04『ゴブリンの棍棒』

 私は私を殺してくれる者を待っている。


 ◇◆


「――レア、出たぞ」

「……!」


 動けない猫のもとにやってきた若い鬼の青年は開口一番そう言った。

 角になりかけたような小さな突起がふたつ額にくっついている。アッシュグレイの髪色で、着流しを身に纏った青年の顔は、目玉が多かった。

 鼻の左右の定位置と、そのすぐ下――頬にもそれぞれひとつずつ、そして額にもひとつある。合計で五つの灰色の目が座布団のうえで丸まった猫に向けられていた。

 けれど猫はまったくもって気にしていなかった。それが彼のふつうだからである。

 のっそりと身を起こして彼が手に持つ長方形の端末を覗き込む。

 並べられたカードの絵柄を見ながら、猫は「……おお」と感嘆の声を上げた。


「……すごい。……どう、やったんだ」

「……とりあえずこいつとこいつにこれのせて……」


 青年は猫に攻略法を伝授した。

 ここは『赤猫郵便』――猫たちが配達員の郵便局である。本日は臨時休業中だった。けれど配達が休みというだけで、手紙の受け取りは通常通り行っている。だから郵便局長で、猫の恋人――鬼の零雨れいうは二階に缶詰になって業務中だった。猫たちは方々好きなように出かけているので家にいる猫は一匹だけだった。


「……んで。腰だいじょぶそ? これ、壱多いちたから預かってきたんだけど」

「……ん。……いちおう」


 そう言って青年が袂から取り出したのは和紙に包まれた饅頭だった。甘いものは猫の好物である。包装紙をといて、青年は猫の前に饅頭を置いた。猫はすぐにもそもそと饅頭を食べ始めた。


「……ん。……すまない。……龍善りゅうぜん

「……べつにいーよ」


 青年は〝眼力がんりきの龍善〟という。猫の親友だった。

 饅頭を預かったという壱多は零雨の妹のことで、龍善の心臓を持っている相手でもある。

 壱多は心優しい娘であるが、兄である零雨と絹夜との関係を大層気にしている。零雨が無体をはたらいたと聞けば、すぐさま飛んできて小一時間ほどの説教が始まる。だから敢えて彼女を連れてこなかった。仕事が増えているところに、お小言なんて聞いたら零雨はきっとストレスが爆発するだろう。爆発したらどうなるかといえば――猫に向かうのだ。ただの悪循環なので龍善だけが猫の見舞いに来ていた。


「……ん。……ん。……たぶん、そんなに。……ひどく、ない」

「……ひどくないたって、なあ。お前もちゃんと加減してもらうように言えよ?」

「……言っても。……逆、効果。……だから、……しない」


 猫が遠くを見る。過去に経験があるのだ。

 龍善は零雨の気持ちがなんとなくわかってしまうので、言いようのない気持ちで頭を掻いた。


「……んん、むつかしいなあ……」


 猫は最後のひとかけらを飲みこんだ。

 体を起こして伸びをする。まったく痛くないといえばうそになってしまうけれど、でも動けないかと言われればそれもうそになってしまう。それくらいには回復した。おそらく饅頭にこっそりと<桜の>が仕込まれていたのだろう。


「……壱多の。……おやつは。……よく、効く」

「……もう行くのか。忙しいなあ、絹夜」

「……俺は、ただの。……手伝い」


 だから忙しいこともない、と続けようとしたところで家の引戸が開いた。

 そこには銀髪で瑠璃色の瞳をした少女がトランクを携えて立っていた。

 彼女は、着物のそれを模したような袖のワイシャツに黒のネクタイ、太腿の肌色が大きく見えるほどスリットの入ったミニスカートに黒い靴下と厚底ブーツをあわせた、いつもの格好だった。


「お、……あー……えっと、綺光きみつさん……?」


 龍善がちょっと戸惑いながら少女の名を口にした。


「あら、龍善さん。ごきげんよう――うふふ、どちらでも構いませんよ。呼び慣れたほうで」


 少女綺光は口元に手を添えておしとやかに笑った。龍善が肩を竦めて笑い返す。

 玄関には三和土たたきがある。綺光はそこに座って半身を捻った。


「お加減はいかがでしょうか、絹夜きぬやさん」

「……ん。……壱多の、おやつ。……で、元気。……いっぱい、だ」


 猫がぴんと尻尾を立てた。自信ありげに胸を張ると彼の首についた鈴がりりんと唄った。

 金具のたくさんついた耳もぴくぴくと動いて元気だぞということを表明している。

 愛らしい姿に綺光は再び笑った。それから、


「まあ。でもご無理をならさず」


 と労わった。


「――無理をさせているのは君じゃないのかな」


 突然割って入ってきた声にそこにいる三人がそちらを見遣った。

 螺鈿色の髪を手櫛で整えながら二階から降りてきたのは零雨だった。むすっとした表情のまま綺光を見る。薄氷色の瞳は睨んでいるようだった。


「昨日のこと……<回復薬ポーション>を使うほどの傷を負わせるなんて、俺としては見過ごせないのだけれど?」

「……零雨。……あれは、俺が」


 猫が口を挟んだが、それよりも先に綺光が立ち上がって頭を下げていた。

 零雨も猫も、龍善も目を瞠った。


「――申し訳ございません。そのことをお詫びしたくて参りました」

「……」


 綺光の声は真摯だった。猫がちらりとうかがうように零雨を見ると、彼は首のあたりを掻いていた。彼としてはふだんの皮肉と変わりないことだったのだろう。謝られるとは思っていなかったようだった。


