第25話 干しナツメと謎の侍女


 その夜は、侍女四人で湯殿へ行った。

 お屋敷の広い湯殿で温かい温泉に浸かっていると、月人の謎行動や、雪夜の件で強張っていた体がじんわりとほぐれてゆく。


 鈴音すずね波美なみは先に湯殿を出て行ったので、夏乃なつの睡蓮すいれんは簡単に掃除をしてから湯殿を出た。

 回廊を通って侍女部屋へ戻る途中で、ふいに睡蓮が足を止めた。


「どうしたの?」

「夏乃に、ちょっと話したい事があるの。お庭に行きましょう」


 睡蓮は夏乃が答えないうちに、広い庭の中央にある池のほとりまで歩いて行き、そこでしゃがみこんだ。


「雪夜の話なんだけど」

 夏乃が隣に座るなり、睡蓮はそう言った。


「うん?」

「……あたしね、思い出した事があるの。夏乃は、門番のおじいさんを知ってる?」

「うん。たまに見かける。ひとりだけやけに年取ってる人だよね?」

「そう。あの事件の後、その人が食堂でしょんぼりしてるのを見かけたの。干しナツメを食べたことをすごく後悔していたわ。だからあたし、慰めるつもりで少しだけ話をしたんだけど……おじいさんに干しナツメを渡したのは汐里しおりじゃなかったって言うの。別の侍女だったって」

「……え?」


 夏乃は目を見開いたまま固まった。


「鈴音か波美か……それとも、侍女の格好をした別の誰かか」

「睡蓮、それっ、誰かに話した?」

「話してないわ。その時は、汐里が誰かに頼んだのかもって思ってたから」


 睡蓮はキュッと唇を噛みしめる。


「でも今は違う。雪夜の脱走を助けた人が、使用人の中に絶対いるのよ。その人たちは、きっとまた〈銀の君〉を殺そうとするわよね?」

「そう……だよね。雪夜はまだこの島にいるんだもん…………」


 汐里を殺した犯人の事はもちろん憎い。でもそれだけじゃない。このままにしていたら、きっとその犯人は雪夜と共に再び月人を殺そうとするだろう。

 それに、雪夜を逃がした人は、夏乃が雪夜と戦ったことを知っているだろう。

 ぞくり────と背筋に悪寒が走った。

 見知らぬ相手にいきなり切りかかられたら、さすがに対処のしようがない。


「夏乃、大丈夫?」

「ああ……うん、大丈夫。雪夜の仲間って、いったい誰なんだろうね?」

「わからないわ。でも、探せばもっと、汐里以外の人から干しナツメを貰ったって言う人が出てくるかも知れない。夏乃、手伝ってくれない?」

「わかった。でも、誰が雪夜の仲間かわからないから、用心しようね」

「ええ」


 夏乃と睡蓮は手を取り合って頷き合った。



 その帰り道。

 夏乃は炊事場の裏で、薪と一緒に転がっている壊れた槍の柄を見つけて、思わず拾い上げた。


「これ、貰っていいかな?」

「いいんじゃない。でも、そんなものどうするの?」

「うん。ちょっと鍛えようかなって思って」


 睡蓮は首をかしげていたが、夏乃はその棒を井戸できれいに洗って部屋に持ち帰った。



 〇     〇



 早朝の裏庭で、夏乃は昨夜拾った棒を両手で持ち、剣道のように振ってみた。

 ビュッ、ビュッと棒を振るたびに、空気が唸る。

 次は片手で持ってクルクルと八の字を描くように降ってみる。ブンブンと唸りを上げながら加速してゆく棒を、いったん空に放ってから受けとめる。


(うん、いい調子)


 思いつくままいろいろな動きを試しているうちに、体がスムーズに動き出す。

 構えから振り、突き、手足の動き、様々な動作がまるで一つの流れのようになってくる。


「やっぱり、毎日やらないとダメだな」

 手の中の棒を見ながらつくづくそう思う。


「夏乃、朝から勇ましいな。どうしたんだ?」

 見回りをしていたのか、槍を持った珀が回廊の上でニヤニヤしている。


「べつに、ちょっと鍛えようかなって思っただけ」

「おっ、いいな。相手になってやろうか?」


 珀はそう言うと、槍を肩にかけたままひらりと回廊から飛び下りた。


「え、いいよ。どっか行く途中だったんでしょ?」

「見回りを終えたところだ。遠慮するな」

「いやいや、遠慮はしてないし。あたしは素振りだけでいいの」

「何を言ってるんだ、素振りだけじゃ強くなれないぞ。ほら、構えろ」


 槍の穂先に布をかぶせた状態で、珀は夏乃の方にビシッと槍を突いてくる。

 夏乃は仕方なく珀の槍を受けた。

 月人の身辺警護をしているだけあって、珀は大きな体に似合わず俊敏な動きをしている。ほんの十分ほど手合わせしただけで大量の汗が噴き出し、夏乃はヘトヘトになってしまう。


「やっぱり筋がいいな。毎日鍛錬すれば、夏乃はすごく強くなるぞ。仕事が終わったらまたやろうぜ。じゃあな」

「珀、ちょっと待って!」


 夏乃は珀の袖をつかんで引きとめた。


「あのさ、汐里を捕らえた時の話なんだけどさ、干しナツメを汐里に貰ったって証言はどのくらい聞いて回ったの?」

「何だいきなり……そうか、雪夜のこと聞いたのか」


 珀は急に苦々しい表情を浮かべる。


「そうだけど、あたしが聞きたいのは汐里の件だから。もし全員から聞いてないんだったら、もう一度聞いて欲しいんだけど」

「夏乃、この話はまた後でだ」


 珀は夏乃の質問には答えずに、さっさと消えてしまった。


  

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