第16話:死ぬほど頑張るアンナちゃん

 「アンナ様、おはようございます。朝です。起きてください」


 パーティの翌日、いつも通りメイドに起こされる。服を着替えてリビングへ。


 「おはようアンナ、今日はいい天気だね。朝食は出来てるから早く食べるといいよ」


 リビングにいくと、とても爽やかな笑みを浮かべた師匠がいた。えっ?何?どうしたの?口調がおかしなことになってるし、服装だって何故か煌びやかなドレスを着ている。朝食は出来ていると言われるが、そこにあるのは紫色の生肉。とても素敵な笑顔をしているが、昨日のことを引きずっている?というかより酷くなった?


 「あのっ、えっ?」


 「どうしたの?はやく食べなさい?」


 満面の笑みなのに怖いってどういうこと。これを食べないという選択肢は・・・あっ、はい。無いんですね。なーに、20年間生肉を食べて生きて来たんだ。今更この程度なんともないって!


 「うっー!!んーっ!!!」


 「あらあら、そんなに美味しかったの?ほら、まだまだあるから沢山食べなさい?」


 肉を口に入れると、形容し難い酷い味が口の中全体に広がる。辛くて甘く、酸っぱくて苦いのに時々旨味もあるとかいう何とも言えない気持ち悪さ。直ぐに吐き出しそうになるが、師匠の後ろに”吐いたら殺す”という文字が(物理的に)見えたため、必死に呑み込んだ。


 「ご・・・ご馳走様でした。」


 「はい、お粗末様でした。今日からアンナの修行よ。さ、手を取って。」


 どうにかして食べきり、やっと終わったとか思ってたら、どうやらまだこれは始まりだったようだ。修行がこれから始まるらしい。言われるがままに手を取る。


 「あっつ!!?ああああのののの師匠!?!?手!手!いだだだ!!」


 師匠の手を取ると、ガッチリと握り込まれる。死ぬほど痛い。自分の肉が焼けた匂いがするとか最悪。って痛いよ師匠!本当に痛いんですけどおおお!!


 「ふふっ、我慢しなさい?大丈夫大丈夫、少しだけだから。ほらね?」


 「えっ?」

  

 気が付けば私は森の中にいた。そして私の視界に映るのは焼け焦げた腕と私の服を着た首なし人間?あっ・・・私死t・・・




 「何寝ぼけとるんじゃ。早く起きんか!」


 「あっ、師匠。」


 良かった。どうやらさっきのは悪い夢だったようだ。そうだよね。師匠があんなことするわけないよね。あれ、でも師匠なんでドレス着ているの?しかもここ森だよね。なんで?


 「気を抜きすぎじゃ馬鹿者」


 「あっ?」


 次の瞬間、私の目に映ったのはバラバラになった私の身体。は・・・っ?




 「あの師匠?」


 「なんじゃ?」


 「ギャアアアアア!!!」


 次は全身を焼かれ、最後に首を飛ばされた。


 その後も幾度となく殺され、その度に起きる。最初の数回こそ悪い夢かと思っていたが、そういう訳ではないらしい。昨日メイドのニーナさんが言っていたことを思い出す。


 ———厳しくでは済まないですね。何回か死ぬと思ってください。あの方蘇生もできるので、何度死んでも蘇生して修行させると思いますよ。


 あれはこういうことだったらしい。どうやらここは死を体験できる楽園地獄だったようだ。ハハッ、なんとも素晴らしい場所だね!


 「がぁぁぁぁ!!」


 「おぉ、やっと避けたか。じゃがまだまだじゃな。」


 「あ”っ!」


 何度目かの生で初撃を避けることに成功した。避けたと言っても即死しなかったというだけなのだが。その後もすぐに殺された。


 

 「だぁぁあもう!!」


 もう何度死んだかわからない。前世でいう死にゲーを現実で体験したらこんな感じなんだろうなっていう理不尽っぷり。一体いつまで繰り返せばいいのか、何がクリア条件なのかもわからないまま、とにかく死なないために試行錯誤を繰り返す。何がダメなのか何がいいのか。障壁を張ったり回避したり師匠に攻撃したり、あらゆる手を尽くす。何せ次もまた師匠が私を蘇生させるとは限らないのだから。今の命をとにかく大事にする。


