変人しか集まってこないから私はすごく普通の人と恋愛がしたい

月村 あかり

第1話 私の周りの変人ども

ピピピ、ピピピ。

目覚まし時計の音。

それは私の唯一の平穏な時間の終わりを告げる音。

私は呻き声を上げながら起き上がる。

そんな中、私の声にも勝る勢いで階段を登ってくる音が聞こえてきた。

さよなら、静かな時間。

そして、おはよう、平穏じゃない日々。

耳を塞ぎたくなるような盛大な音を立てて部屋のドアが開く。

「おっはよう!あん!!」

朝からどうしてこうもコイツは元気なのでしょう。

薄く開いた目をそちらに向けると満面の笑みと目が合う。

「お、おはよ…」

引き気味に挨拶を返すと、やっぱりにこにこと朝から胸焼けしそうな笑顔をくれる。

「ほらー、遅れるぞー!早く着替えろー!」

いや、遅れないぐらいの時間にタイマーセットしてますし、着替えろなんて指示されなくても出来ますし。

私って、そこまで抜けているように見えるのだろうか。

いや、コイツが世話焼きなだけに違いない。

「き、着替えるから出てって」

ベッドの上にまで這い上がってきそうなヤツを押しのける。

そんなことしなくても私は起きるってば。

「…?着替え終わるの待ってるよ??」

何もわかっていない無邪気な発言に低血圧気味の朝の私は若干のキレを抑えきれなかった。

「だ…、誰がアンタの前で着替えるのよーーー!!」

ドアまでソイツを押して、外に無理やり出させる。

まだ意味がわかっていないのか首を傾げたままのヤツには構わず、ドアをバタンっと閉めてやった。

ドアを見つめながら、息を落ち着かせる。

全く、朝からなんてハイカロリーなやつ…。

私はクローゼットから制服を取り出して、腕を通した。

ヤツの名前は西園寺 さいおんじ みなと

綺麗な栗色の髪の毛、顔もいい感じに整っている。

容姿で欠点をあげるとするならば男子のくせに158cmの私より10cmも背が小さいこと。

そのチビさが目立って、結構謎に女子人気も高い。

私はとにかく普通に生活して、普通の人間関係を築いて、普通に高校を卒業したいと思っている、とにかく普通を愛する女だからできればアイツみたいなのとは関わりたくないのだけれど…。

幼稚園の頃からの腐れ縁、おまけに両親が仲良し。

いわゆる幼なじみと言うやつで、高校生になった今でも、やつは毎朝私の部屋にやってくる。

というか、朝も、休み時間も、休日だってヤツに独占されていて、ほかの友達との時間というものを作ることができない。

1度クラスが離れたこともあるけれど、休み時間の度に私の教室にアイツがやって来てあまり変わりはなかった。

だから結局私はアイツと離れられないのか。

そんなのは嫌だったから高校くらいは離れていたいとわざわざ志望校まで変えたのに、その努力も水の泡になってしまった。

入学式の朝、寝起きの目で見た目の前の幼なじみが着ていた制服は彼の通うはずの菫ヶ丘高校のものではなく、私の通う城波高校のものだった。

はぁ、どこまで着いてくれば気が済むのかとやつれた時期もあったけど今となってはもう悟りを開いていると言っても過言では無い。

もう、高校も2年生。

諦めた方が早い。

制服を着て、ショートカットの髪の毛を整えて部屋を出る。

すると階下から聞こえてくるのはお母さんの明るい声と湊のいつも通りの元気な声。

「湊くん、また優勝したんだってねぇ!」

お母さんの言葉に湊は大きく口角をあげる。

本当に何から何までわかりやすいやつ。

「うん!勝ってきた!!」

2人はなんの話をしているかというと…。

これも湊の特徴のひとつだったりする。

湊は小さい頃から、あるスポーツをしている。

それは合法的に人を殴ることのできるスポーツ―ボクシングだ。

いやいや、その身長でその細さで、ボクシングって…と何回も思ってきた。

陸上の走り幅跳びとか高跳びとかの方が絶対向いてる………。

それなのに、湊がボクシングを続ける理由は―。

「今日も頑張って杏を守ります!」

ということらしい。

いや、そんな命の危機的なこと起こらないし。

普通に生きてればボクシングの腕を披露するような場面はやってこない!

