第17話 証拠と息切れ

「じゃあ行ってくるわね」 

「はい。またイザカヤで」

「絶対来てね」

「ええ、わかったわ。こうして見送られると、家族になったような気分ね?」

「あはは、全員が別の種族なのも珍しいですけどね」


 なんて冗談を言いながら、仕事に出るサンドラを見送ってすぐのこと。


「……サンドラお姉さん行っちゃった」

「行っちゃったな。ああして仕事を頑張ってる人見ると、こっちまでやる気をもらえないか?」

 耳や尻尾がペタンとなったテトをチラ見する。返事はなしだ。


「……まあ危険な仕事をしてるドラさんだけど、安心していいと思うぞ? めちゃくちゃ強い冒険者だろうし」

「レンはバッジ見たの?」

 コイツが言っているのは、冒険者のランクを示すプレートのことだろう。


「いや、それは見てないけど……ドラさんの様子からしてあれはソロの冒険者だろ? 経験があって強くないと務まらないことをやってるなら、心配することもない」

「……」

 返事のないテトを再びチラ見する。こんなことを言っても治らなかった。


「お、おいおい。そんなにしょんぼりするなよ。また夜に会えるんだから」

「……やっぱり寂しい」

 感情に左右されて動く耳や尻尾があるおかげで、気持ちを読み取ることは容易なこと。

 ただ、コイツがこんなに寂しがっている姿を見るのはいつぶりだろうか。


「はあ。だから今日は勉強しなくていいって言ったのに。もうちょっと自分に甘えても怒ったりしないぞ? お前は一応、、頑張ってるんだから」

「……でも、勉強した方がよかった」

「いや、まあ……長い目で見たらそうかもだが——」

「——すごくいいこと聞けたから」

「え? 聞けた? 勉強で聞くってなんだよ」

「なんでもない」

「は?」

 この流れで『なんでもない』わけがない。なにか効率的な勉強方法でも思いついたのだろか。

『なにがあったんだよ』と聞こうとすれば、それよりも早くコイツが話題を変えてくる。


「ね、レン」

「ん?」

「もう少ししたら、一緒にお昼寝しよ」

「ヤだよ」

 いきなりどうしてこんなことになるのか。


「なんで」

「眠くないし、昼寝するくらいならやるべきことをやる」

 本当にどうして昼寝をしてくれることがコイツの中で確定になっているのか。


「レンはなにするの? お外出る?」

「まあ、なんて言うか…………洗濯?」

「洗濯は今からする。わたしのお仕事」

「じゃあ…………新しいメニューを考えたりとか」

「それはお昼寝しながら考えるべき」

「いや、それは無理だろ。てかその『べき』って言えるような立場にないからな、お前は」

 サンドラがこの場にいたら、『なにをするのか考えていないのなら、お昼寝すればいいじゃない?』とテトの肩を持っていたかもしれない。

 間違いなく言えるのは、こちらにとって痛いツッコミを入れられていたということ。


「あのな、もしそれで寝坊して仕込みの時間に間に合わなかったらどうするんだ? 責任取れるのか?」

「うん。わたしがちゃんと起きる」

「……」

 絶対的な自信が窺える。だが、二人で昼寝をするのはどうしても寝坊の心配がある。


「寂しいから、一緒にお昼寝したい」

「おいテト。お前その理由づけをすれば、なんでも願いを叶えてもらえると思ってるだろ?それ大間違いだからな」

「『自分に甘えていい』って言ったの、レンなのに」

「そ、それはちょっと甘え方が違うだろ……」

 人にお願いした甘え方をするのではなく、自分一人でできる甘え方を、とのニュアンスで言ったつもりだが、全く伝わっていなかった。


「レン、ダメ? 一緒にお昼寝」

「……」

「……イヤ?」

 気のせいか、目が少しずつ潤んでいっている気がする。さらには一歩一歩距離を詰めて圧を強めてくる。

 コイツのズルいところはこんなところだろう。『泣くていいのか』なんて伝えてくるようで。


「……はあ。お前が寝たらすぐ移動するからな」

「わたしが眠るまで一緒にいてくれる?」

「だからそう言ってるだろ」

 呆れながら、ふと思ったことがある。

 コイツの押しに今まで勝てた記憶がないような、と。


 * * * *


「……レンとお昼寝するの初めて」

「いいから早く寝ろ」

 それから一時間後の寝室。

