第16話 バイト終わりとタンデムシート

厨房のピークも過ぎ、洗い物も大方片付いた。

時刻は20時半を回ったところ。

先ほど、オーナーの義徳さんからモカを厨房に連れてくるよう指示を受けた俺は、モカを迎えに客間に向かった。


部屋の中、応接セットのソファに座り、学校の課題をやっていた。

集中していて俺には気が付いていないようだ。

こうして改めてモカを見ていても、小学生以来の再会なんだという、実感がない。モカの今と昔のギャップが…。容姿があまりにも変わっていて、久美と一緒に遊んでいた少女と一致しないのだ。だが、覚えていることと一致するところもある。

あの時、自分に告白してきたあの声だけは、はっきりと思い出せた。


今となってはあの告白は無効だろうが。


このまま眺めているわけにもいかないので声を掛ける。


「モカ、そろそろ移動するけど大丈夫か?」


「あっ!ハジメ君。オムレツとても美味しかったですよ。オムレツのおかげで学校の課題も捗りました。この後の賄の方も期待しちゃいます。」

オムレツのおかげってなんだ?

でも、美味しかった言われて素直にうれしかったな。

「それは、よかった。今日の賄はメニューに載っていない料理。というより俺の父さんのオリジナルだ。あとまた玉子で申し訳ないけど、納豆オムレツだよ。」

「うれしい!私、玉子料理と納豆は大好きなんです。でも、ハジメ君の事だから私の好きなものを覚えていたわけではないですよね?ww。」

「ああ、ゴメン。残念ながらメニューはだな。でも、納豆が好きなら喜んでもらえると思うから、楽しみにしてて。それじゃ、行こうか?」

客間をでて厨房に入る。オーナーが材料を出して待機しており。

「ハジメは賄いに取り掛かってくれ。今日は厨房3人、ホール3人、それに萌香の分な。正樹は洗い物を頼む。萌香はここでスタッフの動きを見ていてくれ。」

「うっす。みんな納豆は大丈夫ですかね?問題なければすぐに取り掛かります。」

「お前が作った奴なら問題ないと思うぞ。」

それならまずはスパゲッティを茹でていくか。パスタ用の鍋にオリーブオイルと塩を入れ、普段なら少し芯が残るくらいに茹で上げるのだが今日はみんなお疲れの様子なので少し軟らかめに茹でていく。

スパゲッティが茹で上がるまでの間にベースソースの下ごしらえをする。小さめにカットした茄子、スライスした玉ねぎ、ひき肉、それにお湯を通して粘り気を減らした納豆をフライパンに入れ炒める。味付けに刻んだ鷹の爪、塩と白出汁、調理酒、パスタのゆで汁、香り付けに醤油を入れヒト煮立ちさせたら、ベースソースがが出来上がり。

パスタの様子を確認し、問題なさそうなので、ベースソースと合わせ大きめの鉄フライパンを振るいながら塩、醤油などで味を調整していく。盛り付けの際、白髪ねぎを散らして完成。賄用の小皿に先輩が取り分けていく。

続けて俺は、納豆オムレツを作るのだが、卵液はだし巻き卵の要領で準備する。納豆オムレツにはこっちの方が合うと思っている。

オムレツは火を通しすぎないように注意しながら納豆を包み完成。


調理中ずっと視線を感じると思っていたら、モカが俺を眺めていた。目が合うと恥ずかしそうに下を向いてしまう。耳が真っ赤に見えた。

俺、なんかおかしな動きしていたのか?


久々に作ったけどいい出来だと思う。

「ハジメ君。とても美味しいです!パスタに絡めてあるソースも納豆がいいアクセントになっていると思います。和風ペペロンチーノみたいな感じですかね?」

モカも喜んでくれているようで嬉しい。

「モカ、ゆず七味を少しかけても美味しいぞ」

俺はモカに薬味瓶を手渡す。

「本当ですね。いい香りがして美味しい!幸せです。」

笑顔で美味しいと言ってくれるのはとても嬉しい。

「ハジメのあんなに優しい顔は初めて見るな。」

「そうすね。なんか眼鏡男子になってからイケメンムーブが様になっていて何かムカつきますね。」

「正樹よ。お前はそんなんだからモテないんだぞ?」

オーナーと先輩が何か言い合っている。

マスターとヘルプで入っていたマスターの奥さんが厨房に来て賄いを食べ始める。

「みんなここに集まってしまって良いんですか?」と俺が確認すると

「食べ終わったら、そこでオムレツを食べている美少女と、それを眺めてしていた眼鏡男子にホールに出てもらうから大丈夫だよ。」

「俺、まだ食べてる途中ですけど?それに眼鏡男子って勘弁してくださいよ。」

しかし、本当に幸せそうにオムレツを食べてくれている。


「ハジメの場合食べてる時間より萌香ちゃんを眺めている時間の方が長いからでしょ?」

マスターが揶揄ってくるが間違ってはいないので反論しずらい。


「もう、今は予約のグループだけだよ。今夜は食事が混んだけどお酒の方はそうでもなかったからね、少し早いけど看板下げちゃったよ。折角、知り合いが集まるんだしね。」


※  ※  ※


賄という名の夕飯が終わり、ホールスタッフはホールに戻り簡単な掃除と閉店作業を済ませ、厨房組は最低限の片づけとおつまみ類と食事を適当に作り、ホールスタッフに声をかける。バイト組は明日のランチの仕込みを済ませると、今日は上りとなる。いつもより30分早くあがれるが、バイト代は定時までつけてくれるということであったから、先輩は喜びながら帰っていった。