そして私の人生において普通じゃない点をあげるとするならばお前なんだよ!

なんて口にするのも面倒くさいようなことを思っているとお母さんは嬉しそうに口を開いた。

「ありがとう〜!よろしくね!」

お母さん…。

よろしくする相手間違ってるから…。

朝から盛大なため息を吐いて家を出た。

今日も朝から普通じゃない。


登校中も周りを考えない声の大きさとその容姿から注目を集める湊となんとか他人のフリをしながらようやく学校に着いた。

「じゃあ、また次の休み時間ねー!」

そう言って手を振る湊に「来なくていい!」と返して、教室に入る。

すると感じるのは女子からの目線。

湊と仲がいいことへの憧れの目、妬みの目。

違うの!!

私は極力あいつとは関わりたくないし!

誰か代わってくれるなら代わってください!

と、今すぐにでも申し出たい。

でもそんなことできるはずもなく、体をできるだけ小さくして席に着く。

すると隣の席からほっとしたような息遣いが聞こえてくる。

「杏、やっと来た…!」

そちらに視線を向けると、黒髪眼鏡の聡明そうな男子が目に入る。

彼の名前は西園寺 大和さいおんじ やまと

湊の双子の弟で、顔立ちは西園寺家の血筋を感じる整い方をしている。

あまり口数が多いほうではなく女子からはクールキャラとして人気が高い。

はずなんだけど…。

「もう遅いよ…。あとちょっとで呼吸できなくなるところだった…!」

「そんな大げさな…」

すごく必死そうに訴えてくる大和に苦笑いを返す。

そう彼は口数の少ないクールキャラではなく、ただの超絶陰キャなのです。

「そのくらいじゃ死なないから安心しなって」

私が諭すように言うと大和はぶるんぶるんと首を振る。

「杏とか湊がいない教室に1人とかほんとにしんどいからっ!!」

そんなもんだろうか。

私はコミュ力が高いわけではないけれど特別低いわけでもないから大和のここまでの人見知りはさすがに共感できない。

「そんなに教室で心細いなら私たちと一緒に登校すればいいのに」

その方が湊とも距離を置けて、こっちは助かるんだけど…。

「それも無理!あんなに人が乗ってる電車に乗れるわけないじゃん!僕がなんのために早起きしてると思ってるのさ!!」

いや、知らんです…。

どうやら大和は人混みを避けるために、1時間近く早起きをして私たちより1本早い電車に乗っているらしい。

この必死な顔を見て、何人の女子が幻滅するんだろうか…。

「おっはよー!あーんちゃん!!」

鈴のような声音で私の名前を呼びながら近づいてきたのは、ポニーテールを揺らすかわいい女の子。

七海葵ななみ あおいちゃん。

高校に入ってこの男たちのせいで浮きそうになっていた私に唯一話しかけてくれた大切な友達。

クラスの中でも人気があるのに、誰にでも優しくて本当に女神のような子だ…。

大和も話してみればいいのに、葵ちゃんが来るやいなや、すぐに机の上にある本を開いている。

これだから陰キャは…。

「杏ちゃん、委員、何やるか決めた?」

葵ちゃんの問いに、うーんと首を傾げる。

日々の生活に追われて、全然考えてなかった…!

