第2話 新たに増えた変人ども①

「それって、どういう…」

言葉が出てこないみんなを代表して私が質問を投げる。

すると、ドアの向こうに立つ金髪一匹狼―神楽 伊織先輩が説明してくれた。

「去年までいた3年の幽霊部員が2人卒業したから部活の存続に必要な最低人数の7人を満たしていない文芸部は今月以内に新入部員を2人以上確保しないと廃部になるらしい」

部室に深刻な空気が流れる。

いや、こんなほぼ帰宅部な部活、みんなそんなに愛着あるのか…?

という疑問は残るけれど、なるほど。

文芸部は廃部寸前なのか。

それって、私にとっては好都合なのでは…?

だって文芸部が無くなれば、この変人たちとの接点は限りなく少なくなるわけだし、私は他の女子がいる部活や私の想い人―樹くんのいるバスケ部のマネージャーになることだってできる。

最高じゃないか!!

「俺、やだよ!この部が無くなるの…」

そう声をあげたのは低身長ボクサーの湊。

いや、あんたこそこんな部活やめてボクシングに専念した方が…。

そう言いかけたけど本当に寂しそうな湊にそうは言えなかった。

「僕も、この部がなくなったら居場所がなくなる…」

俯きながら尻すぼみに言ったのは黒髪眼鏡男子―大和。

大和もここに引きこもってないで、その陰キャを克服しなさい!

ていうかなんでこのメンバーの前だと喋れるのか不思議だ…。

「オレもこんなにゆっくり校内で料理を作れる場所なんてないから助かってたんだけどな」

ドアの向こう側で感慨にふける神楽先輩。

それは、文芸部に対しての未練ではないような…。

料理系の部活を立ち上げたほうが、もっとのびのびと活動できるはずですよ…?

「俺も吐き捨て場がないと困るんだけど」

そう言ったのは優等生生徒会長-皇 新会長。

いや、それは他でやってください…。

私たちのメンタルはお構い無しですか…。

とみんなにツッコミを入れまくっていると、みんなの視線が私に集まる。

「どうするの?杏部長…」

みんなの疑問を口にしたのは意外にも大和だった。

そう、私は去年の4月からこの文芸部の部長なのだ。

こういう時の判断は、もちろん私にゆだねられているわけで。

かと言って、多分このメンバーの中で1番この部に愛着がないのは私だし…。

今現在だって廃部になっても別にいいなと思ってるし...。

もっと言ってしまえば無くなってくれた方が都合がいいんだけど......。

「えっと...」

「新入生、確保しよう!!」

私が言い淀んでいるとぱっと立ち上がり、湊が言った。

こういう時に何も考えずに発言できるのは湊の長所でもあり、短所でもある。

そんな湊の意見に反対する人は結局おらず、全員で呼び込みに行くことになった。

うーん、待ってて、私の平穏な日々。

こんな廃れた部に入ろうとする1年生なんていないはずだもの。

ぜっっっったいに、文芸部を存続させたりなんてしないんだから!

「文芸部!文芸部、入りませんかー?」

廊下に湊の声が響き渡る。

だからそんなに大声出したら恥ずかしいってば!

もっとやり方ってものがあるのでは...?

「ぶ、ぶぶぶ...ぶ...」

大和.........。

言えてないよ...。

なんかバイブ音みたいになってるから...!

1年生相手に緊張しすぎ...!

とにかく落ち着いて!!

クールキャラが早くも崩れてるよ!?