 「み”ッ”っ」


 「少しは良くなったがまだまだじゃな。」


 まぁ、いくら大事にしたところで理不尽には叶わないわけでして。数えるのも億劫になるほどの死を繰り返していくうちに、魔術発動時の予兆のようなものを感じ取れるようになる。更にそれを何度か繰り返すと師匠の魔術がようになり、安定して回避できるようになる。


 「思ったより早かったのぉ。やはり魔術に関するセンスは流石じゃな。じゃがまだまだじゃ。」


 「え”っ”っ」

 

 しかしそれを安定して続けることはいまだにできない。もう何度目かもわからない泣き別れた自分の身体を見ることとなった。

 


 死んでは蘇りを繰り返して更に時間が経過すると、数分は生き残れるようになり、師匠の使用した魔術を見る余裕も出てきた。火や水、風の刃を飛ばすのみならず、特定の空間を直接燃やしたり、私の影を操って攻撃してきたり、周囲の物を吸いこむ黒い球を発現させるなど、攻撃手段は多種多様。


 様々な攻撃を避けられるようになったが、途中でどうやっても回避できない状況を生み出されて死んでしまうことがあった。それが数回繰り返されたところで、避ける以外の選択が必要であると悟り、魔術でどうにか対抗しようとする。しかし私が魔術を発動させようとすると、魔力を動かした直後に師匠が攻撃してくる。その時の私は魔術に意識を割いているから、攻撃を避けるのが間に合わなくなる。


 「アッハッハ!、頑張れ頑張れぇ!」


 「ギャアアアアア!!!」


 どうにか対応しようと試行錯誤しているうちに、気が付けば日も高くなり、師匠はテーブルと椅子を取り出して悠々とランチを食べていた。それでも私に対する攻撃がやむことはない。


 


 「はぁっ・・・っ!ここっ!」


 朝から始まった修行は気が付けば夕方となった。何度も死んだ。極限状態の中で試行錯誤を繰り返した。その努力が実を結び、回避不能の魔術を防ぐことに成功。魔術ごとに弱点属性とでもいうべきものがあって、それに対応した属性を発動することでどうにか防ぐことが出来た。

 といっても、火属性は水属性に弱いとかそんな単純なモノじゃない。火が水に弱いこともあるし、逆に水を当てると威力が高まったりとかする。こんな感じで”さっきと違うじゃん!”っていうのが沢山出てくるから、対応するのが本当に大変だった。文字通り死ぬほど頑張った。偉いぞ私。


 「ほぉー、一日でここまで来たか。ようやったのぉ。まぁ、今日はこの辺でいいじゃろ。」


 「ふうぅ、ウ”ッ”?!?」


 「最後まで気を抜くでないわ。間抜け。」

 

 これで終わりと聞いて気を抜いたタイミングで、首が飛ぶ。もはや親の顔よりも見慣れた自分の首なし死体を見て、直ぐに意識を失った。





 「アンナ様、おはようございます。朝です。起きてください」


 「ん・・・ん~?」


 気が付けば見慣れた天上。見慣れたメイドさん。あっ、やっぱり昨日のあれは夢だったっぽい?その後、着替えてリビングに向かう。


 「おはようアンナ、今日いい天気だね。朝食は出来てるから早く食べるといいよ」


 えっ?なにこれ?デジャブ?煌びやかなドレスを着て爽やかな笑みを浮かべる師匠。お皿の上には紫色の肉。えっ?なにこれ?


