第2話 王宮への呼び出し(途中、側近視点)

夢を見た。

それは、姉の婚約が決まった頃の夢だ。

美しいお姉様。王族にも負けない魔力を持った、すごい魔法使いだった。

優しくて、大好きだった。


突然、姉の笑顔が曇る。

それでも無理に笑う姉は

『ミネルヴァが幸せになるように』


そう言って、祝福の魔法をかけてくれる。


--行かないで、お姉様。






目が覚めて、高く伸ばした手を力なく下ろした。


「おはようございます」

侍女が入室して、身支度を整えてくれる。

「今日もいいお天気ですよ」

「ああ、それなら瞑想はお庭でやるわ」

「夜は冷えますよ?」

「それまでには終わるわ。外の方が比較的早く魔力が溜まるの」


伝統的な模様が施された布を芝生の上に敷いた。

呼吸を整えて、飛び交うエネルギーを吸い込む。

枯渇した魔力が潤っていく。


魔法使いの祭典で披露したヒト化は、我がサデリン公爵家にだけ代々伝わる魔力を大量に消費する魔法だ。

昨日の祭典で、私の魔力はすっからかんになっていた。


目の裏に、なんとなくモーネのことが浮かんだ。

儚い命の虫。

去年の祭典では、姉がてんとう虫をヒト化させていた。

姉が見せた、最後のヒト化。


もちろん、そのてんとう虫も、見た目は人だが中身は虫だ。

十日たった頃、王宮の中でてんとう虫の死骸が見つかった。

いつ失ってもおかしくないほど、短い命。


高い魔力の家系として生まれた自分を恨む。

姉もそうだったのだろうか。

だが、サデリン公爵家に生まれた以上、代々の務めを果たすことは科せられた責務だ。


王族にも匹敵するほどの、いやそれ以上に高い魔力を持って生まれた姉はその代償に髪の毛を失った。

王太子が姉を疎んだ理由はそれだ。

だが、国王陛下は姉の高い魔力を王族の血に欲しがったのだ。

サデリン公爵家なら家柄も申し分ない。


だが、姉は亡くなった。


国にとっても姉の死は大きな痛手だったはずだ。

それほどに、姉の魔力は計り知れなかった。


この婚約で得られたものは何もない。

失ったものが大きすぎるだけだ。





瞑想は、集中力を欠いて結局夜までかかってしまった。

(魔力が回復すると、身体が整う)

うん、と伸びをしていると

「ミネルヴァお嬢様!王宮から使いの方がいらっしゃってます」

侍女が慌てて駆けてくる。

「こんな夜に?」

「すぐにミネルヴァお嬢様に取り次いでほしいと…」


俄に訝しんで、

「わかったわ、すぐに支度をしてくれる?」





スノーファントム王太子殿下の最側近は少々イラついていた。

モーネとかいう蝶だった女に王太子が夢中になって、溜まっている仕事まで放棄して、一日中このモーネと遊んでばかりいる。

遊んでいるのか、モーネが逃げ回っているのかは分からない。


時折蜂蜜を舐め、飽きればあちこち動き回り、それも飽きれば縮こまって眠り、目が覚めれば蜂蜜を舐めた。

最悪なのは、その蜂蜜を王太子が手ずから舐めさせることだった。

「モーネは美しいなあ」

などと言っているうちは良かったが

「私と暮らせば、きっと感情が豊かになるだろう」

などと言い出した。


一日舞うように動くモーネは疲れたのか、夕方ごろ動かなくなった。

「モーネ、どこか悪いのか?」

王太子がモーネを抱きしめると、くんくんと王太子の首筋の匂いを嗅いで、舐め始めた。

「モーネ…」


王太子は人払いさせた。

何が起きたかは想像に難くない。

側近達は廊下で目を見合わせ、ため息をついた。

モーネは蝶だ。もし仮に子を成したとしても産むことなく果てるだろう。

モーネのそれは、恐らく塩分や水分を欲しての行為だ。

いちいち発情するなよと内心では思った。


だが、事態は最悪の方向に動く。


暫くして、まぐわいの空気が漂う室内から出てきた王太子は言ったのだ。


「ミネルヴァを呼んでこい」

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