第32話 先輩の秘密

俺の名前は、椎名正樹しいなまさき私立大学2年の二十歳だ。


ちなみに彼女はいない。

高校の時に(ごく短い期間だけど)お付き合いした女性が(2人も)いたので決してモテないわけではない(と思っている)。

顔も悪くはないと妹には言われているから、並み程度ではあると自負している。



アグスタでのバイトは従兄からの紹介であった。

高校を卒業して、大学入学の為に引っ越してきてからだから、既に2年ちょっとお世話になっている。


ちょうど欠員が出たため、従兄がここのキッチンのバイトを紹介してくれた。

生活費が不安だったから大助かりだった。


料理についても、自炊する程度にはできた。

実家にいた頃から共働きの親の代わりに夕飯を作っていた時期もあるが、料理自体が

好きだったので苦にはならなかったけどな。

(なお、実家は茨城県にある大子という町である。)


※ ※ ※


ある日のランチ前、愛車(LOUISGARNEAUルイガノのロードバイク)で、颯爽とバイト先へとやってきた俺は、駐輪場に見慣れないマウンテンバイクがあるのをみつけた。

開店準備中だから早番スタッフの自転車かな?


更衣室で着替えて、タイムカードを押すときに事務所のドアに面接中の張り紙が貼ってあることに気が付いた。


厨房スタッフの増員をしてくれるのか?

従兄とベテランのキッチンバイトの2人が辞めて、現在ピークタイムは俺とオーナーと奥さんの3人で回していたのだ。

新人が入るならキッチン希望であることを切に願った。


やめたスタッフも別にこのバイトが嫌になって辞めたわけじゃないから別段恨みはないが、でもせめて次のバイトが入ってから辞めてほしかった。


今のキッチンの忙しさは既に喫茶店とは呼べないと域に来ていると思う。

そう思ってしまう程度にはコーヒー、軽食の提供より食事やお酒類の提供の方が多い。


まぁ、オーナーとマスター曰くカフェ(イタリアン)レストランらしいけど…。

サ●ゼ?、ガ●トかよ…。


タイムカードを押す際にちらっと見えたが男だったな。

制服だし、高校生かな?

厨房に入ってくれれば高校生でもなんでもかわいがってやるぜ。グヘヘ。


俺は別にそっちの趣味はないからな。


そして、むっちゃ髪の長い陰キャ?ヤンキー??ぽいやつがキッチンのスタッフとして入った。

バイトする時は、オーナーから黒い店の名前の入ったキャップを被るように言われていた。最近のレストランのキッチンでは普通にあるのだそうだ。

なんかカッコいいなと物欲しそうな目でオーナーをいていたら、結局全員被ることになった。いや、あれカッコいいからな?マジで。



最初は絡みにくいかなとか思っていたが、別段そんなこともなく調理も皿洗いも卒なくこなすし、挨拶も返事もきちんとしていた。

見た目と違い意外と礼儀正しいやつだった。

更に普段無口で、人との距離感が、俺に似ていた気がした。




ハジメがキッチンに入ってから自分のパートがかなり楽になった。


早めに仕込みの準備を済ませ、調理台にも立ってくれるのでものすごく助かった。


気が利くというか、俺たちの動きを先回りして補助してくれるから調理の効率がめっっちゃ良くなったのだ。


最近は、ピークタイムにハジメがシフトに入っていれば俺もオーナーも調理に集中できてとてもありがたかった。


ハジメがキッチンに加わってから、3か月くらいでまかない飯を作り始めた。


驚くことにオリジナルレシピをいくつも持っておりオーナーも感心していた。なんでも、父親に教わったとかで調理時間が短いのと旨いのが自慢だそうだ。

他にも祖母に教わった料理など、和洋中とジャンルの幅が広かった。

俺自身も家で作る飯の幅が広がったのはうれしかった。


ハジメの作る料理はどれも旨かったので、あいつの賄飯当番の日が楽しみになっていた。

まさか野郎に胃袋をつかまれるとは思わなかったとハジメに伝えたら苦笑いされた。


だから俺にそっちの趣味はないっての。引くなよ…。


休憩中、オーナーが、ハジメにバイト代の使い道みたいなのを聞いていた。俺も聞かれたな、そういえば。俺は生活費って答えたっけ?

ハジメは、バイクの教習所代と言っていたな、次の目標は海外へ渡るための資金つくりだって…。

結構思いつめた顔していたけど大丈夫かな?とにかく自分には思いつかない使い道に大いに驚かされた。



※ ※ ※


そして、俺にも春が訪れることもある。


ホールスタッフの女子大生、那珂川風花なかがわふうかさんから告白されたのだ。それはもう何の前触れもなく、バイト終わりに突然だ。


那珂川さんは、俺の1歳と下でたまたま同じ大学に通う仲でもあった。


が、俺は基本的に大学ではあまり人とは接しておらず、おひとり様ライフしていた。

故にいくら同じ大学に通っていたとしても学科も違うし、接点なんかないはずであった。


彼女も普段は、とても物静でおしとやかな印象の美人お姉さん系(年下だけども)の女性であったし、彼女の回りにも取り巻きではないだろうが友人がかこっているところを何度か見た記憶があった。


