第21話




 発見した隠し通路のなかを警戒しながら前進していく。


 先頭が星崎、二番目が朝美、最後尾が俺という隊列だ。


 隠し通路のなかは、最初のほうは通常の道と変わらなかったが、奥に踏み込んでいけばいくほど、空気がよどんでいるというか、プレッシャーのようなものが感じられた。


 やっぱり、何かあるんだろう。


 歩みを止めずに進んでいくと、四方にひらけた広間のような場所に出る。


 そこに踏み込むと、視線をめぐらせた。


 真夜中の校舎みたいに静寂が横たわっており、俺たち以外には誰の気配もない。


 星崎は一度だけ息を飲むと、歩みを進めていく。俺と朝美も、その背中についていった。


 警戒心を解かずに、広間の隅々まで注意深く視線を配りながら足を動かす。耳を打つのは、俺たちの足音だけだ。


 このまま広間を通り過ぎていこうとする。


 しかしそれは、俺たちが広間の中央に達したときに起きた。


「っ、これは……!」


 突如として湧きあがってきた光に、一瞬だけ視界が真っ白になる。


 俺たちの足元を中心に、大きな魔法陣が浮かびあがっている。


「トラップか!」 


 ダンジョン内には床を踏んだり、壁に触れたりしたら発動するトラップがある。 


 トラップの種類は千差万別で、冒険者をダンジョン内のどこかに強制的に転移させるものから、状態異常を引き起こすものまである。


 一度発動したトラップは、しばらく再起動しなくなるが、時間が経過すればまた機能を取り戻すようになっている。


 冒険者からすれば、厄介な仕掛けだ。


「マナカさま! あれを!」


 魔法陣が浮かびあがったのは俺たちの足元だけではなかった。周りにもたくさんの魔法陣が描かれている。


 その魔法陣のなかには、影があった。


 真っ黒な体色に八つの目玉を光らせた、一メートル半はある大型の蜘蛛がいる。


 他にも、黒いローブをまとって、フードの奥にある黄色い瞳でこっちを見ている、異様に長い腕を生やしたヤツもいた。


 広間に浮かびあがった魔法陣が消えていくと、魔物の群れの召喚が終わる。


「どうやらここは、モンスターハウスだったようね」


 大量の魔物が一斉に召喚されるトラップがある部屋を、冒険者たちはモンスターハウスと呼んでいる。


『ラスメモ』でも、このトラップに引っかかったら大勢の魔物を同時に相手にしなきゃいけなかった。パーティメンバーのレベルが低かったら、全滅だってありえる危険なトラップだ。


 見渡せばどこもかしこも巨大な蜘蛛と黒ローブばかりだ。一斉に召喚された魔物の群れに、包囲されてしまう。出入り口もふさがれていて、逃げようがない。


 ざっと見ただけでも、二十体以上はいる。


「二人とも、あの巨大な蜘蛛と、黒いローブの鑑定を!」


 星崎の険しい声が飛んでくる。


 とっくに星崎は蔵から剣を取り出していて、戦闘態勢に入っていた。勇ましいことだ。


 言われたとおり、すぐに巨大な蜘蛛と黒ローブをステータス能力で確認する。


【人食い蜘蛛】

 レベル:110

 黒色をした大型の蜘蛛。口から吐き出す糸と毒液を使って、獲物を捕食してくる。


【闇さらい】

 レベル:110

 黒いローブをまとった人型の魔物。異様に発達した両腕に生えている爪で攻撃してくる。


「どっちも、このダンジョンでは見かけたことのない魔物ですね。こんな魔物、冒険者たちの情報網にもありませんよ」


 鑑定を終えた朝美は若干早口になっていて、声も上擦っていた。モンスターハウスに踏み込んだことに、軽くパニックを起こしているようだ。


 そのうえ大量に出現したのは、見たこともない魔物ときている。朝美が動揺するのも無理はない。  


 この人食い蜘蛛と闇さらいには、俺も見覚えがなかった。友達が『荒れ果てし辺境の遺跡』を攻略していたのを見ていたときも、出現しなかったはずだ。


 記憶にない隠し通路といい、見たことない魔物といい、どうなってるんだ、このゲーム世界は?


「朝美、まずは落ち着きなさい。鑑定を終えたのなら、十分に対処できる相手だとわかったはずよ」


「っ、はい!」


 星崎が冷静になるように呼びかけると、朝美は杖を握りしめて身構える。無理やりにでも心を静めて、気持ちを切り替えたようだ。


 どうやら星崎と朝美のレベルは、召喚された魔物たちよりも高いらしい。

 

 とはいえ、この数だ。高レベルな魔物を一体だけ相手にするよりも、そこそこレベルの高い魔物を大勢相手にするほうが厄介なときだってある。


 しかも敵は、まったく情報のない魔物ときた。


 ひょっとしたら、このダンジョンのボス戦よりも難しいかもしれない。


「【炎をまとえ】」


 星崎は握った剣に左手を添えて、炎のエンチャントをかける。


「あの蜘蛛の毒液には注意が必要ね」


 毒での攻撃を仕掛けてくることは、鑑定したときに判明している。状態異常にはかかりたくないので、気をつけないといけない。


 星崎は周りに現れた魔物の群れを睨め回すと、俺と朝美にこれからの指示を伝えてきた。こんなときでも冷静さを失っていない、頼りになるリーダーだ。


「あぁ、わかった」


「了解です」


 俺と朝美が相槌を打つ。


 それと同時に、周りにいる魔物たちが敵意を向けてきて動き出す。

 

 戦端が開かれる。




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