「……べつに怒っていないよ。君を責める気もない」


 零雨が言うと綺光はゆっくりと頭を上げた。


「はあ……なんだかな、君は真面目なのか不真面目なのかときどきわからないね」


 今度は綺光がむっとした顔になった。


「どういう意味でございますか」

「そのままの意味だよ。たしかに俺の可愛い一等星が傷つけられた事実は腹が立つけれど、でも君はちゃんと治療した。治療の副作用だって……まあ、俺にとっては据え膳だったわけだし。だからそんなに真面目に謝られると逆に困る」

「……あら」

「……なんだよ」

「おやさしい。あなたのやさしさはご家族と絹夜さんにだけ向けられるものだと思っておりました――意外とではないのでございますね?」

「……一言多いんだけど」


 綺光の言葉に零雨は半眼になった。

 彼は座布団のうえに座る猫を見た。しゃがんでその頭を撫でた。


「無理をさせてすまなかったね、きぬさやちゃん。体は平気になったのかな?」

「……ん」

「そう。――じゃあ、行っておいで」


 零雨に背中を押されて猫は綺光のもとへ駆け寄る。零雨と龍善の視線がかち合う。


「龍善もわざわざありがとう。壱多には……今度詫びでも入れに行くよ」

「……平気っす。……俺から、うまく言っときます」


 龍善が片腕をあげて答えた。零雨はそれに微笑で返す。


「――それではおふたりとも、また」

「……いって、きます」


 丘を下っていくふたつの背中を見つめながら零雨は、


「……いつ見ても重そうだ」


 とひとりごちた。


 ◇◆


 綺光がトランクを開くと、それは自動的に現れる。

 もぞもぞと動く真っ白で丸い靄は、なにもない虚空に張り付いて大きな穴を開けた。のれんをくぐるように綺光が身を屈めて穴のなかに入ると続いて猫が軽快に輪を飛び越えた。ふたりがなかに入った瞬間に、しゅるんと空間の入り口が吸い込まれるように閉じた。

 トランクのなかにしまわれている亜空間――<宝物庫>である。


「さてっと……今日はどれに致しましょうか」


 背の高い棚がひしめき合う<宝物庫>に納められている<宝物>は本来ここにあってはならないものだ。綺光の母が奪ってしまったこれらを返すのが綺光の役目である。


『あれ、なんかいかがでしょう。無駄に大きいですし棚に入りきらなかったようでございますよ』


 そう助言するのは月の精霊カグヤだった。

 金糸の髪を緩やかになびかせて、十二単に身を包んだその姿はまさに『竹取物語』に出てくるかぐや姫そのものである。だから綺光がその名を授けた。

 カグヤが指さす先にあるのは、壁にたてかけられた木の棒だった。太さもあるし、長さもある。棒の先は丸まっていて表面はぼこぼこと浅いくぼみがいくつもあった。

 木から削り出した棍棒のようだった。


『帳簿には……ああ、なるほど。<ゴブリンの棍棒>でございます』

「……ゴブリン」


 猫が言うとカグヤは頷いた。


『ええ。創作物では嫌われものでございますけれど、あれも善き隣人でございますよ』

「ゴブリンもまた夢を見るのでございますね……」

『どんなものでも夢を見ます。だから<異世界>はとてもたくさんあるのでございます』


 カグヤが笑った。

 綺光は棍棒をビー玉ほどの光の塊に変えて、トランクを寝床にしているぬいぐるみマッドの腹のなかに収納するとトランクを閉めた。トランクを掲げ、<異世界>へ向かうための入り口<精霊の戸>を開く。


『――導け、あるべきところへ。――開け、善き隣人の深き戸を』


 虚空にやたらと乱れた線が生まれた。心電図のようなぎざぎざした線だった。それらはなんとか四つ角を作り、大層開けにくいうえに通り抜けづらい扉を創造した。ドアノブも歪んでいて掴みにくい。

 綺光は難儀しながらドアノブを掴んで開いた。目が眩むような光が一瞬あふれてすぐ晴れた。

 眼前にあったのは巨大な建物だった。煉瓦造りの建物にはたくさんのひとびとが出入りしている。そのほとんどが団体で、鎧を纏った男や法衣のようなものを纏った少女などがいた。