「去年も入ってたし仕事も少ないから、視聴覚委員かな!」

「そっかそっか!私も何にしようかな〜」

と迷いながら葵ちゃんは違う友達の元へ行ってしまった。

私は隣の大和の顔を見る。

すると分かりやすくしかめっ面をしていた。

「杏って、七海さんと仲良いよね」

「そんな嫌そうな顔して言うことじゃないよ」

私が少し不服そうに言うと、大和はぼそっと一言。

「だって陽キャ中の陽キャじゃないか」

確かに、葵ちゃんがいるのはクラスの中心グループ的なところで、いわゆる陽キャなのかもしれないけど…。

大和が毛嫌いするような要素がある子とは思えないけどな。

「ああいう人は僕みたいな陰キャを一番馬鹿にしてるんだ」

うーん、人見知りこじらせてだいぶ歪んだ考え方になってしまっているらしい。

絶対、そんなことないのに!

しかし、こうして話している間にも女子からの視線を感じる。

いつもクールな大和がどうして私とだけこんなにも話すのか。

それは私が大和の幼なじみで、人見知りの対象外だからなだけなんだけど。

他の人から見たら、そうは見えないんだろうな…。

一人落ち込んでいると、机の前に人の気配を感じる。

「おはよう、白雪しらゆき。なんか元気ない?」

その声を聞くだけで、私はどれだけ癒されているだろう。

落としていた視線をあげると黒髪短髪の男子がこちらを少し心配そうに見つめていた。

「い、樹くん!だだ、大丈夫!!全然、元気だよっ!!」

私は彼の心配を無くそうと顔の前でぶんぶんと手を振る。

でも嬉しい。

樹くんに心配されてしまった!

「そうか?」

「うん!樹くんこそ朝練お疲れ様!」

私の労いの言葉に彼は「ありがと」と爽やかな笑みを返してくれる。

ああ、なんて普通!

なんて、平凡で、なんて、標準的なんだろう!

まさに私の理想の人!!!