「文芸部、どうだ?」

「ひっ」

神楽先輩は普通に声をかけているだけなのに、見た目で怯えられてしまっているらしく全く1年生は捕まらないみたい。

上手く、ファンの女の子に声をかければいいんだろうけど、さっきから狙ってるの男の子ばっかりだしね...。

「文芸部、どうですか?」

と、人あたりの良さそうな声が風に運ばれて聞こえてくる。

「あ、あの皇会長ですよね...!」

「うん、そうだよ」

さすが計算高い皇会長。

よくわかってらっしゃる。

入学式の皇会長のスピーチを見て、憧れを抱いていそうな1年生女子にターゲットを絞っているみたい。

あの人が1番集客力ありそうだな...。

と思っていると、

「きゃー!皇会長と話しちゃったー!」

「みんなに自慢しよ!」

「でも、なんでジャージ?」

「それなー!運動部じゃないのにね」

なんて会話を交わしながら通り過ぎていった。

なるほど、いくら皇会長とはいえ、1度話してみたい相手なだけであって同じ部活に入ってお近付きになりたいわけではないらしい。

あくまで憧れだしね。

そしてその服装。

あの皇会長が着替えるのを忘れるとは...。

リラックスするためのジャージが、女子人気を下げているみたい。

それに、知らない方がいいこともあるよ...。

皇会長に関しては特に......。

でも、この調子なら廃部も本当に夢じゃないかも。

今行くからね、標準的なマイスクールライフ!

おっと、でも私も一応声掛けしておかないと怪しまれちゃう。

よし、あのいかにも陽キャで1番文芸部とは縁遠そうなグループにしよう。

「文芸部、どうですかー?」

とりあえず1番私に近いところを歩いていた女子に声をかける。

すると、他のメンバーが騒ぎ始めた。

「やばー!西園寺ブラザーズいるー!」

「え、神楽先輩もいるって!」

「えー、生徒会長もいんじゃーん!」

さすが陽キャ女子グループ。

校内の情報に敏感だ。

すると「おいおい」という声が聞こえてくる。

「オレが隣にいるのに他の男の名前ばっか呼びやがってー!」

え、男子いたの!?

声の出処を見れば、確かに女子の真ん中に男子が1人いる。

男子1人に対して、女子4人ってこのグループ男女比率おかしくない!?

と思い、ふと周りを見ると文芸部の面々が視界に入る。

あれ、もしかして...。

もしかしなくても、私も似たようなものだった―。

私、よく頑張ってるな...。

ていうか、この男の子もよく耐えてるな...。

なんとなく親近感を抱きながら、意識を戻す。

「だってー悠真っていじられキャラだしー」

1人の女子がケラケラと楽しげに笑う。

「でも、かっこいいと思うよー?」

なるほど、女子人気の高いコミュ力高め男子ってことか。

それなら尚更、文芸部になんて入らないよね。

手短に女子だけに声掛けて、通り過ぎてもらおう。

そう思い、女子に順に声をかけていくと案の定全員に断られた。

これでいいの。

最初から期待なんてしてなかったし。

ていうか、入られたら逆に困るもんね!

と、ひとまず仕事を終わらせた気でいると、

「オレは?」

という声が聞こえてきた。

あれ、一応声掛けた方が良かったのかな。

絶対入らないだろうからもういいかなって思ってたんだけど...。

でも、その男子はじっとまっすぐ私の目を見てくる。

え、そんなに...?

「オレには声、かけないんすか?」

「えっと...」

もういいや、正直に言ってしまえ。

この先、関わることもないような陽キャ後輩だし。

「別に、いいかなーって...」

ほっぺをかきながら、視線を外して言うと、彼はぐいっと無理やり私の視界の中に入ってくる。

「先輩は、オレにきゃーきゃー言わないんすか?」

ど、どういう質問??

これは、言わないって言ったらどうにかされてしまうんだろうか...。

若干の恐怖を感じながらも恐る恐る頷く。

「先輩って、オレのことどう思いますか?」

ど、どう...??

それってどう答えるのが正解なの?

イケメンとか言っといた方がいいのか??

でも、私のどストライクは樹くんだから、彼とは程遠いんだよね...。

「えっと、髪色、明るいね...?」

いや、絶対今の違う!!

誰もがわかる間違い!

しくじった...!!

と、思っていると...。

「オレに聞きたいこととかは?」

「へ?と、特には…」

さらに質問を重ねてくる男子に私は首を傾げる。

なんでそんな質問をしてきたのかを聞きたい…!

この短時間で質問って何…!!

「先輩」

「は、はい」

すごく真剣な声音で呼ばれ、私もなぜか背筋が伸びてしまう。

お、怒っちゃったかな...。

と、首を縮めていると彼が放ったのは予想外の言葉だった。

「オレ、入ります」

「え...?」

聞き間違い...?

それとも解釈違い?

どっちにしたって私が考えてることはありえないはず...!

ていうか、違うと言って!!