 カグヤが見上げるふたりの背後で言った。


『――ここはおそらくギルド、と思われます』

「ああ、なるほど。ファンタジー小説でよくある職業斡旋所ですか」

『まあ愛しい子。あなたも嗜まれるのですか?』

「いえ、話に聞くだけでございます」


 綺光は言って、建物へ足を向けた。

 なかはなかなかの賑わいだった。動物の耳が生えた者、耳が尖った者、とんがり帽子をかぶり丸い宝珠を抱く杖を持った者など、幻想譚ファンタジーには常連であろう種族が多かった。

 掲示板にはこの<異世界>の言葉でいろいろなことが書かれていた。象形文字のようで読めたものではなかったが、カグヤが翻訳してくれた。


『〝南の砦のワーム退治〟に〝北の海での巨大魔魚まぎょの討伐〟……どこの国も<魔物>の出現に難儀しているようでございます』

「ゴブリンの夢はずいぶん物騒でございますね」

『仕方がございません――あれらは嫌われものだという自覚があるから』


 夢を見ることすら諦めるほどに、とカグヤが付け加えた。

 とりあえずゴブリンに遭うためには退治をするという大義名分が必要になりそうだった。だから綺光はギルドの受付へ向かった。受付は市役所のようにいくつも窓口があって、任務に赴く国ごとに分かれていた。手早くゴブリンに会いたかった綺光は『総合案内』と書かれていると言われた窓口に向かった。

 窓口に受付嬢はとてもきれいな人間の女性だった。


「こんにちは。こちらは<総合案内>でございます、なにかお困りでしょうか?」


 微笑みを浮かべたまま受付嬢が言う。綺光は答えた。


「ええ、すこし。――私たち、ゴブリン退治をしたいのですけれどどこかで募集しておりませんか?」


 すると――場の空気が凍った。隣で受け付けていた屈強な戦士が目を丸くして自分を見ている。

 あんなに賑わっていた場所が静寂に包まれていた。


「……あれ?」


 綺光が戸惑っていると、受付嬢が恐る恐るといったていで訊ねてきた。


「あの、失礼ですがあなた……おひとりですか?」

「え? あ、いえ、この方も一緒でございます」


 綺光は猫を抱きかかえて見せた。しかし受付嬢の表情は変わらない。


「猫、ですか」

「ええ、猫です。ああ、でもただの猫ではございません……えっと、絹夜さん」

「……ん」


 猫は空中に飛びあがった。地上に降り立つ頃にはひとの姿になっていた。

 赤い猫の耳と尻尾のついた同じ髪の色をした青年だった。肌のあちこちに金と赤のグラデーションのがかった鱗が浮いている。サイズが大きく、指先までを覆う袖の長い上着に、足にフィットする細身の白いズボン、そして底の平たい靴を履いていた。星を宿した目が受付嬢を見る。


「……ん」


 絹夜が挨拶するように袖を振った。――そして、


「ぶわっはっはっは!!」


 室内に響く声で笑ったのは、背後にいた禿頭で黒い鎧を身に着けた大柄な男だった。

 椅子から立ち上がって、大股にふたりへ近づくと上から覗きこむように身を屈めた。


「――お前、新人か?」

「……はい?」

「最近〝勇者〟になりたがるやつが増えたんだよなぁ……ほんっと頭お花畑なんじゃねえの?」


 明らかにばかにした物言いだった。

 聞き慣れぬ単語だったが、小声でカグヤが説明した。


『――〝勇者〟とはこの世界の職業のひとつでございます。この世界ではかなり重宝される存在。この世界ではこのギルドで仕事を請け負い、報酬を得ることで得点が加算され、得点に応じてなれる職業が変わります。しかし基本的には仲間と共に行動を致します……国に尽くすわけですから、単独行動はあまり好まれません』

「……へえ。この方はその〝勇者〟でいらっしゃるのですか」

『ええ。見たところ、〝剛力〟に偏っているようですから肉弾戦パワー系の〝勇者〟でしょう』

「……脳筋バカってことでございますね」


 小声で会話をしているのが気に障ったのは大男はぎろりと綺光を見た。


「おい、なんださっきからこそこそと」

「……いいえ。新人とわかっていてそのような態度を取られるとは先輩の風上にも置けない方だなと思っただけでございます」

「なんだと!?」


 綺光の言葉に青筋を立てた大男だったが、


「――やめろよ、ダクド」


 という爽やかな声に制止された。

 大男の背の半分ほどしかないが、平均的には長身の部類だろう。

 金髪碧眼、そのうえ白いマントを靡かせるその姿はまさに〝王子様〟だった。腰から提げられている剣も柄の部分がやたらと装飾されている。


「デュリン……」

「それじゃあ心配しているのがまったく伝わらないよ――やあ、すまないね美しいお嬢さん」


 初夏を思わせる爽やかな風に、いくぶんか甘さを加えたような声音であとから現れた〝王子様〟は言った。大男はダクドといい、この青年はデュリンというらしい。


「いいえ」

「気分を害してしまったかな……ダクドは口下手でね……」


 デュリンがダクドをフォローした。ダクドはバツが悪そうに顔をそらした。


「――お嬢さん。ゴブリンは凶暴だよ、群れを成して襲いかかってくる魔物だ。初心者が倒せると勇んで退治に出かけるけれど大抵は返り討ちにあって殺されてしまう。あなたたちがふたりだけで挑むにはいささか危険が伴う」