 「どうしたの?早く食べなさい?」


 「あっ・・・はい。」


 何が何だかわからぬまま、アホみたいにまずい肉を三枚も食べさせられる。


 「ご・・・ご馳走様でした。」


 「はい、お粗末様でした。今日からアンナの修行よ。さ、手を取って。」


 ・・・もしかして無限ループ入った?いやいやいや、まさかね。そんなことないはず。


 「あ”つ”つ”つ”!!!」


 「ふふっ、我慢しなさい?大丈夫大丈夫、少しだけだから。ほらね?」


 「はぁっ!」


 昨日と全く同じように、手を焼かれてどこかの森に転移し、師匠が殺しにくる。昨日の体験から、私はそれを即座に避けた。


 「よく避けたわね。昨日の成果がちゃんと出ているようで何より。もう少しギアを挙げてもいいかしらね」


 「えっ?」


 私の周囲には無数の炎。昨日みた魔術と似ている。これは風属性に弱いやつだ。そう思って昨日と同じように風属性魔術で打ち消そうとする。


 「はっ・・・??」


 だが私は選択を間違えたようだ。その炎は更に大きな炎となり、私を焼き尽くした。


 「ほらほら、ボーっとしている暇はないわよ。」


 「あ”あ”あ”!!!!」


 何故、何がダメなのか。昨日と同じ魔術ではないのか。何も教えられぬまま、昨日と同じように死と蘇生を繰り返す。昼になるころには、最初の炎を打ち消せるようになった。どうもあの炎は火属性ではなく、その上位属性である炎属性だったようだ。そのため風属性ではなく風の上位属性となる嵐属性をぶつける必要があったらしい。


 その後も上位属性が次々と飛んできて、それに対応する上位属性をぶつけないといけない。しかも当然の権利かのごとく見た目同じで弱点属性が異なるとかいう魔術も使ってくるから意味がわからない。特に炎属性とか碌に触ってないから、今までの経験から”なんとなくこうだろう”的な感じで術式を構築して使用する必要があった。酷い。


 「はぁ・・・はぁ・・・」


 「今日の修行はここまでじゃ。明日も頑張れ。」

 

 「はい”っ”!?」


 様式美なのかなんなのか。私の首は再び飛び、そのまま意識を失った。




 「アンナ様、おはようございます。朝です。起きてください」


 目が覚めると見慣れた天上に見慣れたメイド。着替えてリビングに行くとまた昨日と同じ師匠がいて、同じことを言い、同じものを食べさせられる。森に転移するところすらも一緒。


 「ほっ」


 「よく避けたわね。じゃぁどんどん行くわよ?」


 「あ”っ”?」


 昨日今日と魔術オンリーの師匠が剣を取り出しかと思えば、次の瞬間には私の首が飛んでいた。今日から近接戦の修行―――といっても私は避けるだけだが———が始まるようだ。


 今日も今日とて無理ゲーが繰り広げられる。昼になるころにはそこそこ回避できるようになった。しかしそこから時折魔術を放ってくるようになったのでそれにも対処しないといけなくなった。本当に酷い。


 

 修行4日目。最初から剣も魔術も全て使って攻撃してくる。昨日よりも過酷だったが、頑張った私。偉い。

 

 修行5日目。師匠が謎の炎の結界を展開し、魔術を使えない状態にされる。その状態でも問答無用で殺しにくる。私は魔術を使えないのに師匠は魔術も剣も両方つかって殺しにきた。何という理不尽。この日は最後までなすすべもなくやられてしまった。


 修行6日目。5日目と同じことが繰り返される。ここは地獄。


 修行7日目。魔術を使用できない状態でもある程度の攻撃を避けられるようになった。私に攻撃してくるときの師匠をよくよく観察すると、その体の表面には濃密な魔力があった。それを真似て、私も体に魔力をまとわせてみると、身体能力が強化されることがわかり、それでどうにか対応することができた。文字通り死ぬほど頑張ってきた結果なのか、大分身体を動かすのが上手くなった気がする。しかし、師匠曰くまだまだ甘いらしい。明日からは今日までの内容が全部盛りだと言われた。私は生きていられるだろうか・・・。


 修行14日目。師匠から修行のと告げられる。地獄の特訓はまだまだ続くらしい。私、師匠にする人を間違えたかもしれない。


 


 「おはようアンナ、今日はいい天気だね。朝食は出来てるから早く食べるといいよ」


 師匠の爽やかで違和感だらけの笑みも、美味しくない肉を食べるのもまだまだ続くらしい。いつまで続くんだこれ。早く終わってくれぇ・・・。



 

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