第35話
ゲーム内で何度も死にまくって、洞窟内を進んでいき、ようやく俺たちはボス部屋まで到着した。
ボス部屋の前にあるセーブポイントできちんと休憩してから、残っている経験値も使い果たしてレベルをあげておく。星崎もそのへんは学習したみたいだ。
そしてボス部屋に突入したら、ゴブリンキングとの戦闘になった。
はじめてのボス戦では、予想どおりこっちが攻撃しても相手のライフはちょっとしか削れなかった。逆にゴブリンキングの攻撃をくらうと、もの凄いダメージを受ける。
まともに戦うことすらできずに、あっさりと敗れてゲームオーバーになる。
あまりにも一方的すぎて、星崎と朝美は間抜けな顔でポカンとしちゃっていたよ。
「これはなに? どうなっているの? 気づいたら負けていたというか、まったく勝てる気がしないのだけど?」
「えぇっと、おそらく負けイベントなのでは?」
「そう思いたい気持ちはわかるけど、違うぜアサミン」
ディスプレイには、ボス部屋の前にあるセーブポイントからリスタートしている俺たちのキャラが映されていた。イベントが進行した様子はない。
つまり、がんばって倒しましょう、ってことだ。
「負けイベントじゃないかと勘違いしてしまうほどの圧倒的な戦力差だが、戦わなきゃいけない。何度もボスと戦って、理不尽に死にまくっていくうちに、ボスのモーションを学習して回避のタイミングと、攻撃を与える隙がわかってくる。そしてボスを追い詰めたとき! 興奮で脳汁が湧き出すんだよ!」
あの高揚感は、死にゲーじゃないと味わえない!
「諦めないこと。それがこのゲームで肝心ことだ」
熱く語っていると、星崎と朝美が無表情でこっちを見てきた。
うぅっ、温度差がすごいよ。
「とりあえず、もう一度チャレンジするわ。負けっぱなしは悔しいもの」
星崎はコントローラーを握って、意気込んでいる。
その調子その調子。星崎も死にゲーにハマってきたみたいだね。
それから再びボスに挑んでも、ボコられてやられてしまう。その度に星崎は「次こそは」とつぶやいて何度も再挑戦する。
ようやく半分くらいゴブリンキングのライフを削るところまでいけたが、結局倒すことはできなかった。
そうやって夢中になってゲームをプレイしている星崎を目にすると、朝美は穏やかな笑みをこぼした。
「どうしたの、朝美? そんなにニヤついたりして?」
「マナカさまが楽しそうでしたから。わたし以外とも、こうやって仲良く遊ぶことができて、よかったと思って」
「別に仲良くなんて……」
星崎はちらりとこっちを見てくると、すぐに視線を正面に戻してコントローラーを握ってくる。
「……けど、そうね。このゲームがおもしろいってことは認めるわよ。実際の冒険にだって、活かせるかもしれないわ」
「おぉ、そうか! 星崎もわかってくれたか!」
「っ、あくまでもゲームの評価よ。あなたのことを褒めたわけじゃないから」
それでもうれしい。星崎に死にゲーのおもしろさが伝わったんだからな。
「それに、こうやって誰かと一緒にゲームで遊ぶのも、悪くなっていうか……」
星崎は握ったコントローラーを持ちあげて口元をそっと隠すと、頬を火照らせながら、かすれそうな声でポソポソと言ってくる。気恥ずかしいのか、瞳が不自然に揺れていた。
「マナカさま、かわいいです」
「い、いきなり何を言い出すのよ、あなたは?」
朝美が目を輝かせながら褒めてくると、星崎はますます頬を赤らめて困惑していた。
たぶん朝美は本心から、そう思ったんだろう。でなきゃ、あんな星のようにキラキラと目を輝かせられない。
かわいい女の子二人が仲良くじゃれあっていると、こっちもニヤニヤが止まらないよ。
『好感度があがりました。レベルが50あがりました』
どうやら一緒にゲームをしたことで、星崎の好感度がたくさんあがったみたいだ。一気にレベルが50もあがった。その数字の大きさに、内心で驚いてしまう。