 懇切丁寧に辞めるようデュリンが言う。しかしそれを聞き入れるわけにはいかない。

 どんなに危険であろうと、ゴブリンに会わなくてはいけない理由があるのだから。


「お心遣い痛み入ります。ですが、私たちにものっぴきならない事情がございますゆえ」

「……お嬢さん」


 デュリンが悲痛にくれた顔をした。綺光は無視して受付嬢へ向き直る。


「――ゴブリン退治の依頼が来ている場所はどこでございましょうか」


 受付嬢は迷っていたが、綺光と絹夜の真っ直ぐな眼差しに覚悟を感じたらしくすぐに教えてくれた。


〝人食い森〟と呼ばれているという。

 鬱蒼と生い茂る木々は太陽を食らい、なかは昼間でも薄暗い。暗闇に紛れて潜む生物は皆、入ってくる者を容赦なく襲う。土のうえには食われた餌の残骸が転がっているともっぱらの噂だそうだ。

 森のなかに漂うありありと死の気配を感じた綺光だったが、それに怯むほど人生経験が浅いわけではない。これまで幾度となく死線を越えてきた自負があるけれど、知らない世界であることを念頭に置いて、深呼吸した。

 絹夜もすこし緊張しているようだ。最近になってやっと体の使い方、力の使い方に慣れてきたけれどもともとは戦地に赴くような人生ではなかった。だからやはり戦うことを前提にした場所を目の前にすると胃がきゅっと掴まれたような心地になる。


「絹夜さん、無理はしないよう。私もフォローいたしますから」

『私もおりますよ、清き猫』

「……ん。……ありがとう。……だいじょうぶ、だ」


 絹夜は答えた。


「――私たちもおりますから、ご安心を」


 爽やかで甘い風が吹いた。

 綺光と絹夜の背後には白いマントを靡かせるデュリンと鉄球を携えたダクドがいた。そして彼らの仲間だという妖艶な体をセクシーな衣装に押しこんだ魔女のシーシャ、ローブで顔を隠した髭の老人ルディ爺が連れ添っている。シーシャは不機嫌そうだった。


