第22話
「それじゃあ、行くわよ」
星崎は迅速に駆け出すと、人食い蜘蛛と闇さらいの群れのなかに突っ込んでいく。炎をエンチャントした剣ではなく、まずは【鳳凰の炎剣】を使用する。左手のなかに赤熱が湧きあがると、燃えあがる炎の大剣が生み出された。
長大な炎の剣を魔物の群れに向かって、思いっきり叩きつける。灼熱の斬撃によって、爆炎が炸裂。何体かの人食い蜘蛛と闇さらいがまとめて吹き飛んで灰になる。
その火力は凄まじく、無双ゲーの映像みたいだ。
魔物たちの戦力を削っただけじゃなく、まだ残っている人食い蜘蛛と闇さらいへの牽制にもなったはず。今の一撃で、明らかにひるんだ魔物がいる。
とはいえ【鳳凰の炎剣】は連発が利かない。星崎の左手で燃えあがる炎はすぐに火勢を失って掻き消えてしまう。
クールタイムに入ると、星崎は右手に握った炎エンチャを施した剣を使い、そばにいる人食い蜘蛛に斬りかかる。
「【魔光の雨】よ」
一方、朝美は杖をかかげると、魔術を発動させる。星崎が牽制を行ったのとは真逆の方向にむけて、青い光の球体を飛ばした。
宙に浮かびあがった球体は魔物の群れの頭上で停止すると、眼下に向けて無数の青い光の矢を放つ。
真上から降りそそがれる光の矢に、多くの人食い蜘蛛と闇さらいがまとめて貫かれていた。
朝美は【魔光の雨】を一つ配置しただけでは手を止めずに、星崎がカバーしきれない方面に向かって続けていくつもの青い球体を飛ばしていく。そこから放たれる無数の矢によって、魔物たちにダメージを与え、身動きを封じる。
敵が多い集団戦においては、打ってつけの魔術だ。
だけど星崎と朝美が牽制を行っても、炎の剣と光の矢を掻い潜ってくる魔物はいる。
ボロ切れのような黒いローブを引きずりながら、異様に発達した両腕を足みたいに動かして、こっちに突進してくる闇さらいがいた。
あの闇さらいの狙いは、朝美のようだ。
朝美のもとに行かせるわけにはいかない。剣を構えると、闇さらいと朝美を結ぶ直線の間に割り込んで、進路上に立ちふさがる。
接近してくる闇さらいは俺よりもレベルが高い。だけど【魔光の雨】を何発も浴びて深刻なダメージを負っているせいだろう。かなり動きが鈍っていた。もっとも、仮に無傷だったとしても、こっちに向かってくるのなら殺すけどな。
闇さらいはフードの奥から不快感を与えるような金切り声を発してくると、長い右腕を振るい、鋭い爪で切りかかってくる。
弱っていることもあって攻撃に勢いがない。バックステップで爪の間合いから逃れる。敵が空振りすると、瞬時に突進――ロングソードを水平に構え、闇さらいのもとまで接近。その胸部めがけて剣先をぶっ刺す。
闇さらいの背中から剣が突き出る。鮮血が飛び散り、短い悲鳴が聞こえた。貫いた闇さらいの形状が崩れていき、剣に感じる重みもなくなっていくと、灰になって白い魂精石だけを残して消滅する。
俺が一撃で倒せるほどに、弱っていたみたいだ。
『レベルが４あがりました』
格上の魔物を倒したことで、レベルアップに必要な経験値を得る。レベルが４もあがった。これでレベル１０５だ。
でも喜んでいる余裕はない。
新たに星崎と朝美の牽制を掻い潜ってきた人食い蜘蛛が、八本の長い脚を動かして迫ってくる。鋭利な牙のついた縦開きの口をひろげて、唾でも吐くように緑色の液体を飛ばしてきた。
右足に力を込めて横に跳ぶ。吐き出された液体は、ほんの数瞬前まで俺が立っていた場所に付着する。
あれを浴びれば毒の状態異常にかかる。朝美が【治癒】の魔術を使えるので、毒を治すことはできるが、そのぶん朝美の攻め手が減ってしまう。なるべく負担はかけたくない。