「オレ、文芸部に入部します!」

いやぁぁぁぁぁぁ!

どうして、え、ほんとにどうして!?

あんなに失礼なこと言いまくったのに...!

それにあなたみたいな陽キャが入るような部じゃないのよーー!

「やったぁー!よろしくね!!」

「よ、よよよよ...よ...」

「特別にとっておき食わせてやるよ」

「よろしく、新入部員」

みんな、歓迎ムードだし。

断る理由も私にしかないし...。

私も一応歓迎しとかなきゃ。

「よろしくね、1年生くん」

と言うと、彼はものすごい速度で顔を背けてしまう。

...?

もしかして...。

「よ、よろしく...お願いします...」

もしかしなくても私、初っ端から嫌われちゃってない??

「これは、めんどくせぇな...」

「...?何がですか??」

めんどくさい...?

皇会長の言葉に首を傾げる。

文芸部を存続させたかった皇会長からすれば嬉しいことなんじゃ...。

「鈍感には気づけねぇだろうな」

私のことを見下ろしてそう言う皇会長。

なんか分からないけれど、すごく失礼なことを言われてる気がする...。

「簡単に言うならライバルが増えたってとこだな」

そう言い残して皇会長は、みんなの元へ戻ってしまった。

ライバル...?

それは不良としての?

生徒会長としての?

どっちにしたって皇会長に勝る人なんていないです。

と、思いながら私もみんなの元へ合流する。

「えー、悠真マジー?」

1年生くんと一緒にいた女子が声をあげる。

この子は彼の文芸部入部に反対らしい。

「うちらと一緒にバレー部、入ろうって言ってたのに〜」

そうだったのか。

というか、それなら尚更文芸部なんかに入ってる場合じゃないでしょ!

と、思っていると1年生君はにかっと笑った。

「ごめん!でも、惚れちゃったもんは仕方ないだろ?」

...?

惚れちゃったって言った??

この状況で誰に惚れたの!?

「だ、大胆だな…お前」

と、なぜか神楽先輩が赤くなっている。

どうしてあなたが赤くなる...!

ツッコミを入れたい感情に駆られながらも、今はそういうタイミングじゃないと思いとどまる。

「好きにしたら!バ〜カ!」

そう言って女子が去っていってしまう。

彼女はどうやら1年生君のことが好きみたいだ。

ついさっきまでは同じ部活に入って、楽しい生活が送れると思っていたのに一瞬で状況が逆転してしまったわけだから怒るのも無理ないよね。

惚れちゃったとか言っちゃってるし。

本当にこれでいいの??

明らかに今、女子を追いかけてバレー部に入った方が華やかな高校生活送れるよ?

でも、1年生君の入部の意思は変わらないらしかった。

「じゃ、とりあえず部室行くか」

神楽先輩が気を取り直すように言った。

え、あの惚れちゃった発言は追求しないの?

みんなは相手がわかってるってこと??

私は急いで、大和に駆け寄り、声をかける。

「大和、1年生君の惚れた相手って誰なの...?」

耳打ちに近い声量で尋ねると、大和が驚きに満ちた表情で私の顔を見る。

「杏」

そして、私の肩にぽんと手を置くと小さい子供に言い聞かせるようにこう言った。

「鈍いのもいい加減にした方がいいよ」

まさか大和にそんなことを言われるとは...!

だって1番人の心分からなさそうなのに...。

さっきからみんな、鈍感だの鈍いだの失礼な!

ちょっと察しが悪いだけでしょうが!!

結局相手については教えて貰えず、私の胸には大きな疑問と小さな不満が残ったのだった。

と、そんなこんなまだ勧誘を続けるという湊を残してあとのメンバーは部室に行くことにする。

その途中に部員の自己紹介も済ませ、あとは1年生君の自己紹介だけになったところで部室に到着した。

部室に着くや否や、1年生君がソワソワしだす。

...?

どうしたんだろう...?

と不思議に思っていると、口を開いた。

「あ、あの、急なんすけどちょっと水道行ってきます!」

急な発言に驚いている私たちを残して、1年生君が部室を出ていく。

何しに行ったんだろう...?