「もぉ、デュリンってばあ。あなたの得点にならないっていうのにぃ」


 口を尖らせてシーシャが文句を言う。デュリンが困ったように返した。


「シーシャ、〝聖騎士〟というのはただ国を防衛すればよいわけではないんだよ」

「むぅ~」


 ああいうのをあざと可愛いというのだろう、と綺光は思う。

 正直なところ、まったくついてきてほしくなかったが、デュリンが懇々と説得するのが鬱陶しかったので同行を許可してしまった。


「ま、いーわ。そこがデュリンのいいところだもんネ♡」


 意味を成さない会話にいちいち反応するのは時間の無駄だ。後ろにいるのは全員幽霊とそう考えようと少々乱暴な方法で、綺光は背後のやりとりを遮断することにした。


『ときには誰かに頼るべきと申し上げましたが、愛しい子。今はそれが正解です』


 カグヤがそう耳元で囁いた。

 絹夜も賛同していた。


 森のなかは想像以上に暗かった。

 太陽が隠れたら完全に暗闇に閉ざされるだろうことが想像できて、綺光たちは自分たちに残されている時間が少ないことを自覚した。

 ゴブリンはこの森の一部を村として開拓して暮らしているそうだ。獲物は若い娘や子どもが主で、暗がりから突然出てきて襲うのだという。


「ですからお嬢さん、あなたが一番危険なのです」


 デュリンは言うが綺光は聞かなかった。

 先頭を任せればゴブリンを殺されるだけだ。殺されてしまっては元も子もない。

 そもそも綺光は背後の一団についてはないものとして考えているので、その声は届かなかった。


「お嬢さん、あの」

「……」

「お嬢さん?」

「……」

「あの、」

「ちょっと!」


 業を煮やしたのはシーシャだった。先行く綺光の肩を掴んで無理矢理後ろを向かせる。

 三日月と薔薇の浮かんだ瑠璃の瞳がシーシャを見た。そのあまりの美しさにシーシャは言葉を失ったがすぐに我に返って言う。


「さっきからずっとデュリンが話しかけているっていうのに! あなた、なんなのよその態度!」

「……申し訳ございません。想像以上に暗かったものですから、集中しておりました」


 綺光はそう言って誤魔化した。ここで喧嘩をしてもなにも良いことはない。

 真っ当な理由にシーシャがぐっと押し黙る。


「シーシャ」


 デュリンが彼女の名前を呼ぶと、シーシャの顔がぱっと明るくなった。

 傍目から見ればすぐにわかることだ――シーシャはデュリンに惚れている。おそらく中身云々というより見た目だろう。けれどそんなことは関係なかった。

 綺光たちの目的はゴブリンだ。彼らに棍棒を返すこと。ただそれだけだった。


「すみません、彼女すこし……その、気が強くて」

「いいえ、私のほうこそ申し訳ございません」


 綺光は取り繕うように笑った。

 デュリンがその笑みに固まる。頬に赤みが帯びているように見えていたが気のせいだと綺光は黙殺した。シーシャの視線が鋭かったけれど、これもまた綺光は無視した。


「――来るぞ」


 しわがれた声がしたのは、だいぶ日の傾いた頃だった。

 ずっと黙っていたルディ爺だった。森の奥から枯葉を踏み荒らす音が聞こえていて、それが段々とこちらに近づいてくるのがわかった。複数人、そしてその耳障りな声の群れ。


「ゴブリンだ!」


 ダクドが声を上げて、鎖のついた鉄球を頭のうえで回し始めた。

 暗がりから一斉になにかが飛びかかってくる。

 緑色の肌に尖った耳、布きれを腰に巻いた子どもくらいの背丈の生き物。

 ――想像しろと言われて、に出てくるであろう姿をしている。

 ゴブリンたちはグギャグギャと鳴きながら、綺光とシーシャに向かってきた。シーシャは杖を構え、綺光はトランクの留め具に手を遣っていた。


「〝踊り子よ、今ひとたびここに苛烈なる業火を〟」


 シーシャが杖の頂点にある宝珠に力を込めて放つ。炎の塊がゴブリンへ飛んでいって、一体にぶつかった。あっという間にゴブリンは真っ黒になる。『グギャアア』というひどく音割れのした絶叫が響き、それは地面に転がった。次々と火球がゴブリンを迎え撃ち、黒こげの死体がいくつもいくつもできあがった。べつの場所ではルディ爺が体中から鎖を伸ばしてゴブリンを串刺しにし、ダクドは持っている鉄球でゴブリンの頭をかち割っていた。デュリンは戦おうとしない綺光を背に隠して、その剣でゴブリンを斬り殺していた。綺光が怯えていると勘違いしているようだった。