ヘルプできていたマスターの奥さんも家事があるからと先に帰った。帰る前に、モカに声を掛け、ヘルメット・パンツ・ジャケットの三点セットのサイズ確認をしてくれていた。あと、薄手のグローブも置いて行ってくれた。これでモカが寒い思いをしなくて済むと思うとありがたい。でも、すっごい上機嫌だったのが気になる。


さて、厨房の仕事を片付け俺とオーナーもユニフォームのまま、ホールに出る。俺とオーナーの手にはいくつかの料理を持っていた。

少し広めの席に校長、石井先生、神田先生、真司さん、芹沢先輩、久美が座っている。そこにマスターが大きめ丸テーブルをつけて俺たち4人も席に着く。

マスターとオーナーが先生たちと話はじめている。

その中で久美が、モカを見て驚いている。

「萌香!来てるなら教えてよ。でも、なんで奥から出てきたの?まだ制服だし。」

「久美ちゃん。今日すごくいろんなことがあってね、ハジメちゃんが助けてくれたから、ここでバイトすることになって、ハジメちゃんが作ったご飯も食べちゃったよ。ハジメちゃんすごくかっこ良かったよ。料理してるときとか見とれちゃった。」

「萌香。ゴメン、少し落ち着こう。大きな声を出した私が悪かったよ。情報量が多すぎるからね。処理が追い付かないし、ほらみんなに挨拶もしよ?」

急に色々話してしまい恥ずかしくなったのかモカは俺の陰に隠れてオドオドしていたので、俺の方から声を掛ける。

「先生方、こんばんわ。料理はいかがですか?俺の作ったものも少しばかり混じってますから、喜んでもらえるといいのですが。真司さん、芹沢先輩もこんばんわっす。真司さん、後でWRのことで少し相談がありますんで話聞いてください。久美も後でオハナシがあるからな。ほら、モカも。」

俺があいさつした後モカに促す。

「あ、あの、こんばんわ。2年生の加賀萌香です。今日は色々な事があり、こんな時間になってしまいました。申し訳ありません。先生方にはご挨拶をしておきたくて…ごめんなさい。」

「加賀さん、こんばんわ。校長の長野です。こんな時間にお会いするとは思いませんでしたよ。少し理由をお聞きしてもいいですか?」

「はい。今日は、少々理由わけがありまして、この辺りを歩いていたのですが、その際に男性に声を掛けられまして、…」

モカは今日のことを先生に対し、丁寧に説明していった。

「そこで、縁あってこちらでアルバイトをさせて戴くことになりました。ご許可いただけますか?先生。」

神田先生から質問される。

「なるほど。ハジメ君は正当防衛の範疇に収めたんだね?暴力はダメけど、守るための攻防なら仕方ない…とは残念だが言えない。これからは気をつけなさい。どこでだれが見ているかわからないんだ。また、変な輩に騒がれたら君の心が壊れてしまうかもしれないよ?友人のこともそうだが自分のことも大切にしなさい。」

神田先生には、真面目に説教されてしまった。モカのこととなれば、これからも何とでもするつもりだけど、先生の言葉もうれしかった。この間の件があるから余計に心配したのだろう。

「ハジメ、お前またやったのか?でも今回は褒めてやる。私怨ではなく人のために技を使ったのだ。誇っていいぞ!でもな神田先生の言うことも本当だぞ。加賀のことも心配だが、私はハジメのことも弟のように思っているんだ。無茶はするなよ。」

石井先生にも、また心配させてしまった。

「萌君、加賀さんのことを守ってくれてありがとう。でも、以前にも言ったがもっと周りを頼りなさい。君は機転も利くし、頭もいい子だ。もう少し周りを見ればもっといい対応ができたかもしれない。そこは反省してくださいね。

そして加賀さん、アルバイトの話は、ご両親にも連絡をしてからになります。申し訳ありませんが、この場では答えられません。でも、加賀さんには、萌君のストッパーをお願いしたいと思っています。萌君が君を見るときの表情は、今まで見たことのない優しい顔をしていました。私は過去に、大切な人ができて変わった人を見てきましたから。貴女には期待していますよ。」

