第32話 エピローグ

「いつもと違う味付けだと思ったのは、あの子が作ってくれたからだったのね」

「はい。自分達が寝てる間に作ったみたいです」

「リリィお姉さんのお料理も美味しい」

「だよな。俺の料理と比べたらどっちが美味い?」

「リリィお姉さんのお料理」

「そうかそうか! お前にはもう親子丼食わせないからな」

「ヤダ」

 サンドラとテトが動き始めたのは、夕方頃のこと。

 15時頃には二人とも目を覚ましていたらしいが、足腰に力が入らずなかなか動けなかったらしい。

 そんな二人が一緒にお風呂に入った後、リリィの作った料理を3人で囲んでいた。


「そ、それにしても……なんだかむず痒いわね? 体を重ねたあとの、こうした時間って……。すごく温かいのだけど、恥ずかしくもあって……」

「そ、それは……間違いないですね」

 恥ずかしそうに肩を縮めながら微笑むサンドラは、長い耳をピクピク動かしている。

 昨日初めて知ったのは、テトと同じように、エルフ族の耳も動くということ。


「ご行為中のあの言葉……本当に嬉しかったわ。この尖った耳も変じゃないって言ってくれて……。種族として誇らしい部分もありつつ、少しコンプレックスでもあって」

「あ、あはは……。思ったことを言っただけですよ」

 思い返すと恥ずかしい言葉だが、嬉しいと言ってもらえたら我慢できる。


「サンドラお姉さん、夜は気持ちよかった?」

「え、ええ。とっても」

「またしたい?」

「そ……そうね。恥ずかしいことを言うのだけど、ご機会があれば」

「レン、気持ちよかったって。またしたいって」

「わ、わざわざ俺にまで伝えなくていいって……。聞こえてるんだから」

『また次の機会を作ってね』と言っているのだろうが、このようなことを言われて『もうしない』なんて切り捨てる者はいないだろう。

 実際、レンも充実した夜を過ごしていたのだから。


「あ、あの……レンさん。今さらなのだけど、夜は何度も情けない姿を見せてしまってごめんなさいね……? 私がリードするつもりだったのだけど、やっぱりそう上手くはいかなくて……」