「大丈夫ですよお嬢さん! 私たちがいますからね」

「……違う、……ちがう、これでは!」


 ゴブリンの軍勢は絶え間なかった。

 暗闇から次々と新しいゴブリンが現れては死んでいく。さすがに慣れているのか、四人はすこしの疲弊も見せないままゴブリンを倒していった。

 綺光は奥歯を噛み締めた。これでは話をするどころではない。


「……カグヤ!」


 綺光が呼びかけるとカグヤが姿を現した。

 カグヤの存在はどうやら綺光と絹夜以外には知られていないようだった。

 綺光の呼びかけの理由をすぐに理解したカグヤは言った。


『――光を貸しますよ、愛しい子。目を眩ませている隙に彼らの村を見つけましょう。そこにいる村長が棍棒の持ち主、今の<夢見主>のはず』

「……わかりました。――絹夜さん!」


 絹夜はぴくりと耳を動かし、それから空中で一回転した。猫の姿に戻る。

 彼が着地したのを見届けると、カグヤが袖を振った。

 途端袖の先から冴え冴えとした銀の光があふれて、視界を埋め尽くす。


「うわあっ、なんだ……っ、この光はっ!?」

「なによ!?」

「ぐ……っ、なにも見えねえ……っ」

「……ぬぅ」


 各々の悲鳴を後ろに聞きながら綺光は前に出る。ゴブリンが現れている暗闇のなかへ猫と共に飛び込んだ。「お嬢さん!」と叫んだデュリンの声は虚空に響くだけだった。


 ◇◆


 ゴブリンたちの標的が綺光たちに切り替わった。


『真っ直ぐ進んで愛しい子』

「わかるのでございますか?」

『ええ。見た目がどうであれ同じ善き隣人ですもの』


 カグヤがやわらかく笑った。

 ゴブリンたちが飛びかかってくるのを、肩にのった猫が爪を立てて追い返している。大した攻撃ではないけれど、怯ませるには充分だった。

 段々と木々の数が減っていき、最後には視界が開けた。

 そこには粗末な茅葺屋根の小屋がいくつもあって、至るところにかがり火が焚かれていた。


「……ここは」

『ゴブリンの村でございます。村長を探しましょう』


 村には子どもの背丈よりもずっと小さいゴブリンがいた。傍に寄り添うのは母親だろうか、布きれが胸のあたりまでを覆っていた。


「……ごきげんよう」


 そう言うとだれもが物珍しそうに綺光たちを見た。

 綺光はトランクを開けて棍棒を取り出す。するとそれを見たゴブリンのひとりが目の色を変えた。


『……ソレハ』


 近づいてくるゴブリンの額には大きな傷があった。真一文字に裂かれた傷だった。

 ほかの者よりもすこしだけ体が大きいように思えた。


「ここの村の、村長のものかと存じます。お返しに参りました」

『……ワカッタ、スコシ待テ』


 ゴブリンは踵を返し、唯一の瓦屋根の小屋へ向かった。しばらくして小屋から背中の曲がったゴブリンが現れた。首から数珠のようなものをさげている。

 覚束ない足取りで綺光のところまでやってくると、ゴブリンは深々と頭を下げた。


『――ようこそ魔女。我らが善き支配者』


 かすれているが明朗な声で、ゴブリンはそう言った。彼が頭を下げたのを見て村のゴブリンたちが次々とこうべを垂れた。まるで神に祈るように、彼らは地面に伏せた。


『私はダルガンと申します。ゴブリン以外の種族とお話をするのはとても久しぶりでございます』


 ダルガンと名乗ったゴブリンは感慨深そうに言った。

 ダルガンは瓦屋根の小屋にふたりを招き入れた。生活感のほとんどない、殺風景な部屋だった。


『なんのおもてなしもできませんが……』


 とダルガンは恥ずかしそうに言った。

 対する綺光は複雑な心境のまま、口を開いた。


「ダルガン、あの」

『はい』

「私たちはここに来る最中、とある〝聖騎士〟の一団と出会いました。お断りしたのですが、ついてこられて……それで、おそらくはあなたの村人が」


 どう説明すべきか悩んでいると、先を言う前にダルガンが言った。


『ああ、構いません。――ですから、今はなっておりますゆえ』

「え?」

。正義を全うする方に殺していただくのはありがたいこと――ですから、あなたがお心を痛める必要はなにもございません』

「……」


 綺光は言葉を失った。猫も驚いて瞠目している。

 ダルガンの声は穏やかなものだった。風のない湖面のように、なんの感情もなかった。


『我らは悪意なくとも敵意なくとも殺意なくとも悪者でございます。これは生まれた縁がそうなっているがゆえ、だれにも変えられません。村を焼かれても女子どもを殺されてもそれは名誉なことなのです。無慈悲であればあるほど、残酷であればあるほどゴブリンにとって大層ありがたいことなのでございますよ』


 綺光はなにも言えなかった。


『棍棒を届けていただいてありがとうございます善き支配者よ。今頃村の若者たちは名誉の死を遂げていることでしょう。今年はずいぶんといらっしゃる勇者様や騎士様が少のうございましたゆえ、連れてきてくださり大変感謝しております』


 なにをどう言葉にしてよいか、綺光にはわからなかった。

 猫も固まっている。ダルガンの顔は穏やかだった。


「……」

『聖騎士様は国防も任される優秀なお方……その方の手にかかって死ぬことはこれ以上ないほどの誉れでございます。私がもう半世紀……いえ、四半世紀でしょうか……若ければその誉れを胸に抱いて死んでいけたものを。いやはや、しかし。村を治めるものがいなければ村としては立ち行かなくなりますゆえに』

「……あなたがたは、それで……」


 訥々と続けられる話に綺光が口を挟んだ。

 ダルガンは笑った。ほんのすこし、憂いを含ませて。


『悪いことなどございません――


 そのときだった。

 小屋の外でゴブリンの悲鳴が聞こえた。


「!?」

『ああ、気配を辿ってこられたのか。ほんとうに優秀なお方だ……こんな老いぼれを殺していただくにはもったいない方ですね』

「……ダルガン、……逃げる、べき。……だ」


 猫が焦ったようにそう言うと、ダルガンは首を振った。


『いいえ。これが我が天命なれば従うのみ……。ああ、戸を開くのはべつの者にお任せします。申し訳ございません。でも大丈夫、ゴブリンは男女が一組でも残ればすぐ増えますから』