 片腕を抱きしめられながら、テトをなんとか寝かせようとするレンがいた。


「てかさ、その体勢で寝られるわけ? お前」

「寝られないと思う。すごく緊張してるから」

「だろうな……」

 抱きしめている腕を胸に寄せているせいで、コイツの心臓の音が伝わってくるのだ。

 長距離を走り切った後のような、早い鼓動が。

 口調や声色に変化がなかった分、こんなにドキドキしていたのは意外だった。


「でも、もう少ししたら慣れる」

「離せばいいだろうに……。慣れさせるくらいなら」

 寝ている時に好き勝手される状況と今の状況は違うのだ。

 さすがにこちらだって緊張してしまう。


「あと一つ言おうと思ってたんだが、そんなに“可愛がられようと”しなくても、立て替えた金を返してもらうまで追い出すつもりはないぞ? 安心しろ」

「別に可愛がられようとしてない」

「とてもそう言う風には思えないが」

 サンドラにも話した『心に余裕がない』との考えになったのは、こんなところからきている。

 生きていくために、捨てられないよう必死になっている。そう思えるような行動だと言っても過言ではない。


「レンは勘違いしてる」

「ん?」

「わたしはレンが好きだから、こんなことする」

「はいはい」

「レンだけにしか、こんなことしない」

 腕を抱き締められながら、さらにはベッドの上でこう言われると余計に緊張してしまう。

 だが、それを悟られないように言い返す。


「あと数年も経てばそれも変わるだろうな。心に余裕ができて、視野も広がるんだから。自分のしたいことだって見つかるはずだ」

「もし、数年経っても変わらなかったら?」

「その時はお前の願いをなんでも聞いてやるよ」

 似たような会話を少し前にもしたような気がするが、こんな偶然は珍しくないだろう。


「本当になんでもいいの?」

「その自信しかないからな」

 コイツの10年後は、サンドラも言った通りとんでもない美人になるだろう。

 名声高い冒険者や、地位や権力を持った男。結婚すれば贅沢三昧できるような人間がテトに目をつけるはずだ。

 そのような中、自分のような男を選ぶのはさすがにどうかしている。


「じゃあ数年後も変わらなかったら、わたしとずっと一緒にいてくれる?」

「もちろんなんでも言うこと聞いてやるよ」

「レンはバカ。わたし変わらないのに」

「それはどうだか」

 自信がありすぎる話になったことで、いい意味で緊張が解けた。


「どうだかって言うけど、変わらない証拠もある」

「証拠? 見せられない証拠は証拠って言わないんだよ」

「じゃあ、証拠見せる」

「お、おう?」

 途端、抱かれていた腕が下の方に引っ張られていく。

 そして、指先に柔らかい生地と生温かい感覚が伝わってくる。


「あ? なんだ? めっちゃ濡れて……」

「んぅ、これが証拠」

「ッ!?」

 少し指を動かした瞬間、テトの口から漏れる小さな喘ぎ。

 それでなにを触らせやがったのか理解した。

 感触からなにもかもが繋がった。


「おっ、お前ッ!? いきなり変なもん触らせんな!」

 こればかりは予想外のこと。

 腕を思いっきり引いて絡められた手を解こうとするが、コイツの持ち前の力で離れない。


「でも、これが証拠。レンのこと好きだからこんな風になる」

「冷静に説明すんな。てかそれ発情期だからだろ」

「レンと一緒にベッド入ってから、こうなった」

「……そ、そんな具体的な話しなくていい」

 サンドラがいたら、こんな暴走に巻き込まれることはなかっただろう。

 調子も狂わされることはなかっただろう。


「も、もういい。早く寝ろ」

「レンもしたくなった……?」

「仕事前にしたくなるわけないだろ。死なせる気か」

「じゃあ、夜する?」

「早くそのスイッチ切って昼寝しろ。てか、この腕を離さないからそうなるんだよ!」

 腕をブンブン振って再度解こうとするが、コアラのようにしがみついているせいで離れない。


「はあ、はあ……。筋トレ……するか」

 3分も全力で頑張ったが、未だ腕に抱きついたまま。

 息切れする中で呟くレンと、何事もなかったように頬擦りするテトがいた。

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