第9話




 茜色に染まってきた空を街路樹の木陰で涼みながら眺める。

 

 この時間帯になると、近くに建った校舎のほうから制服姿の若者たちが歩いてくる様子がチラホラと目についた。


 光城涼介も数年前までは高校生をやっていたので、そんなに年は離れていないけど。

 

 星崎と朝美は学生なので、冒険者としての活動は平日の放課後と休日にやっている。今日は火曜日なので、二人が冒険者としての活動を開始するのはこの時間だ。


 二人がどの学校に通っているのかは、冒険者たちに話を聞いて調べがついていた。そして二人が下校時にこの辺りを通りがかることは、昨日のうちに学校周辺の住人たちに聞き込みを行って知っている。星崎は目立つ外見をしているので印象が強く、このへんの人たちの記憶にもしっかりと刻まれていたようだ。


 しばらく通り過ぎていく学生たちを眺めていると、ようやくお目当ての人物を発見する。


 ダンジョンで出会ったときと違って、星崎と朝美は日常生活を感じさせる制服を着ていた。それでもやっぱり周りの学生とはまとっているオーラが違うというか、整った顔立ちをしているので、普通に歩いているだけで華がある。


 他の生徒たちも、星崎と朝美に視線を向けていた。学校内でも有名人なんだろう。


 学生たちの目もあるから気になってしまうが、俺に残された時間は十日しかない。ためらっているような余裕はなかった。


 息を吸って呼吸を整えると、街路樹の木陰から踏み出す。仲むつまじそうに話し込んでいる星崎と朝美の前に立った。


「待っていたぜ、二人とも」


 ドキドキしながら、思いきって声をかけた。


 声をかけたけど……。


 星崎と朝美は楽しそうにお話ししながら、俺の横を素通りしていったよ。


 え? 俺のこと見えてない?


「ちょっ、やめてよぉ! 無視しないでよぉ! こっちは結構緊張して声をかけたんだよ! 昨夜からドキドキしっぱなしで、眠れなかったんだから!」


 ちょっぴり涙目になって、二人の背中に必死に呼びかけた。


 そしたら二人ともピタリと足を止めて、こっちを振り返ってくる。


 うわっ、二人ともすっごく怪訝そうな顔をしちゃってる。


「もしかして、わたしたちに声をかけているのかしら? ていうか、あなた誰よ?」


「えぇっ、うそぉ! 忘れちゃってる? ボクのこと忘れちゃってるのぉ!」


「覚えがないわね。朝美、知っているかしら?」


「いいえ、まったく欠片たりとも記憶にありませんね」


 な、なんだってぇ!


 そんなぁ。自己紹介だってしたのに。また知り合うところからスタートしなきゃいけないの?


 しょぼ~んと落ち込んでいると、星崎は亜麻色の髪を撫であげてから両目を細めてくる。


「あぁ、思い出した。身の丈にあわないダンジョンにもぐりこんで、魔物に襲われていた男ね」


「そういえばいましたね、そんな人も。確か、名前は光城涼介さんでしたっけ?」


「覚えてるじゃん! 二人とも、俺のこと覚えてるじゃん! どうして知らないフリするの! もぉう、ウソついたらダメでしょ! そういうことしないでよね! 本気で落ち込んじゃったんだから!」


 そりゃあさ、二人からしてみれば俺との出会いなんて取るに足りない、ちっぽけなことだったかもしれないけど、こっちにとっては一大事だったんだよ! 


 いきなり出鼻を挫かれて、年上としての威厳とか、そういうのは木っ端微塵にされちゃったけど、とりあえず二人を呼び止めることには成功した。いろいろとこっちはボロボロになっちゃったよ。


「それで、どうしてあなたがここにいるの? まさかわたしたちのことを待ち伏せていたんじゃないでしょうね?」


「あぁ、そうだ」


「そうだって……なに堂々と肯定しているんですか? 光城さん、変質者ですか?」


 星崎からの問いかけにきっぱり答えると、朝美が憮然としていた。


 いい年した男が、女子高生を待ち伏せしていたんだから、そういう反応になるよね。


 昨日、冒険者たちに聞き込みを行って知った情報だが、いつもマナカに付き添っている朝美は、星崎家に仕える使用人の娘だそうだ。だから星崎のことを主として慕っている。


 ちなみに年齢は星崎よりも一つ下らしい。


 星崎とは幼い頃からの友人で、唯一の理解者でもある。星崎とパーティを組めるのは、朝美だけみたいだ。


 おそらく朝美も星崎と同じで、ゲームじゃ仲間にできないキャラなんだろう。星崎が目立つので影に隠れがちだが、小動物みたいにかわいい顔をしているので、地味にプレイヤーから人気がありそうだ。


 さて、すべり出しからつまづいてしまったが、ここからはガンガン星崎の好感度をあげていこう! レベルアップしまくってやるぜ!


「この前のことを、改めて礼を言おうと思ってな。あんたらがいなかったら、俺は死んでいた。本当に助かったぜ。それを言いたくて、ここまで来たんだ」


 心からの感謝の気持ちを伝える。何気にわざわざ学校まで足を運んだんだよ、っていうこともアピールしておいた。


 よし、これでまた好感度があがってレベルアップだ!


「ふぅん、そう」


 星崎はまるで興味がなさそうに生返事をしてくる。


 俺の頭のなかで『好感度があがりました』という天の声は聞こえない。


 ……おかしいな? 普通こういうのって、好感度があがるんじゃないの? 女の子キャラが頬を染めたりするところじゃないの?


「俺、おまえに感謝したくて来たんだよ! わざわざ、この学校の場所まで調べてね! おまえにありがとうって伝えたくて!」


「それは今聞いたわよ? 急に大声を出してどうしたの? 気持ち悪いわね」


 星崎は片目をすがめてくると、射抜くような視線を向けてくる。 

 

 好感度をあげたくって、いろいろと強調してみたら、逆に警戒されてしまった。美少女ゲームなら、まちがいなく好感度が下がっているところだ。


 もしも俺がその美少女ゲームをやりこんでいたら、星崎みたいな気難しい女の子が相手でも、うまく立ち回れていたのかな? 死にゲーばかりやっていたから、好感度のあげかたがわかんないよ。


 かわいい女の子同士がイチャイチャする尊い百合漫画だったら、たくさん読んできたけど、アレとは勝手が違うから参考にはできない。そもそも俺は女の子じゃないんだよ。

 

「用は済んだわね。わたしたちはこれからダンジョンにもぐるから、急いでいるの。行くわよ、朝美」


「はい、マナカさま」


「ちょっ、待ってよぉ! まだ行かないでよぉ!」


 足早にこの場から立ち去ろうとする星崎と朝美を呼び止める。


 しつこく女子高生に付きまとう俺は、周りから見れば危険人物以外の何者でもない。


「まだ何かあるというの?」


 星崎は腰に手を当てると、眉根を寄せて睨んでくる。「この男うざいわね」という心の声が聞こえてきそうだ。


 えぇ~、マナカさまってば怖い。




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