「……待ってくだ」

「お嬢さん、どこだ!!」


 デュリンの声だった。

 綺光が飛び出そうとするのを抑え込んだのはダルガンだった。馬乗りになってその首に手をかけた。片手にはさきほど手渡した棍棒が握られている。

 小屋の扉は開いていた。デュリンがそれを見つけこちらに近づいてくるのがわかった。

 その目には明確な敵意が映し出されている。一目瞭然――ゴブリンが娘を殺そうとしている場面だから当然だろう。


「ぐ……っ、ダルガ……」

『どうか非礼をお許しください。どうか、抵抗せずこのまま』

「……ひ、れい……っ、あなた、……は……!」

『――悪いことなどなにもない。私たちは生まれながらに正義の礎となることを定められた犠牲なのでございます』


 ふっと自嘲気味にダルガンが笑った。


「お嬢さん、今――っ、助けるぞ!!」


 剣が閃く。このままではダルガンが殺されてしまう。

 綺光は咄嗟にダルガンを庇おうと肩に手を置いた。けれどダルガンの目を見て手に込めた力を緩めた。


『――どうか私を正義の礎にしてください』


 それは懇願だった。迷子の子どものように頼りない、縋るような目だった。

 ダルガンは殺されたがっている――猫もそれをわかって動かずにいた。けれどその目だけはじっとデュリンを睨んでいた。

 振り下ろされる刃がダルガンの首を跳ねた。飛んでいく小さな頭と噴き出す真っ赤な血の向こうでデュリンの正義に燃える瞳が見えた。こぼれる涙の代わりのように、ダルガンが首からさげていた数珠が居場所を失って飛び散った。

 半ば放心状態の綺光にデュリンが走り寄る。ダルガンの持っていた棍棒は地面を転がっていた。


「お嬢さん、大丈夫かっ? なんて無茶を……どこも、なにもされていないか?」

「……」

「ああ、もう大丈夫だ」


 デュリンが綺光を抱き締めた。

 ぬくもりのある体が気持ち悪くて、綺光は振り払った。

 デュリンは一瞬驚き、けれどすぐ同情するような、やさしい目をした。


「……すまない、当然だな。シーシャを呼ぼう、同性なら」

「必要ございません」


 きっぱりと言い捨て、綺光は立ち上がった。そして地面に転がっている棍棒を拾って森のほうへと歩いていく。猫は黙ってその後をついていった。デュリンの呼び止める声は聞こえなかった。

 小屋は皆紅蓮の炎に染め上げられていて、黒い死体がいくつも転がっていた。焼けていくゴブリンの悲痛な叫びが木霊していた。


「……これが、彼らの見ている夢……」


 綺光が言うとカグヤが答えた。


『――言ったでしょう、夢を見ることすら諦めている、と。ゴブリンは自らの存在価値をただ無為に殺されることでしか見出せないものたちなのでございます。重宝される夢など見ても矜持が傷つくだけ。だから夢のなかですら彼らは死んでいくのです』

「……戸を開いていただけるのですか? <夢見主>は死んでしまったのに」

『ええ、愛しい子。ゴブリンの<夢見主>はほかのものたちと違って都度変わりますから』

「……え?」

『ほら、呼んでいますよ』


 カグヤに促されて綺光が顔を上げると、ゴブリンの子どもがひとり手招きしているのが見えた。

 そちらへ向かおうと足を向けた矢先、綺光の頬に宝珠が向けられた。シーシャだった。


「――アンタ、何者? まさかゴブリン側のスパイ?」

「……」

「答えなさいよ、さもなきゃアンタも丸焼きにするわ」

「……お好きなように」

「ふうん、そう。じゃあ、――いいわ!」


 シーシャが杖を振り上げた。

 火球が肥大して隕石ほどの大きさになった。シーシャの行動に逃げ出すゴブリンを一掃していたルディ爺が気付いてしわがれた叫び声を上げた。


「お嬢! なにをしているんじゃ!」


 シーシャが「うるさい」と一喝する隙に、綺光はトランクからマッドを取り出していた。


「キャハヒヒッ! だのだの……ひとってのはまったく理解できねェなァ! ヒヒッ」


 綺光のことを理解していたマッドは素早くその身を月の光を湛えた刀に変えた。刀を翻して杖を持つシーシャの手首を綺光は切り落とした。火球が掻き消えて杖についで手首が落ちた。血が噴き出す。


「ッ!?」

「――ごきげんよう、お世話になりました。これはそのほんのお礼でございます」


 シーシャが絶叫するのと綺光がそう言ってお辞儀をするのとはほぼ同時だった。

 構わず綺光はゴブリンのほうへ向かって歩いていった。猫もまた振り返ることなく続いた。


『長、死ンダノカ』


 ダルガンを呼びに行ったゴブリンが棍棒を受け取ってそう言った。

 生き残ったのは子どものゴブリンとその母親だけだった。ほかは皆焼け死んだという。

 綺光が首肯すると『ソウカ』とだけ返した。


『長ハズット殺サレズニ生キテキタ。モウ〝発情期〟モ来ナイ程ニ老イテイタ。ゴブリンニトッテソレハ屈辱ナノダ。キット今トテモ幸セダロウ』

「……」

『棍棒ハ俺ガ引キ受ケル。魔女ヨ、感謝スル』

「……いいえ」

『戸ヲ開コウ』


 ゴブリンが告げるとなにもない空間に不格好な扉が現れた。


『俺タチハ目ガ悪イウエニ手先モ不器用ナノダ……済マナイ』

「……いいえ」


 綺光はもう一度同じことを言って、ドアノブに手をかけた。

 そのとき、がさがさと枯葉を踏み荒らす音がした。


「?」

『――行ケ』


 ゴブリンが背中を押した。

 扉が閉じる刹那見えたのは、恐ろしい形相でゴブリンを殺そうとするデュリンの姿だった。

 シーシャの血に染まったのであろう顔は悪魔のようだった。


 ◇◆


『ふつう<夢見主>はひとりだけ。その種族のうちでいちばん力を持つ者が夢を見て<異世界>を創ります。――けれど、ゴブリンは違います。あれらは絶えず殺される運命にあるから、誰もが戸を開く権利を持つのです』


