閑話1:〇ッキーゲームは気軽にやるもんじゃない


「今日のオヤツは、ホッキーなんです?」


 チョコがコーティングされた、スティック菓子をマジマジと見てしまう。花園保育園では、食育に力を入れている。間食は、甘味ではなく、栄養を意識したおやつが調理される。だからこそ、既製品が出るのは、珍しい。


「ふふ。」


 給食先生の梅さんが、楽し気に笑みを漏らす。


「今日は11/11。ホッキーの日だからね、朱理坊、よろしくさね?」


 意味深に、梅さんは笑むのだった。




■■■




「それでは、ホッキーゲームしたいと思います!」

「え?」


 俺は硬直した。ホッキーゲームって、アレだ。飲み会の席である、お互いがホッキーの端と端をゆっくり食べつつ、近づいていく。引いたら負け。そんなルールだったと思う。保育園で――それが、主任の守田先生が、先導するほはまずいんじゃないのだろうか。


「まずは トップバッターは秋田君として、お相手は誰がいく?」

「はい!」

「はい!

「はーい!」

「はいー!」


 園児達が全力で、手を上げてきた。


「えっと、じゃあ……一番手は観月ちゃんでいくとして――」

「ダメッ!」


 俺の隣でハラハラしながら、見ていた花が声を上げる。俺の持っていたトレイから、ホッキーを取り上げたかと思えば――。


「んぐっ?!」


 ホッキーを放り込まれた。涙目で、今度は花がホッキーに齧り付いた。


「ちょっと、花圃?!」

「花圃ちゃん先輩、待って!」

「花ちゃん先生! ズルい!」

「ちゃんと言ってなかった私が悪かったけど、花圃! ストップ! ストップ!」


 守田先生の一声。そして、慌ててホッキーを齧って飲んだ俺の機転を褒めたい。


 お互いのファーストキスをなんとか死守した俺たちだった。




■■■






「それでは仕切り直しでいきますよー!」


 守田先生の声がけと共に、園児達は歓声をあげた。


「ホッキー!」


yeah!イエー


「ホッキーホッキー!」

「yeah! yeah! yeah!」

「あとだしホッキー!」


「yeah! yeah! yeah!」

「じゃんけんぽん!」


「……なにこれ?」


 ただの後出しジャンケンじゃん。この徒労感なんなの? どうやら、後出しジャンケンに勝ったら、ホッキーがもらえるというルールらしい。なんだ、それ?


(俺は何をやっているんだろう……)


 見れば、花は羞恥心から、プルプル体を振るわせ――その顔はあからさまに、真っ赤だった。


 その身を挺して、ホッキーゲームとは何たるかを園児に教えようとしたのは、ある意味、保育士魂と言えるのかもしれない。


「お兄、絶対にピントずれていること、考えているでしょう?」

「ねぇ、秋田? 本物のホッキーゲーム、ウチらもしようよ?」

「梨々花ちゃん、何を言ってるんですか! 子ども達の前で、そんなの絶対にダメです!」

「でも、花圃。園長代理が自らしたよね!」


「それは……。でも、ダメです! 園長代理の権限を行使します! 絶対にダメです!」


 朱梨、藩宮さん、そして花の応酬。まぁ、なんて賑やかなことか。思わず、苦笑が漏れる。


「お兄ちゃんもホッキー食べよう?」


 そう差し出してくれたのは、観月ちゃんだった。イタズラばかりじゃなくて、たまにこういう優しさを見せてくれるんだ、この子は。自分のオヤツだっていうのにね。


 ありがとう――でも、その気持ちだけね。

 そう伝えようとした瞬間。ホッキーを口の中に、放り込まれた。


「んー? んー?」


 近づいてくる、小さな唇。ちょこっと、チョコまみれ。これ、ダジャレじゃないよ?


「ちょっと、しゅー君?!」

「秋田?!」

「お兄?!」


 みんなからの声で、はっと我に返る。慌てて、ホッキーを噛み砕いた。


「惜しい、あとちょっとだったのに!」


 全然、惜しくない。


「まぁ、良いもんね。お兄ちゃんと、13回サーティンキスしてるし、ね」


 とんでもないこと、この園児は言ってきた。やけに発音綺麗なのは、この前の「英語で遊ぼう」のブライアン先生の影響な気がする。


「しゅー君?!」

「秋田?!」

「お兄?!」


 観月ちゃんの言葉を真に受けないで欲しい。特に花は、いったんスイッチが入ると、冷静になるまで、時間がかかる鉄のスクラップ聖母様。

 

(さて、どうしたものか……)


 思案しながら、ため息が漏れる。




  

 ――〇ッキーゲームは、気軽にやるもんじゃない。

 心底、そう思った瞬間だった。




________________



※商標の兼ね合いから、作中はホッキーとさせていただきました。〇ッキー、美味しいですよね。


次回更新より、本編に戻ります!

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