そんな人気者の美人女子大生がなんで俺なんかに?と思ったが、

普段は物静かなのに雰囲気つくりの為に明るく振舞っていたりするし、何より自転車の趣味があいそうなところに惹かれたと言われた…。

明るく振舞ったりって……。


よく観察しるなぁ、バレテーラ。


チャリにもこだわってはいるからな、もと自転車競技部なんてマイナーな部活に入ってたくらいだし。


※ ※ ※


ここだけの話だけど、実はバイト中は出来るだけお調子者を演じている。


だから、周囲からは調子のいいやつとか、調子に乗りやすいやつとかと思われていると思う。


別に二重人格だとか、陰キャだからとかいう理由ではない。


単純に、ものすっごい人見知りなのだ。


小さい頃から、人見知りがひどく友達もほとんどできなかった。

仲良くしてくれていた近所に住む2個上の従兄とは普通に話せていたから、

こっちに進学した際に生活費の足しになればとここを紹介してくれたのだ。

この喫茶店は感じの良い人が多い。

(もちろん、オーナーとマスターには面接のときにバレているし、ありがたいことに無理せずにがんばれとも言ってもらえた。)


だからか、人見知りを隠して明るく振舞うことができた。


キッチンの中にいれば基本的会う人は決まってるし、顔見なければ話をするのもそんなに苦じゃないからな。


何度も言うが俺は別に自分が陰キャだとは思っていないが、コミュ障だという自覚はあった。


だからこそ、自分を演じて何とかその場をやり繰りしていたんだ。仕事だと思えば何とかなったし。


そういったわけで、これまでに付き合った女の子も俺の素というか、コミュ障の部分を知ると去って行ってしまったわけだ。


会うたび会うたび演技するのも疲れるからバレるのも早いんだよな。

学校では別段演技もしてなかったし、物静かに一人でいる時間の方が長かったのにな。面白くないと判断されて勝手に振るとか、失礼な人たちだよな全く。


那珂川さんには悪いが、断ろうと思っていた。


人見知りでコミュ障な俺を知れば勝手に告白も取り消してくれるだろうと。


告白の事も、みんなにはばれないようにすれば問題ないだろうし…。


バイトの帰り支度後に彼女を呼び、店の裏で本当の自分を晒していた。


「あ、あの那珂川さん?ご、ごごめんなさい…。お、俺はコミュ障で話すのが下手なんだ。だ、だからゴメン…。たぶん普段の俺との違いに幻滅してると思うけど、こっちが素だからさ…。も、もちろん、この告白のことは、だ、誰にも教えないから…。」

俺は精いっぱいの言葉を並べて断った。


「そっか、ダメかぁ。無理強いしてもしょうがないですしね。私、別に明るいだけの正樹さんが好きなわけじゃないんですけどね?そうやって、人の事を気遣える優しい貴方のことが好きなんです。だから、別にそんな貴方といられるだけで私は良かったんですけど。」

そっか、そんな風に思ってくれていたのか。でも、多分すぐに飽きられてフラれるにきまってるさ。


「じゃあ、正樹さん。お友達からにしませんか?もちろん目標は交際です。

二人で出かけていれば、そのうち私の事も慣れると思いますよ。私こう見えて一途なんです!好きになった人を簡単に諦められないんです。」


「と、友達?」俺は思わず聞き返してしまった。


「いやですか?」

そう言い、俺のことを上目遣いに見てくる彼女。その瞳には涙が溜まっていた。

嫌なわけないじゃないか…。

でも不安はあった。過去の交際歴が少しトラウマになっていて臆病になっている。

でも、この際自分を変えたいと思って彼女に伝えた。


「も、もちろん。…嫌なわけがないよ。逆に嫌になったら教えてくれ。じ、自分の悪いところを直したいんだ。」

彼女は嬉しそうに笑った。きれいな笑顔の頬に一筋の涙が流れた。


「うれしい。なら、正樹さんが私の初めてのボーイフレンドということでいいですよね?大丈夫!私が正樹さんを大切にしますから!人見知りなんて治っちゃいますよ。」

この子はいい子だな。

でも、ボーイフレンドって彼氏の意味が込められていないか?


「ボーイフレンド?それって・・・?」


「細かいことはいいんです。問題ありません!さぁ、正樹さん一緒に帰りましょ?」


「う、うん。帰ろっか。那珂川さん。」


「もう、正樹さん。私の事は風花って呼んでください!ボーフレンドなんですよ?」


「(。´・ω・)ん?ふ、風花。これでいいかな?」


「はい!風花です。正樹さん?大好きですよ。」


「そっか、ありがとう、風花。これからよろしくな。」


「はい!」

風花はそう返事をして、自転車を押していた俺の腕に巻き付いてきた。


これ、本当に友達なのかな…?




こうして、俺と風花のおかしな関係は始まったのだ。



なお、俺たちの関係はみんなにはまだ秘密にしている。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る