第2話 主様の声

ぬし様でしょか?」

 

 目の不自由なやえでも辺りが明るいか暗いかは分かる。洞穴の中は暗くやえでなくとも何も見えはしない。

 それでも動く物の気配を感じて、やえは誰とも知れない相手に声をかけた。


「私はやえであります。

 里から贄として来ちょります」


 食事として食べるのでも、女として扱うのでも、自分の身体を好きなように使って下さい。

 そんな台詞を言いながら、やえは自分の頬が赤らむのを感じる。

 男女の行為に関しては女衆に教わってきたが、実際にした経験は無い。山のぬしがどんな相手なのか分からないが、若い娘を好むと言うのなら、その様な扱いも考えられる。


  

「生贄か……

 そんな物を頼んだ覚えは無いのだが、何故か定期的に送られて来るのだな」


 聞こえるのは男の声。少しくぐもった響きだが、間違いなく人間の言葉を喋っている。

 言葉のリズムが里の者と違う。もっと凶暴な雰囲気や、圧倒的な恐ろしさを予想していたのだが、その声には慎重さや何処か理性的な雰囲気を感じる。

 


「……今回は随分と若い娘だな。まだ子供では無いのか」

「子供では無いです。

 やえは今朝13になっちょります。

 あ……安心して下せえ。

 月のもんも来ちょります」


 顔から火が出そうなくらい恥ずかしい台詞。だが必ず自分から申告する様、奥様に言い含められている。

 やえは来るのが他の娘達より遅く、奥様を慌てさせた。

 まずいね。本当に子供じゃ主様に差し出せないよ。薬を食わせると良いかもしれない。

 あわひえしか無かったやえの食卓は急に豪華になり魚が出された。薬味と呼ばれる獣肉まで提供された。

 そのお陰かどうかは知らないが、無事12になって血の道が確認された。



「な!…………月のもの、って……お前、何を言い出している?」


 声の主は驚いている様だ。むせて咳込むような音も聞こえた。


「ちゃんと奥様から聞いちょります。

 月のもんが来ない子供では女として役に立たんって。

 やえはもうお役に立てます。

 使うてくれたら幸せます。

 あ、勿論……

 主様が女としてでのうて、ご飯としてお望みでしたらそれでええです。

 美味しいかどうか自信はもっちょりませんが……」


「娘!

 俺はそんな事は…………

 俺は生贄など望んでいない。

 お前は……もう里に帰れ」

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