「い、いえいえ。気にしないでください」

 情けない姿と言うが、こちらはそんなことを思ってもいない。

 そしてウブな反応を見せていたサンドラに、男性経験があるのかも聞いてない。

 会話の地中にチラッと目が合えば、そのウブさを証明するように目を逸らされる。


「でも、昨日のは不満がある……」

 ここで間に入ってくるのは、説明するまでもなく図太さ満々のテトである。


「レンはわたしよりサンドラお姉さんとしてる時間の方が長かったから。わたしは手の方が多かった」

「そ、そのようなことはないでしょう?」

「ううん、そうだった」

「あ、あのな……テト。食事中だからそんな生々しい話はやめような?」

 二人して気遣いながら言葉を選んでいたが、テトだけは違う。


「じゃあ、ご飯を食べ終わったら文句言う」

「えっと……それは踏まないよな?」

「踏む?」

「い、いや、なんでもないんだ。なんでも」

 リリィと同じような言い方を聞き、あの時の内容がフラッシュバックする。

 あの痛みはトラウマ級だったが、あの踏みつけにマッサージのような効果があったのか、今はかなりマシになっている。——感謝はない。


「ね、サンドラお姉さんに一つ聞きたいことある」

「なにかしら?」

「あのお薬はどこに売ってあるの……? 使うのと使わないのじゃ全然違かった」

「あ、あれはお薬屋さんに売っているわよ。少し値段はするのだけど、まだまだたくさんの種類があるわ」

「お薬屋さん。わかった」

 大きく頷く。その反応からするに、明日にでも行こうと考えているのだろう。


「テトちゃん。もしよかったら、わたしと一緒に行ってみる? お金はわたしが出すわよ」

「いいの?」

「ええ、もちろん。だけど私もテトちゃんも顔が広いと思うから、容姿を隠すことは必要よ? そのまま買ってしまうと噂になることが多々あるから」

「うん」

 まるでお母さんのような役割を果たしているサンドラは、レンにとっても貴重な存在である。

 変装するなど考えもなかったほどなのだから。


「サンドラお姉さんは、いつなら予定は大丈夫?」

「私は自由の効くお仕事をしているから、いつでも大丈夫よ」

「じゃあ、明日いきたいな」

「ふふっ、明日ね。わかったわ」

 数時間前は動けなかった二人が、なぜか今がもう乗る気である。

 こんなにも回復力が違うのは、やはり心身を鍛えている冒険者であったり、種族の力が関係しているのだろう。


「……ドラさん、コイツには気をつけてください。興味があることには遠慮がなくなるっていうか、そんなタイプなので」

「お金には余裕があるから大丈夫よ?」

「テト、こうは言ってくれてるけど限度を保ってな? お前だって一応のお金は持ってるんだから」

「うん。お小遣いなくなったら、サンドラお姉さんに買ってもらう」

「そうすること」

 これからワガママばかりの性格に育ってしまうと、レンが困るのだ。

 テトの将来を預かることも真剣に考えているのだから。

 それを理解してか、サンドラは優しい表情で静観していた。


「レンさん、このタイミングで申し訳ないのだけど……わたしもあなたに一つよいかしら」

「なんですか?」

「私、今住んでいる宿を出たいと思っているのだけど、あなた達に問題は……あるかしら?」

「それってつまり——」

「ほ、本格的に同棲を始められたらって思っているの……」

「ッ」

 勇気を出したのか、両手を重ねながら上目遣いでサンドラは言葉を続ける。


「その、私もレンさんと夜の営みができたから……テトちゃんの声を聞いても変な気持ちになっても、大丈夫かなって思っていて……」

「おいでっ」

「と、居候のヤツが勝手に言ってますけど、自分もテトと同じ気持ちですよ。前々から誘っていた通りですけど、一緒に住めたらって気持ちは変わってないです」

「あ、ありがとう。じゃあ明日には宿の方にお話を通しておくわね」

「やった〜」

 両手を上げて喜んでいるテト。

 初めて出会った時、道に倒れていた時の姿とは比べ物にならない。当時のことを思うと、本当に考え深いもの。


「よし、明日もイザカヤは休みにする!」

「二日連続……いいの? レン」

「うん。だけどこっちに住むにあってドラさんはいろいろ揃えないといけないものがあると思うから、テトはその買い物に付き添うこと。小遣いも渡すから、好きなのがあれば買っていいぞ」

「わかった」

 テトの借金を払ってからは毎日営業していたが、休まず働いたおかげでお金に余裕が出てきた。

 一日二日休んでも、生活になにも影響はないほど。


「あら、レンさんは付き合っていただけないの?」

「だ、だって男がいて困るような買い物……しないです?」

「下着は購入する予定だけど……だからレンさんの好みも知っておきたかったり」

「レンもおいで。好きな下着気になる」

「……やっぱり嫌。恥ずかしい」

「サンドラお姉さん、明日手伝ってね」

「ふふっ、わかったわ」

 二人が乗り気な時点でレンは察した。

 いくら抵抗をしても、絶対に外に連れ出されてしまうことを。


 * * * *


「あっ、たた……」

「ド、ドラさん大丈夫ですか!?」

 サンドラが少し躓くようにして、小さな声を漏らしながら下腹部を抑えたのはお皿を洗い桶に入れようと動いた時。


「あ、あの……夜中は本当にすみません。あんな風にしてしまって……」

 歩きづらそうにしている時点で、なにが原因なのかはわかること。


 あの冒険者、リリィの攻撃——。

『苦しい? 苦しいわよねえ。休憩もさせられずにずっと虐められてたドラさんもきっとこんな感じだったはずよ……ねッ!!』

『そのセリフもドラさんが言ってたのに、あんたは容赦なくドンドンしてたじゃないの。こうやって!』

 アレのおかげで、とんでもないことをしてしまったと反省ができたのだ。


「わたしこそごめんなさい。少し大袈裟な反応をしてしまって……」

「いやいや、お皿とかは自分が運ぶので、休んでて大丈夫ですから」

「ふふっ、心配ありがとう。だけど大丈夫よ。この痛みは耐えられるものだし、魔法を使えばすぐに治せることだから」

「じ、じゃあ治すべきじゃ……」

「……いえ、治すのはもったいないの。私にとって幸せな痛みだから」

「ッ」

「もし同棲を断れていたのなら、すぐに使っていたんでしょうけどね?」

 予期していなかった理由に呆気に取られていれば、サンドラは目を見ながら見惚れるような笑顔を作る。


「こら、二人でイチャイチャしない。わたしは痛くないから、やっぱりサンドラお姉さんの方がしてた時間が多かった証拠」

 珍しく鋭いツッコミを入れるテトは、柔らかい頬を膨らませてレンに嫉妬をぶつけていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

倒れていた孤児を住み込ませて楽しようとしたら、なぜか今まで以上に大変になった件 夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん @Budoutyann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