ロングソードを握り直して、人食い蜘蛛のもとに行こうとすが、背筋が凍った。反射的に前に向かって跳ぶ。背中を何かがかすめる。
冷や汗をかきながら振り返ると、さっきのとは別の闇さらいがいた。こいつも星崎と朝美の牽制を掻い潜ってきたようだ。そして長い腕から生えた爪で切りかかってきたんだ。
装着している鎧のおかげで背中を引き裂かれることはなかったが、ＨＰにダメージが入ってしまう。
闇さらいは狂ったような金切り声をあげると、長い両腕を振りあげてきた。同時に人食い蜘蛛も口をひろげて跳びかかってくる。二体の魔物に挟撃される。
舌打ちすると、前後から迫ってくる闇さらいと人食い蜘蛛の攻撃を避けようと両足に力を込める。
青い閃光が弾けた。光の矢が闇さらいと人食い蜘蛛に命中して、前後にいた二体の魔物が動きを止めて硬直する。
距離をおいたところに立っている朝美が、杖をこちらに向けていた。【魔光の矢】を二連続で放ち、闇さらいと人食い蜘蛛の動きを抑え込んでくれたんだ。
「さんきゅう、アサミン」
「アサミンって呼ばないでください」
苦情を言ってくると、朝美はまだ残っている魔物の群れに向けて【魔光の雨】を配置していく。
朝美が作ってくれたチャンスを無駄にしない。ロングソードを構えて闇さらいのもとに駆け寄っていき、斬撃を浴びせて袈裟斬りにする。
鮮血が噴き出て、悲鳴が響くが、闇さらいは一撃では死ななかった。俺の剣ではＨＰを刈りつくせない。
だったら、何度だって斬り刻んでやる！
猛然と剣を叩きつけて、闇さらいを斬りまくる。黒いローブがボロボロになって、その体から大量の血があふれ出した。
ようやくＨＰがつきたようで、闇さらいは灰に変わっていく。
『レベルが２あがりました』
レベルアップを知らせる天の声が聞こえたが、それに耳を傾けずに側面に向かって避ける。飛んできた毒液が闇さらいの灰に降りかかった。
さっきの人食い蜘蛛が俺のことを狙っている。
すみやかに走り出す。レベルアップによるスピードの上昇を実感。人食い蜘蛛との距離を急速に詰めていく。
人食い蜘蛛は八つの目を光らせてこっちを見てくると、粘着性の高そうな糸を口から吐き出してきた。俺のことを捕らえるつもりだ。上体を揺さぶるようにしながら走って、進路をズラすことで糸をかわして肉薄する。
真正面に立つと、人食い蜘蛛は鋭い牙で噛みいてくるが、その大きな口に向かってロングソードを突き刺す。人食い蜘蛛の顔面に刃が食い込み、透明な液体が飛び散った。おそらくこれが人食い蜘蛛の血液なんだろう。
それでもまだギョロギョロと八つの目玉は動いている。俺を殺したいという殺意は途絶えてない。
両手で握りしめたロングソードに体重をかけると、人食い蜘蛛の顔面を真っ二つに叩き割ってやる。それでライフがつきたようで、人食い蜘蛛は形状を崩していき、灰に変わっていった。
『レベルが１あがりました』
続けてレベルアップする。これでレベル１０８だ。
「【鳳凰の炎剣】よ」
そしてとっくにクールタイムが終わっていた星崎は、燃えあがる炎の大剣によって魔物の群れをまとめて焼き払う。
朝美も精神が安定して冷静になってきたみたいだ。焦らずに【魔光の雨】を配置している。
赤い炎と青い光が乱れ飛び、魔物たちを殲滅していく。
トラップが発動して魔物の群れが召喚されたときはどうなるかと思ったが、星崎と朝美のおかげで、かなり敵の数も減ってきた。これならいける。
だが、そんな予断は許されなかった。
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