深海

来栖クウ

私の光

この世界のどこかには、『日光』というものが存在するらしい。それは眩くて眩くて僕たちとは無縁の存在なのだと。そんな、誰が言い始めたのかも分からない噂。


「生まれ変わったら、その『日光』ってのを一緒に見てみたいね」

これが、彼と交わした最後の会話だった。







今から私のチャームポイントを紹介しようと思う。

まずは、この細かく沢山生える歯。他の子達よりもいっぱいあって、私はなにより歯並びがいいの。

次に、この大きな体。彼はオスだから小さくて頼りないけど私はその何倍も大きいのよ。

そして、なんと言ってもこの目の前で光る突起。原理はよく分からないのだけど、これでご飯を引き寄せて食べるのに持ってこいなの。

さてさて、こんなに可愛らしい見た目をしている私は、今どこにいるでしょうか。


「本当にどこにいるんでしょう…?」

住家から離れて旅に出たものの、私はどうやら道に迷っているらしいのです。

ここはどのあたりですかと、道行くメンダコさんに尋ねましたが、流石は違う土地のメンダコさん。華麗にスルーされました。

同じタコでも地元のタコさんとは大違いのようです。


疲れたので、ふぅっと一息。

「どこにいってしまったの……」

少し前に居なくなってしまった彼。ずっと一緒にいようと約束をしていたのに。

約束くらい守ってよ、と暗闇にぼやいてしまいそうです。


初めはどこかに出かけたのだと思っていたけど、彼の匂いはするのに、彼の姿はどこにもない。それから色んなところを巡ってみたけれど、やっぱり彼はいない。

当然、そんな旅を楽しめるはずがありません。

「あなたがいないと私は生きていけないの」

どうか、どうか、私の目の前に現れてください。あなたなら私の光かどうかくらい見分けがつくでしょう?



目の前にふっと光が付いた。彼ではない。

「――あらあら珍しい、こんにちは」

ゆったりとした口調でメスのチョウチンアンコウが話しかけてきた。

「同種と話すのはいつぶりかしらね、あら。なんでそんなに悲しそうな顔をしているの?」

「……彼が見つからないんです」

「彼?」

上手く喋れない私に、何も言わずじっと彼女は待ってくれた。

「同じチョウチンアンコウのオスなんです。気づいたらいなくなってしまったんです」


彼はどこにいるんですか。どこに行ったら会えますか―――。

そう尋ねれば尋ねるほど、彼女の視線が下がった。

「きっとあなたは凄くショックで、泣いて泣いて、忘れてしまったのね」

「……どういう意味ですか」

一息ついて、彼女は言った。

「あなたの中に彼はいるわ」と。




【補足】

チョウチンアンコウは、メスは体長40センチなのに対し、オスは4センチ程しかない。

しかもオスは小さいだけではなく、その生涯は異様なものといえる。

チョウチンアンコウのオスはメスの体に噛みついてくっつく。やがて鰭は消失し、目も失い、内臓も退化していく。そして精巣だけを発達させ、受精が終わってしまえば、もう用無しとなってしまう。

「ずっと一緒にいよう」と交わした約束の通り、メスの体と一体化し、一生を終えていくのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深海 来栖クウ @kuya0512

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