これでレベル286だ。
今日、星崎たちをウチに招いたのは正解だったな。かなりのレベルアップができたし、星崎との距離だって縮められた。
光城涼介が命を落とすまで、残り六日。
一時は間に合わないかもしれないと不安になったが、このペースならいける。星崎と仲良くなれたから、これからはもっと好感度をあげやすくなったはずだ。
運命の日までに、レベルを500にすることができそうだ。
希望が見えてきた。
拳を握って喜びを噛みしめていると、不意に電子音が耳を打った。
「すみません。メッセージが届いたみたいです」
星崎とじゃれあっていた朝美はそう言ってくると、持ってきていた鞄に手を伸ばす。鞄のなかから携帯端末を取り出した。
指先で画面をタッチして、届けられたメッセージを確認すると、浮かべていた笑みを消して神妙な面持ちになる。
「もしかして、冒険者関係の情報かしら?」
朝美の表情を目にすると、星崎は推測を立てながら尋ねる。
朝美は他の冒険者とも交流を持っているから、その手の情報を早めに入手できるんだったな。
「はい、他の冒険者からの連絡です。どうやらついさきほど、新しい石碑が開放されたみたいですね」
石碑が開放されたということは、新たなダンジョンのなかに入れるようになったってことだ。冒険者なら、一秒でも早く知りたい情報だ。
「もうそのダンジョンに踏み込んでいる冒険者もいるようです」
「そう。ずいぶんと性急ね。まぁ倒したら再出現しないダンジョンボスと戦いたいからなんでしょうけど」
ダンジョンボスが落とす黒い魂精石は高額で換金してもらえるし、それに希少な装備が手に入ることだってある。みんな誰よりも早くダンジョンボスを撃破したいんだ。他の冒険者が急ぐのは、そういった理由からだ。
「それで、ギルドはもうそのダンジョンに名前をつけたのかしら?」
「少し待ってください。えっと……」
朝美は指を動かして携帯端末を操作する。他の冒険者に話を聞いて、情報を集めているようだ。
しばらくすると、すぐに確認が取れた。
「はい。もう名前はつけられていますね。新しく開放されたダンジョンの名前は……」
朝美は手に持った携帯端末を見つめながら、それを口にしてくる。
「『色褪せし魔城』です」
星崎や朝美からすれば、それは初めて耳にする名前なので、特に驚くようなことじゃない。
単純に新しいダンジョンの名前として認識されただけだ。
けれど、俺にとってはそうではなかった。
「光城さん? どうかしたんですか?」
動揺が顔に出てしまったんだろう。朝美は怪訝そうに眉根を寄せて聞いてくる。
でも、動揺するなってほうが無理だった。
おかしいだろ? 一体どうして、こんなことが起きている?
誰でもいいから、説明してもらいたい。
あまりにも混乱が大きくて、視界が回転するように揺れてしまう。
……なんで、俺が知っている予定日よりも早んだよ。
『色褪せし魔城』
それは、光城涼介が命を落とすきっかけとなる、ダンジョン災害が起きる石碑だ。
その石碑から大量の魔物たちがあふれ出てきて、地上に危害がおよぶ。
そしてシャディラスが地上に現れて、光城涼介を殺しにやって来る。
『色褪せし魔城』の石碑が開放されるのは、まだ先のはずなのに、どうしてもう開放されているんだ?
またしてもゲームでは起こらなかったことが、起きてるっていうのか?
だとしたら、やはりこの世界は全力で俺を殺しにきている。
「光城くん。本当に様子がおかしいわよ?」
魂が抜けたように呆然としている俺を、星崎は疑念を持った眼差しで見つめてくる。
だけどその呼び声は、遠くから聞こえてくるようで。
うまく返事をすることができなかった。
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