そんな彼の名前は鳳凰樹ほうおう いつき

私とは中学校からの同級生で、先程の朝練というのはバスケ部の練習のこと。

私の理想としている”普通”を具現化したような人で、中肉中背、勉強も運動もそこそこできて、地味すぎず派手すぎない。

中学の頃、席が近くなったのがきっかけで仲良くなって私の想い人だったりする。

特徴をあげるならば底抜けに優しいところで、強いて欠点をあげるならば苗字が少しばかり派手なところ。

そこさえクリアすれば、もう完璧にTHE普通の人なのだ。

そんな樹くんとまさかの高校が一緒で、しかもクラスまで一緒で最大のチャンスなのに湊と大和のせいでなかなか近づけないでいる。

女友達もできにくいし、踏んだり蹴ったりだ…。

でも、湊と大和についての誤解だけなら2年生の女子からの視線を浴びるだけで済むはずなのに。

私は全校女子の注目の元、生活しなくてはいけない状況に置かれている。

それも全部、あの部活のせいなのだ。


「こんにちはー」

がらがらと、校舎の東端にある教室のドアを開ける。

この教室が私達の部室だ。

なんの部活かというと、文芸部。

とは言っても、この教室に保管されている本の貸し出しをするだけ。

一般的な文芸部的な活動は一切ない。

ちなみに、湊も大和も文芸部に入っている。

教室に入り、辺りを見回すと水の流れる音と「おう」という男の人の声が聞こえてきた。

「あ、神楽先輩。早いですね」

私が声をかけると、水道に向かっていたその人の視線がこちらに向く。

この人の名は神楽伊織かぐら いおり

彼も文芸部の一員である。

3年生で、その金にも近い茶髪や鋭い目つきから一匹狼として目立っている。

女子の隠れファンも多いけど、近づくのはちょっと怖いらしいんだけど…。

「何してるんですか?」

神楽先輩の手元をのぞき込むと、きれいに洗われた食器がならんでいた。

「昨日、使った皿の後片付けだ。今日のための買い出しに行ってくるが何かいるか?」

神楽先輩の問いに首を振る。

すると彼は自分の後ろに手を持っていき、エプロンの紐をほどいた。

部活にマイエプロン持参する人って…。

しかもここは料理研究部でもなんでもなく、さらに言えば持ち主は一匹狼と呼ばれる身長180cmの高身長男子。

「じゃあ少し行ってくる。机の上のクッキーは食べててもいいぞ」

そう言って颯爽と教室を出ていく神楽先輩。

机の上を見ると、星型のクッキーが置かれていた。

あんな大男が作るものじゃないでしょ…。

モノだけ見たら、どっかの可憐な女子が作ったもののように見える。

とか思いながらも一口いただくと、ほのかな甘味と焼き目の香ばしさが口の中に広がって悔しいけれど、文句のつけようがないくらい美味しかった。

その料理の腕はこの部活の誰もが、認めていて夕食前の寂しいお腹を満たすものを神楽先輩が毎日作ってくれる。

大変ありがたい存在なのだ。

他の部員が来ないうちに、クッキーをもう一枚いただこうと企んでいると、ピーンポーンパーンポーンと放送の始まりを告げる音が鳴り響いた。

『生徒会役員に連絡します。明日の放課後、定例会議を行いますので生徒会室に集まってください。もう一度繰り返します―』

廊下から、女子のキャピキャピした声が聞こえてくる。

「皇さんの声だ!」

「一回でいいから話してみたいよねー!!」

声の主は皇 すめらぎ あらた

本校の生徒会長を務める彼もまさかの文芸部員である。

その甘いマスクと人をまとめる統率力、そして人並み外れた優しさ。

女子人気は校内一と言ってもいい。

だが、彼にももちろん裏の顔があるわけで…。

「あー、疲れた」

だるそうな声と共に、雑に開けられたドアの向こうにいるのはまさしく皇 新その人だった。

彼は入って早々、制服を脱ぎ始める。

とは言っても別にアダルトな意味ではなく、制服の下にはジャージの半袖と短パンが隠れている。

部室にある棚に綺麗に畳んだ制服をしまい、どかっと椅子に座る。

この人は、二重人格者なんじゃないかと言うほど、普段の生活と文芸部内での生活の仕方が全く異なる。

外では、さっきのようにみんなの憧れの生徒会長。

でも文芸部内では暴言吐きまくりのただの不良だ。

その人格の変わりようにツッコミを入れたくなるけれど、グッとこらえる。

この人を敵に回すのは賢くない。

「誰もいねーの?今日」

この教室に入った途端に口調が激変するの、どうにかなりませんか。

その顔立ちでその視線送られるとほんとに怖いんですけど…。

「湊はそろそろ来るはずですけど…。大和は図書室に、神楽先輩は買い出しに行きました」

私が言うと、皇会長はふうっと煙を吐き出す。

「ふぅーん。お前は暇人だね」

頬杖をついて、私をにやっと見つめる皇会長。

その姿はまるで悪魔だ。

聖人とすら言われるあのいつもの優しさはどこに…。

一人絶望していると、またドアが開いた。

「杏!お待たせー!!」

いや、あんたの事は大して待ってない…。

湊が元気よく入ってきた後ろから「遅れた…」とそろそろと大和が入ってくる。

あとは神楽先輩が帰ってくれば部員が全員そろうなーと、大した活動もないのに思っていると、廊下をどたどたと走ってくる音が聞こえた。

…?

なんの音だろう??

そう思った3秒後には部室のドアは開いていた。

そこには息を切らした神楽先輩の姿。

そんなに急いでお財布でも忘れた…?

部室の中を一応キョロキョロして探してみるけれど、それらしきものは見つからない。

「みんな、知ってたか!?」

と、いきなり神楽先輩が声を張り上げる。

よく見てみれば左手に買い物袋を持っているし、忘れ物をした訳ではないらしい。

でも、それなら尚更何を伝えたいのだろう。

そして、次に発された言葉はこうだった。

「今年、新入部員が2人入らないと文芸部は廃部らしいぞ!」

「「「「は???」」」」

初めて4人の声が重なった瞬間だった。















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