みんなで待っていると、ガラガラとドアが開く。

1年生君が「すいませんでした」と入ってくる。

「おお、入部詐欺で逃げられるのかと思ったぜ」

神楽先輩の言葉に1年生君は急いで首を振る。

「ち、違いますよ!!ちょっと手洗いうがいに...」

え...?

手洗いうがい......?

なぜ、今のタイミング...?

「あ、あと、消毒とかってあります?」

戸惑いつつも全教室に配布されている消毒液を手渡す。

何に使うんだろう...?

1年生君を見ていると、手に吹きかけて擦り合わせている。

めちゃめちゃ入念だなぁ。

もしかして、潔癖とか?

消毒液を返すと、今度は

「あと、服の消臭剤とかあります?」

それは教室には常備してないしなーと思ってると、皇会長が動き出す。

そして、自分の制服が入っている棚を開ける。

「ほら、清潔感を保つのも生徒会長としては大切だしな」

なるほど、持ってそうな人がうちの部にいたわ...。

これだけ暴言を吐いても意識は高いんですね。

「あざっす」

嬉しそうに受け取り、自分の制服にふりかける1年生君。

よっぽどだな...。

今日、体育でもあったんだろうか。

だから汗の匂いを消したいとか...?

「き、綺麗好きなんですね」

大和が彼に声をかける。

大和...1年生にも敬語なんだね。

「いや、そーゆーわけでもないっすよ?部屋は汚いっすし!」

じゃあ、なぜそんなに入念に自分の体周辺だけ綺麗にしてるんだろう。

「よし、あざっした!」

明るく消臭剤を返すと、1年生君はみんなに向き直る。

「自己紹介するっすね!1年B組、天王寺 悠真てんのうじ ゆうま。好きなことは体を動かすことと、男の先輩と仲良くなること。苦手なものは女です!」

え...?

この感じで、女嫌い...?

陽の光が当たると柔らかく輝く明るい茶髪で、制服も着崩してるし見た目で言えばチャラ男中のチャラ男なのに。

「チャラそうってよく言われるっすけど、こき使ってくる姉ちゃんと男の前で態度が激変する姉ちゃんの下で育って...」

ああ、お姉さんたちが原因か...。

ちょっとキャラ強めな姉弟だなぁ。

「女性恐怖症になりかけてるのに、学校行くと、この容姿とかのせいで女子に騒がれちゃって...」

なるほど、それでさらに女子が苦手に...。

「今では、女子と関わったあとは手洗いうがい、消毒消臭が日課に...」

だ、だいぶ重症だな...。

でも、それならチャラ男キャラやめちゃえばいいのに。

そのキャラのせいで女子が群がってくるんじゃ...。

「なら、もう少し大人しく過ごしみては?」

皇会長が私と同じような意見を投げると、1年生君―天王寺くんは首を振った。

「陰キャになろうと思ったこともあったんですけど、女子が目の敵にするのって大概そういう男子だなって思いまして。それなら陽キャな感じで無難に付き合ってた方が...」

いや、その感じで裏で消毒とかしてた方がショックだと思うんだけど...。

「すごくよくわかる!陽キャ女子は陰キャ男子をバカにする!今まで何円目の敵にされてきたか...!」

大和がものすごく共感している...。

ていうか、そんなに嫌なら大和も何かしら努力しなさいよ!

「というか、そこまでの女子嫌いなのに白雪のいる文芸部に入って大丈夫なのか?」

大和にツッコミを心の中で入れていると、神楽先輩が指摘する。

そうじゃん!

文芸部に入ればどうしたって部長の私と関わることになる。

話す度に消毒とかされたらさすがの私もメンタルに来るんですけど...。

すると、天王寺くんは自信満々に言う。

「大丈夫っす!!杏センパイは特別なんで!!」

私が、特別...?

それって、つまり...。

「つまり、私は女じゃない...ってこと...?」

「え!?いや、違うっすよ!?ぜ、全然、ぜんっぜん、違うっすよ!!??」

必死に弁明しようとする天王寺くんから目を背ける。

とんだ失礼な後輩が入ってきたもんだ...。

「杏...」

「こりゃ大変だな、悠真」

「ふっ、どんまいってやつだな」

こうして、文芸部にはまた変人が1人増え、廃部への道が1歩遠のいたのでした。









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