第38話 冬至祭


 目を覚ますと、夏乃なつのは寝台の上で布団にくるまっていた。

 ふと横を見ると、艶めく銀糸の髪がさらりと流れ落ちて────奥にある白磁のかんばせが見えた。


「わぁっ!」


 夏乃は飛び起きた。

 慌てふためいて寝台から飛び出した時、部屋の扉が開いた。


「起きたか」

「と、冬馬トーマさま……あの、これは違うんです。昨日はあたし、ちゃんと長椅子で寝たんです」

「わかっている。きっとお優しい月人つきひとさまが、おまえを寝台に運んだのだろう」


 冬馬は表情を変えずにあっさりと答える。


「そ、そうですね。では、あたしは、着替えて参ります!」

 夏乃は一目散に部屋から出て行った。



 〇     〇



(ああ…………動悸が収まらない)


 夏乃は胸を押さえたまま、高楼を囲む四角い広場に出ていた。


 今日は冬至祭。

 広場には、たくさんの供物が供えられている。

 高楼の正面に置かれた祭壇だけでなく、塔の周りを囲むように野菜や穀物、干した肉や魚のような物まで大量に並べられている。


「冬至って、こんなにすごいお祭りなんだ」

 夏乃の知っている冬至の儀式と言えば、カボチャと柚子湯くらいだ。


「ああ、夏乃は初めてだったな。この国では冬至祭を境に年が改まる」


 薄絹を被った月人が振り返った。

 今朝の出来事で月人の顔をまともに見られない夏乃にとって、今は薄絹の存在がめちゃくちゃありがたい。


「年が改まるって、お正月ってことですか?」

「我らが信仰する太陽神は、年に一度死して後に生まれ変わる。今夜から明日にかけて、神の再生を願う儀式が盛大に執り行われるのだ」


 広場に面した▣型の回廊には、七夕飾りかと思うような色とりどりで形も様々な飾りが付けられている。

 夏乃たちがいるのは、広場の中に設けられた臨時の観覧席だ。所々に火鉢が置いてあるが、外なのでとても寒い。

 中央の祭壇前では王が稲穂を持って何やらつぶやいている。やがて、塔から出てきた白装束の女性たちの中から一人の女性が進み出て、天に向かって厳かな祈りの言葉を響かせた。


(わぁ、きれいな人だなぁ)


 日本なら神社にいる巫女さんの役割だろうか。彼女たちは目元に朱色のアイラインを引いていて、とても神秘的だ。

 中央で祈りを捧げているのが一番位の高い巫女なのだろう。彼女は長い黒髪を半分だけ結い上げ、残りは背中に流している。

 彼女たちは祈りを終えると、来た時と同じように静かに塔へ戻って行った。


 王宮の侍女たちが観覧席にすばやく配膳したのは、小豆あづき入りのお粥だ。豪華な食事ではないが、凍えた体を温めるには十分だった。

 参列した重臣たちも表情をゆるめて粥を食べ、やがて各々部屋に帰って行った。



 夕方から始まった宴は昨夜よりも盛大なものだった。

 今夜の夏乃は、月人が用意した紅色の衣を身に纏い、月人の隣に侍っていた。


『兄上の横やりを防ぐためには、そなたが夜伽役だということを知らしめなければならないからな』


 そんな月人の言葉にうなずいてしまったのが間違いだった。

 夏乃が危なっかしい手つきで月人の杯に酒を注ぎ終えると、いきなり抱き寄せられた。

 正座していた足は崩れ、均衡を失った夏乃の身体は、月人の胸に倒れ込んでしまっている。


「つ、月人さま」


 小声で文句を言うと、「周りを見てみろ」と言われてしまった。

 確かに、広間を囲むように座る重臣たちもそれぞれ美しい女性を侍らせている。中には美女を膝の上に乗せている不届き者までいる。

 その不届き者を見ていた月人がポツリとつぶやいた。


「夏乃。あれがやりたい。ここへおいで」


 ここに座れとばかりに、ポンポンと自分の膝を叩く。

 冷や汗が、たらりと垂れた。


「ええっ、あれですか? さすがにあれは……」

「協力してくれるのだろう?」

「えぇぇ」


 すぐ後ろに控えている冬馬たちに助けを乞うような目を向けると、冬馬には「早くしろ」とばかりにあごをしゃくられ、珀には目を逸らされてしまった。


「で、では、失礼します」


 胡坐をかいた月人の膝の上に、恐る恐るお尻を乗せる。

 すると、すぐに月人の両腕に囲われてしまった。これでは動けない。


「うん。これは良いな。こうしていると、そなたの体温で温かい」

「あ……あはは」


 確かに温かい。温かいが、それを通り越してのぼせそうだ。

 夏乃の髪を撫でる大きな手の感触に居たたまれなくなりながら、何とか意識を逸らせようと周りを見回せば、同じように膝の上に美女を乗せているくだんの重臣が目に入ってしまう。


(周りからはあんな風に見えてるのかな?)


 恐る恐る見上げれば、月人の秀麗な顔に見下ろされてしまう。


(ああ……ダメだ。美し過ぎる)


 やっていることは鼻の下を伸ばしたそのへんの重臣たちと変わらないのに、まるで劣情など知らぬと言わんばかりの、神のごとき澄まし顔。


(ヤバイ……これがイケメン無罪ってやつなの?)


 ドキドキする胸を押さえて、夏乃は俯いた。

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