第34話 約束

帰国した本木を見つめるもう一人の女性がいた、その女性はゆっくりとユリに近づいて行った。

「ユリさん」

ユリは呼ばれた方を向くと、そこには真弓が立っていた。

「真弓さん・・・」

「お久しぶり・・・ちょっと話せないかしら?」

真弓は微笑みながら言った。


二人は近くの喫茶店で席につく。真弓は飲み物を一口飲むと

「女優さんも大変ね、そんなに変装しなきゃいけないんだから・・・」

と、言った。ユリは

「ええ。真弓さん、お元気でしたか?」

「元気よ、ところで・・・」

真弓は挨拶もそこそこに本題を話し出す。

「あなた・・・本木さんと結婚するの?」

「はい」

突然の質問にユリは一瞬驚くが、迷うことなく答えた。

「あなた、本木さんを幸せにする自信があるの?」

真弓は繭を細めながら聞いた。

「どうしてそんなことを?」

思いがけない質問に、ユリは少し困った顔をして聞き返した。真弓はユリを真剣に見つめ

「本木さんはあたなのためなら仕事も融資も断ると言った。あなたは本木さんのためなら仕事や他の何もかも捨てることが出来る?」

と、聞いた。

「私も本木さんのためなら何だってします」

ユリも真弓を真剣に見つめ、答えた。真弓はユリを見つめたまま黙っていた。ユリは続けて

「それに、私が彼を幸せにするのではなく、二人で幸せになるよう努力することが重要だと思います」

と、言った。真弓はユリから目をそらし飲み物に口を付ける。

「なぜ、あなたがそんな質問をするの?」

ユリは不思議そうな顔をして、逆に尋ねた。すると真弓は

「私は本木さんを父に融資先として勧めたわ。父の銀行から本木さんの会社、いや本木さんに融資をしている。その融資先の状況を詳しく聞くのは投資家として当たり前じゃない?」

と、答えた。

「投資として見ているのなら、本木さんや会社の状況をもっと観察すれば良いのではないですか?私は本木さんを信じて付いて行くだけです」

ユリの言葉を聞き、目をそらす真弓の姿を見て、

「・・・あなたも、彼のこと好きなのね?」

と、微笑みながら尋ねた。真弓は慌てて

「そんなんじゃないです・・・私・・・失礼します」

と、言って、立ち上がる。すると

「どうかこれからも本木さんのことをよろしくお願いします」

ユリは真弓に頭を下げて言った。

「・・・あなたにはかなわないわ・・・」

真弓はその場に立ちすくみ、やがて肩の力を抜き呟いた。ユリは顔を上げ真弓を見ると、真弓は微笑んで

「でも、私との約束を忘れないでね。『彼のためなら何だってする』と言ったこと・・・私も二人の幸せを応援するから・・・」

と、言って、店を出て行った。

「頑張ります。あなたの分も・・・」

ユリは真弓の背中を見ながら、呟いた。


数日後、ユリは本木と一緒に、正式に本木の両親のところに挨拶に訪れる。

「よく来てくれたね」

純一と悦子はユリを歓迎した。

「お父さん、お母さん、僕達、結婚します。祝福して下さい」

本木はユリと一緒に座ると、二人頭を下げ依頼した。純一と悦子は微笑みながらお互い見つめ合った。

「ユリさん、一哉のこと、よろしくお願いします」

純一が言った。

「精一杯、本木さんと幸せになるよう努力します」

ユリは頭を上げて答えた。その後、ユリは悦子を見つめ

「今までありがとうございました。お母様がいてくれたからこそ、私、頑張ってこられました。これからもよろしくお願いいたします。お母様」

と、言って、頭を下げる。

「こちらこそよろしくね、但し・・・『お母様』ではなく『お母さん』でいいから」

悦子は涙ぐみながらも、微笑んで言った。その様子を純一と本木は微笑みながら見つめ、お互い無言で握手をした。

「さあ、お腹空いたでしょ?ごはんにしましょう!」

悦子が言うと、ユリが

「あっ、私も手伝います」

と、言って、立ち上がる。すると

「いいのよ!今日まではお客さん、でも今度からはビシビシ鍛えてあげるからね!」

悦子は笑いながら言った。

「いいえ、今日から『家族』にさせてください。それにお母さんの『母親の味』を早く身につけたいんです」

ユリも笑顔で答え、腕まくりをはじめた。その答えに悦子も微笑み

「わかったわ。一緒にやりましょう」

と、言って、ユリを台所へと連れて行った。四人は楽しい食事をともにした。


「・・・それじゃ、よく考えてみてくれ・・・」

マネージャーは済まなそうな顔をして電話を切った。電話を切った後、しばらく考え込む。するとマネージャーのもとにジヘがやって来る。

「・・・どうかしたんですか?」

突然声を掛けられたマネージャーは驚きながら振り返った。

「ああ、ジヘか・・・いや、ちょっと、どうしたものかと思って・・・」

「何かあったんですか?」

「実は、ユリのことなんだが・・・」

マネージャーは困った顔をしながら話し出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る