第27話 障害

ユリの前に座ったソンホンは、本木との結婚を反対する理由を話し始める。

「私は昔、日本で働いていたことがある。それはそれは非常に苦しい仕事だった。肉体的に厳しいのはまだしも、精神的にあれほど屈辱を味わったことはなかった・・・」

ユリは初めて聞く父の過去を驚きながら聞く。

「・・・ある会社社長の息子のもとで私は働いていた。最初は非常に優しく接してくれたが、ある日、私が韓国籍だと知るや態度は一変した。毎日仕事の終了を報告すると必ず難癖をつけて残業を強いる。仕事の仕方は周りと変わらないのに、なぜか私の仕事振りを見て、能力のない人間だと人前で大声で叱咤する日々が続いた。しかし、私はじっと耐えた・・・いつか日の目を見る日が来ると信じて・・・しかし、彼は韓国人はこれくらいの仕事もこなせないのかと国籍についてまで馬鹿にした。私も我慢の限界を超えた。私は彼を殴り、そのまま首になった・・・」

ソンホンは少し前のことのように怒りをあらわにして話した。ユリは今まで見たことのない父の表情を見て唖然としていた。するとソンホンがユリの目を見て

「その社長の息子が『本木純一』だ・・・お前の結婚したがっている男の父親だ・・・」

「まさか・・・そんなことが・・・」

ユリは驚きで父の姿が遠くに感じた。

「お前には幸せになって欲しい・・・私が受けた屈辱をお前には味わって欲しくない・・・だから結婚は許せんのだ・・・お前が私の娘だとあの男が知ったら・・・必ずおまえを娘として扱わんだろう・・・必ずお前は不幸になる・・・」

「・・・」

ユリは何も言えなかった。あまりにも突然の話でユリ自身も困惑していた。

「わかったら彼との結婚を諦めてくれ・・・」

そう言って、ソンホンは部屋を出て行った。一人取り残されたユリは呆然と座り込んでいた。そして、日本と韓国の間に歴史的な問題が残っていることを痛感した。改めて本木と自分の国籍の違いを感じた。


その夜、ユリは本木に電話をかけた。

「本木さん、私」

「ああ、ユリさん、お父さんどうだった?」

本木も父親の反応が気になっていたらしく、真っ先に尋ねた。

「うん・・・許しをもらえなかった・・・」

「・・・そうか・・・、しょうがないよ、俺も頑張るから」

「ごめんね・・・」

「ユリさんが謝ることではないよ、それよりお父さん、理由は言ってた?」

「・・・それが・・・はっきりは言わないの、多分、急すぎて戸惑っているだけだと思うわ」

ユリは本当のことを言えずにいた。

「そうなんだ・・・僕のどこか気に入らないところがあったのかな・・・」

「そんなんじゃないわ!」

ユリは咄嗟に言った。ユリの咄嗟の答え方を本木は不思議に思い、聞き直した。

「ユリさん・・・お父さんから何か聞いてるの?」

「・・・ううん、何も聞いてないけど・・・本木さんのせいじゃないわ・・・」

歯切れの悪い答えを言うユリに対して、本木は何かを隠していると感じた。

「ユリさん、僕、明日もお父さんのところへ行くよ」

「えっ?」

「もう一度、自分で説得してみる」

「それはだめ!」

ユリは慌てて答えた。

「ダメって・・・どうしてなの?」

「いや・・・本木さんばかりに頼ってはいけないわ・・・だから私がもう一度説得するから・・・」

「・・・そうなの・・・わかった、ユリさんに任せるよ」

しばらく話した後、本木は電話を切った。ユリの態度がおかしいことを本木は感じていた。

「ユリさん・・・何かあったんだね・・・」

本木は呟くと、何かを決意し床に入った。

ユリも電話を切ってから考え込んでいた。本当のことを言ってはいけないと本能的に感じた。本当のことを言ってしまえば、本木は責任を絶対感じるに違いない。本当のことを本木が知れば、二人の未来がなくなりそうな感じがした。

「・・・どうしたら良いの・・・」

ユリは思い悩みながら床に入った。


次の日、ユリは近くに買い物に出掛けようとしていた。

「お父さん、それじゃ行ってきます」

「ああ」

「今日は私がご馳走作ってあげるから」

そう言ってユリは出て行った。しばらくすると玄関のチャイムがなった。

「はい」

ソンホンが扉を開けると、そこには本木が立っていた。


「どうぞ」

本木にソンホンはお茶を差し出す。本木も会釈をしてお茶を一口飲んだ。ソンホンは本木の前に座り静かに尋ねる。

「何か用ですか?」

「お父さん、お聞きしたいことがあります」

本木はソンホンの顔を真剣に見つめながら話す。

「私たちの結婚を反対されているのには、何か理由があるんじゃないでしょうか?」

ソンホンは本木から目をそらし答える。

「とにかくその話はなかったことにしてくれ」

「お父さん!本当のことを教えて下さい。僕自身に出来ることなら何でもします」

ソンホンは黙ったまま本木を見る。

「僕は本当にユリさんを愛しています。僕にとってかけがいのない人です。ですからその人との結婚を反対している理由を僕は知りたいんです。どうか本当のことを教えてください」

ソンホンは立ち上がり一言

「結婚は許せない、わかってくれ・・・」

と、言って、立ち去ろうとする。すると本木は父親の前に座りなおし

「お父さん!このままでは納得出来ません!お父さんが反対している理由さえわからず納得など出来ない・・・お父さんが逆の立場だったらどうですか?諦められますか?・・・自分が一生をともにしたいと感じた人をそんなに簡単に・・・」

と、涙ながらにソンホンへ訴えた。ソンホンはしばらくじっとしていたが、本木から誠意ある対応を受け、本木の前に座りなおす。

「本木さん・・・そこまでおっしゃるなら私も本当のことを言います。但し、本当のことを聞いたらあなたはユリのことを諦めなければと、自分自身で感じるかもしれないですよ。それでもいいですか?」

本木はソンホンの顔を真剣に見つめ

「構いません!本当のことを教えてください!」

と、言って、座りなおす。

「わかりました・・・」

ソンホンは自分が反対している純一との過去の対立を話しはじめた。本木はその内容に驚き、一言も発せず黙って聞いていた。真実の全てを知った本木はその場で何も言えずにいた。するとソンホンが

「あなた自身には何も恨みなどない・・・だが、自分の娘を過去、対立した男の家族に嫁に出せる父親がいるだろうか・・・わかってくれたまえ・・・」

そう言って部屋を出て行った。本木もソンホンへ一礼し部屋を出る。帰り道を本木は呆然と歩いていた。ちょっと前に活き込んで来た道がまるで違う場所のように感じた。

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