山の主に生贄として捧げられた少女、主に女として扱って欲しいのに女として扱って貰えない?

くろねこ教授

第1話 誕生日

 朝日の昇る気配でやえは目を覚ました。今日が13になる誕生日である。この日を待ち望んでいた。

 今日、やえは山のぬし様に贄として捧げられる。


 女衆に身体を隅々まで洗われる。やえは恥ずかしかったが、声も出さずに我慢した。

 見た事も無いような真っ白い着物を着せられる。顔には白粉が塗られ、唇には紅が差される。

 里長の奥様に鏡を見せられるが、やえには良く分からない。


「どうだい?

 とてもウチに貰われてきた里娘とは思えない仕上がりだよ」

「……すんません。わたしは……」


「そうか、見えないんだったね」

「はい、すんません」


「美人が映ってるよ。

 いいかい。

 それで山の主様を満足させるんだ。

 上手くおやり」

「分かりました。

 頑張ります」


 駕籠に載せられ運ばれる。身体の角度から斜面を登ってるのだろうと分かる。

 駕籠を運んできた男達はやえを洞穴の中に下ろした。地面に茣蓙を敷いて、座布団を置き、そこにやえを座らせる。


 男の一人がやえのあごに手を掛け、顔を上げさせる。


「やえ、化けよったな。

 どうじゃぁ。

 男の味を知らんでヌシに食われるのは無念じゃろ。

 今、俺が男を教えちゃろうかのぉ」


 この声は知っている。たまにやえの仕事を手伝った下男の一人。その度にやえの手を握って来た。手伝い自体は感謝しなければと思っているが、その手は汗に濡れ、触られるだけでやえの腕には鳥肌が立った。


 現在、やえのあごに鳥肌が立ったりはしない。こんな男の言う事は取るに足らない。構っていられる物か。


「止めちょけ、馬鹿たれ!」

「奥様に気付かれよったら、里を追い出されっぞ」

「そうじゃぁ、奥様の事っちゃ。お前だけやない。一族まで村八分にされるけぇ」


「チッ、分かっっちょるわ。冗談じゃ」

 

 男達が去っていくのを感じながら、やえは静かに目を閉じる。


 やえは産まれつき目が悪い。全く見えないのでは無い。なんとなく物が在る程度は分かる。肌が触れあう程近付けば、物の区別も着く。

 それでも産まれた百姓一家では足手まといだった。物心着いた頃には里長に下女として預けられた。

 親に感謝しなければならない。例え母が一度もやえの顔を見に来なかったとしても、人買いに売られるよりは情の有る扱いだ、と誰もが言うだろう。

 里長の家には下男下女が多数居た。そこでもやえは足手まといだった。掃除をしようにも箒の場所も雑巾の場所も教えて貰わねば一人で出来はしない。


「こんな娘、役に立ちゃしやせんぜ」

「女衒に売っちまったらどうけぇの」


 下男達は口々に言ったが、奥様の一言で黙った。


「この娘は山のぬし様への次のにえにする。

 大事にしてやんな。

 傷でもつけたら、そいつの親戚の娘を替わりの贄にさせるよ」


 山の主? 

 やえは山の主とは何なのか訊いて回ったが、誰も詳しくは教えてくれなかった。10年毎に若い娘を贄として差し出している事は分かった。

 それでこの里の者は平和に暮らしていける。

 その生贄としてやえは選ばれたのだ。


 やえは目を開ける。

 誰もいなかった洞穴に何かの気配がした。相手はやえを観察している気がする。目が見えないとしても、他人に注意の視線を向けられると何となく分かる物だ。


「主様でしょか?」


「私はやえであります。

 里から贄として来ちょります。

 主様でしたら、どうぞ召し上がってくだされ。

 それとも……

 女として扱って下さりよるんなら光栄やけぇ。

 それもお望みのままにしてくだされ」

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