校長先生、すいませんでした。でも、モカをストッパーにするってどういうことだ?モカに迷惑になるんじゃないか。

「先生、私は萌君のストッパーとして精一杯寄り添っていきます。ちなみに両親には、先ほどマスターさんから連絡をしていただいて社会勉強として了承していただきました。」

「義仁くんもそういうことは早いね。本当に昔から変わらないよ。」

校長先生の言葉に、石井先生が反応する。

「義仁?叔父さんが知っているということは、もしかしてイケメンツインズのよっちゃんとノリ君?!」

なんか、すっごいダサいネーミングが出てきたぞ。なんなんだ?いい話だったのに。


「あれ?俺たちのことを知っている人がまだいたか。社会人になって筋肉に目覚めここまで鍛え上げたおかげでそのダセェ、ニックネームから逃げられたと思ったのに…。」

え?筋肉に目覚めたってなに?イケメンって…?まぁ、今もかっこいいけど。

「何の話してるんですか?石井先生ついていけないんですけど。」

「昔な、この界隈で高校生のイケメンのツインズがいるってものすごく評判になったことがあったんだ。何しろ雑誌モデルもしていたはずだぞ。その二人がこのお二人だ!」

マジか?!俺だけでなく、モカと久美、芹沢先輩も美人がしていけない顔して驚いていた。真司さんはどうでもよさそうな顔をしていた。

その真司さんが、さらなる爆弾発言を落とした。

「というか、このお二人はボディビルの大会じゃ有名人だぞ。専門雑誌にも普通に載っているぞ。」

俺たちは、さらなる衝撃に言葉が出なかった。

そんなこんなで、久美にモカのことを黙っていたことを責めたり、真司さんも先輩が卒業したら同棲するかもしれないと話だし久美を驚かせていたり、久美が俺と萌香の再会に何やら感動していたり、真司さんに前サスのことを相談をしたりしているうちに22時を回り、最後に特大の爆弾を聞いたところで俺と萌香は中座することになった。

最後の爆弾というのが、「ここにいる神田先生と私は、萌が無事に卒業出来たらで結婚することになった。だから頼んだぞ。私はお前を信頼しているからな。」

なんか、二人の人生にヤバい影響を与えるかもしれない立場になってしまった。

神田先生は「普通にしてくれていいんだよ。我々が勝手に言っているだけなんだから。私がハーフでね、めんどくさい手続きもあるから時間がかかるだけだよ。」と言ってくれる。

そして、帰りの準備のため更衣室に行き着替える。バイクを店の前に回す。

モカは客間で借りたライジャケとパンツを制服の上に着るようだが、久美と先生に手伝ってもらっている。

今日も濃い一日だったけど、モカとの再会はとてもうれしい出来事になっていた。

再会、初日で…。いや、深く考えるのはやめよ。モカの家の場所を確認して、スマホをバイクにセットする。俺の家から徒歩圏内のマンションだったが、間違えないように何度か確認する。緊張しているわけではない。

モカが店から出てきた。見送りが多いのが気になる。

モカにシートに座ってもらいタンデムする時の注意事項を伝える。みんなからも声を掛けられ、出発のルーティングに入る。軽く深し、モカがしがみついたのを確認して出発する。

初めて、女子を乗せてしまった。なんかドキドキしていたが、これまで感じたことのない高揚感を感じていた。こんな時間が続けばいいと思うほどに、つい先月の自分ではこんな世界は想像も出来なかった。。やはり父さんには感謝だ!早く帰ってきてよ。報告はいっぱいあるんだ。

あっという間に、マンションについてしまう。

モカがバイクを降り、少し寂しそうにしている。

「萌君。また後ろに乗せてくださいね。ほかの女子を乗せてはだめですよ。」

「うん。俺はいつでもいいぞ、それに女子を乗せたのはモカが初めてだよ。

モカ以外は、妹くらいかな?久美も妹みたいなものか?なんてな、俺の後ろに乗りたい女子なんていないよ。モカくらいさ。」

「もう、油断してられないですね。とにかく私の専用席です。楓ちゃんはいいですけど、久美ちゃんはだめですよ。」

と、気迫を込めて言われ、「押忍」としか言えなかった。

なぜか、明日もバイト前に会う約束をして、今日は解散となった。

「おやすみなさい。萌君…。」

「おやすみ、モカ。また明日な。」

名残惜しいがバイクを動かし家に帰る。

少し離れたところで止まり、モカの後ろ姿に、

「萌香と再会できて良かったよ。会いに来てくれてありがとう…。」

と、照れくさくて本人には言えなかったことをここでいう、ヘタレな俺であった。








※ このお話はフィクションです。消防関連の事故を題材に取り上げておりますが日本からの災害派遣に於いて消防官(消防士)の死亡例はありません。実在のお店、メーカー、バイク・車も登場しますが一切、実在の物とは一切関係ございません。ご了承ください。


※ 物語が気に入ってくれましたら星やハート評価よろしくお願いします。

  書く時の励みにもなります。 ^^) _旦~~





















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