「正直、分からないことだらけだし驚いてる。それでも確信というか、絶対に間違ってないっていう自信がある。だからこそ、後で詳しいことを聞かせてほしい」

「……そうね。流石にこれは無理があるかしら」

「だな。でも今は楽しもう……ルーナもそれを望んでるみたいだし」

「そうね。えぇその通りだわ――行きましょう」


 それから俺はルナと……じゃなくて、ルーナと共にカルサナンタに入った。

 彼女にも伝えたように驚きと疑問を口にする前に、俺はどうしても一旦それを抜きにしてルーナとの時間を楽しみたかった……彼女から早く楽しみたいと、そんな感情をルーナの瞳から感じたから。


「……人が多すぎるだろ」

「本当にね。ある程度予想はしていたけど、普段から静かな場所に居る私からすればあまりにもうるさいわ」

「居眠りばかりしてるもんな」

「そうねぇ。あれだけ静かだと居眠りが捗って仕方ないのよ」


 ……あれだね、もう隠そうともしてないね。

 ルナもルーナも居眠りが趣味みたいなものだし、どちらの意味にも取れるけどやっぱりこうして話をしているともう普段のルーナと同じ感覚に陥る。


(……やっぱり、ルーナは多くの目を集めるな)


 通行人や商人、それから屈強な冒険者風の人間たちがこぞってルーナに目を向けているのだが、当のルーナは全く気にしない様子で辺りを物色している。

 彼女に万が一はないと確信はあっても、俺なんかよりも彼女の方が圧倒的に強く頼れる存在だとしても、俺が彼女のパートナーなんだと自信を持とうとすれば、自然と俺の手は彼女の肩に置かれた。


「ゼノ?」

「……人が多いからな。こうすれば離れることはないだろ?」

「……ありがとう。よろしくね?」


 そのままゆっくりとルーナを抱き寄せると、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。

 一旦の答え合わせはまた後で、今はとにかく俺とルーナにとっての新しい景色を楽しむことにしようか。

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