【連載版・完結】人外との真実の愛に狂喜乱舞する王太子を陥れたのは、だあれ?

あずあず

第1話 プロローグ

ピンクの長い髪の毛が揺れる。

まるで踊っているかのように軽やかに、王太子へと歩み寄った。

王太子は、腕を広げて彼女を受け止めた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





よく晴れた午後の日差しが窓から光を落としている。

「ミネルヴァ、君は本当に美しい」

「光栄でございます」


この国の王太子である、スノーファントム・ローゼンアース、彼は私の姉と婚約していたはずだった。

今、私はその王太子とダンスを踊っている。


「愛しいミネルヴァ、人がいなければ口づけしていたのに…惜しいことだ」


歯の浮くような台詞。

まさか義妹になる予定の人に言うわけもない。


王太子の婚約者は、姉ではなく私になったからだ。


「ダイアナは可哀想だったが、でも私はミネルヴァと婚約できて良かったと思っているよ」


くるっと視界が回る。

ドレスの裾が僅かに風を孕む。


「姉は…本当に事故だったのでしょうか」

「悔やむ気持ちはわかるがね。君は黙って王太子妃の座に治ればいい」

耳元で囁かれる。


たん、と曲が終わる。

互いに離れてお辞儀をすると、あちこちからまばらに拍手が起こった。





遥か昔から、この国は魔法使いの祭典を重要視してきた。

高い魔力を誇るサデリン公爵家の次女である私は、この祭典で重要な役割を果たさなければならない。


国王陛下や王太子を初め沢山の人々が見守る中、最高峰の魔法であるヒト化を行うのだ。


私は、すっと細く息を吸うと人には聞こえない声で、一匹の蝶を呼び寄せ、長い長い詠唱を始めた。

指に止まった蝶は、まるで死んでしまったかのようにぴくりとも動かない。


1時間ほど経っただろうか、指に感じる重さが僅かに変わる。

すぐに蝶を地に下ろすと、眩い光が動かない蝶を包み込んだ。

白くはない、まるで沢山の色を混ぜたような不思議な色の光だ。

その光は一気に膨らんだかと思うと、突然弾けた。


光の破片がきらきらと辺りを浮遊している。

見ると、先ほどの蝶は、美しい人間の女性になっていた。

裸を恥じらうこともなく、立ち尽くす彼女は、じっと私を見つめる。


「貴方が蝶として生きるはずだった生涯を壊してしまった。ごめんなさい」

口をついて出た。

彼女は背中を窄めたり伸ばしたりして、懸命に羽ばたこうとしているように見えた。


格下の魔法使いが慌てて布をかけて彼女を連れて行った。



しん、と静まり返った会場に、突如割れんばかりの喝采が響き渡った。




人々の拍手と賛辞を受けて丁寧にお辞儀をした。

けれども、



私は、この祭典が大嫌いだ。


魔法使いが高位貴族となるこの国で、最上の魔力を持つとされる王族の威厳を保つためだけに行われるものだ。

古い歴史を持つこの祭典は、魔法使いの権威を示し、命すらも意のままに操れるのだという、傲慢なパフォーマンスでしかない。




踵を返して立ち去る私の背中は、尚も喝采を受ける。

ため息を一つついてその場を後にした。





✳︎ ✳︎ ✳︎





「こら、そんなに動き回ってないで、私の膝の上においで」

ふんわりと後ろから抱きすくめられると、その美しいピンクの髪が波打った。

「つかまえた」


モーネと名付けられた蝶は、本人の意思とは関係なく湯浴みさせれ、着飾っている。

後ろから抱きつかれて、バタバタともがいていた。

行動では嫌がっているのに、無表情でなんともそれがアンバランスである。

それはそうだろう、モーネの本質は蝶なのだ。


「モーネ、ほらお腹は空いていないかい?」

王太子は、花瓶から白い一輪の薔薇を取ると、ついと鼻先に持っていく。

くんくんと匂いを嗅いで、一生懸命に舌を伸ばすが、どうにも勝手が違うようで戸惑っていた。


王太子は、その様子に顔を赤くして見ている。

やがて、紅茶のために置いてあった蜂蜜を中指で掬い取ると

「お食べ」

などと言って、これもやはり鼻先に差し出す。

モーネは舌で舐め始める。

吸うことができないと学習したのを見て、少し驚く。


「気に入ったかい」


その姿があまりにも美しく妖艶で、しばらく見入ってしまったが、やがて王太子の側近たちが咳払いを始める。

いくら王太子といえど、婚約者の前で他の女性にくっつくべきではないだろう。


「恐れながら…スノーファントム王太子殿下、モーネは蝶であります。彼女の命の長さは蝶のままです。あまり可愛がりますと…」

「ミネルヴァ、嫉妬か?つまらないことを言うなよ」

「出過ぎたことを申しました。ご容赦ください」


(嫉妬なんてする訳ないじゃない。貴方のことなんてこれっぽっちも愛してないわ)

姉という婚約者がいながら、私に一方的に愛を囁いたのは王太子だ。



そして、恐らく姉を手にかけたのも…

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