 静かな<宝物庫>のなかにカグヤの声が響く。

 綺光も猫も黙っていた。


『愛しい子、清き猫。あなたたちが悲しむことなどなにもない。あのゴブリンも言っていたでしょう、あれらの命は正義を全うする者のために存在する』


 重い静寂を切り裂いたのは、鼻を啜る音だった。

 いつの間にか猫がひとの姿になって、星空を涙に濡らしていた。


「……ん、……ぅ」

『残酷でしょうが、これが物語のなかを生きるもの――<人想属じんそうぞく>の宿命なのでございます。彼らの運命はいつだってひとの想いによって形作られる』

「……正義を成すは悪あってこそ、ということでございますね」

『ええ』


 綺光は絹夜の頭を抱き寄せた。それから彼が泣きやむまで何度もその頭を撫でた。


 恋人の感情の機微に聡い零雨は、猫の状態の彼を見て即座に「……なにがあった」と訊ねてきた。その問いは猫を抱く綺光に対してだった。

 詳細を掻い摘んで説明すると彼は神妙な面持ちを崩さず、「ああそう」とだけ返した。


「……もうしわけ」

「俺は朝に一度言ったはずだけれど」


 謝ろうとする綺光を鋭い声で零雨が遮った。


「君に謝ってもらいたいことなんてひとつもない。これはこの子が選択だ――この子の選択が誤りだったような言動は慎んでくれるかな」

「……承知いたしました」


 零雨は猫の背をやさしく撫でさすりながら家のなかに入っていった。

 引戸が閉じて静かになるとカグヤが言った。


『あの者のやさしさは実にわかりにくい』

「ええ、そうですね」


 綺光は微笑み、そして踵を返した。


 地下の鍾乳洞はいつだって冷たい。

 湖のようになっている水だまりのふちに、男がひとり寝そべっていた。

 左半身が黒い触手の群れでできていて、額から二本黒い角を生やした鬼だった。長い髪に覆われた背中には九尾の狐が月を抱く菩薩を見上げる刺青が彫られていた。

 彼のことを、〝百毒ひゃくどく紅壽こうじゅ〟とひとは呼ぶ。

 綺光が帰ってきたことに気付いた紅壽は緩やかに身を起こして、振り返った。瞳は本来白目であるはずのところが真っ黒で、そのなかに赤と金の目玉が浮いていた。


「……おかえり」

「ええ、ただいま戻りました――紅壽」


 笑った綺光になぜか紅壽は眉間にしわを寄せた。

 反応に綺光が訝しむ。


「どうか、なさいましたか?」

「……なにか、あったのか」

「え」

「……いや。そういう、気がしただけだ」


 どうしてわかったのか、と訊く前に紅壽は理由を口にした。


「……あなたは私のことがなんでもわかってしまうのですね」

「……偶然、だ。……君のことは、わからないことしかない」

「あら、謙遜なさって」


 綺光は紅壽の隣にしゃがみこんだ。

 自分の膝を抱えて湖面に映る自分の顔を見る。

 母が同じだと嘲笑った美しいかお。いつかお前も僕と同じようになるんだよ、とまじないをかけるように母は言った。

 ひとの想像が精霊のありようを変えるなら、母の呪詛が自分のありようを変えてしまうのだろうか。


「……紅壽」

「……なんだ」

「私は、欲深いでしょうか」

「……」

「母と同じで色に狂った強欲な魔女になるのでございましょうか」


 常に男を周囲に侍らせ、欲しいものは思うがままに奪う女。

 非道な行いを非道とも思わず実行する、そんな魔女に。


「……ならない」


 紅壽が言い切った。

 彼の声は静かだったが、研ぎ澄まされた刃のように鋭かった。


「俺がいるから、君は君の母親とは違う」

「……」

「……ほかの男なんて、許さないぞ」


 じっと綺光を見据える瞳には炎が灯っている。

 強い独占欲の炎と――もうひとつ。

 綺光はふっと笑った。


「……あなたのやさしさも存外わかりにくい」


 綺光が笑うのにつられて紅壽も笑った。

 カグヤは黙ってそうして笑い合う夫婦ふたりを見ていた。

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