第6話 寝具

 寝具の中でやえは震えている。


 初めての家で勝手の分からないやえを主様が案内してくれた。「来い」と言われて着いて行くと、木で出来た台があって、布団が敷いてあるのだから寝台なのだと思わせた。「そこに寝るが良い」と言われて素直に横になったが……

 これから自分はどうなるのか。先刻自分で言った言葉が頭の中で繰り返される。


 女として扱って下さりよるんなら光栄やけぇ。それもお望みのままにしてくだされ。


 なんちゅう事を言うてしもうたんじゃ。うちは……うちはこれから女になるんかいの? どうしたらいいんじゃ。

 女衆に教わった知識がわーっと滝の様に頭の中で溢れかえる。

 男なんて気取っていても一皮剥けばみんな獣じゃ。

 ……確かに獣ではあるんじゃけども。

 初めては怖いじゃろがね、大丈夫、みんなする事じゃ。男に任せて、目をぎゅっと詰むって、数を数えてればすぐ終わるけぇ。

 ええか、男の人言うんは意外と繊細じゃ。女の方がしっかりして、こっちから巧いこと導いてやらねばいけんのよ。

 ……言うてる事が別々やんけぇ!? どっちを信じたらええんじゃ。

 あかん、混乱して頭がわやになっちょる。


「娘、俺は山を廻って来る。

 安心して寝るがいい」


 そんな声がして、扉が閉じられた。狼の体でどうやったのか、やえには見当も付かないが。山の主は出て行ったらしい。


 本当じゃろか。安心させておいて、いきなりガバっと来るのでは。

 そんな疑いも胸の中に湧いたが、何時まで経ってもそんな気配は無い。


 やえは寝台から抜け出し、家の中を歩き回ってみる。

 顔を近づければやえにも分かる。掃除をあまりしていないのだろう埃っぽい木の床。椅子と机が有る。職人が作ったにしては不格好なので、誰か素人が作ったのだろう。

 机の上に燭台があって、辺りを照らしている。


 主さん以外にも誰か居るんじゃろか。


 幾ら山の主が言葉を話すとしても蝋燭まで使うとは思い難い。


 しかし、主さんは獣の外見じゃけんども。神様みたいなもんかもしれん。じゃったら蝋燭位使うてみせるんかな。


 台所らしいものも、竈も有る。

 家の中を見て回ったやえはもう一度寝台に潜り込む。


 布団が柔らかくて、気持ち良いのだ。

 こんな布団を使って寝ているのなんて里長と奥様位。やえや下女達は畳に直接寝る。布を数枚貰ってそれを被って眠るのだ。

 それに比べてなんと柔らかい寝具。

 

 こんな布団使うてええんじゃろか。後で怒られやせんかね。

 と、思いつつ布団に身を委ねる。

 布団は毎日陽に当てているのだろう。清潔で乾いた感触。

 だけど、その奥に少し匂いがする気がする。獣のような刺激臭であったりはしない。ほんの少しの汗の匂い。

 先刻、主さんの身体に手を回した時に嗅いでしまった香。

 その香りに包まれて、なんだか夢を見ている様な気分になって、いつの間にかやえは眠っていた。

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