第15話 思い出
ユリへの気持ちを拒絶されたジヘはユリを諦めようと決心する。しかし、どうしても一度だけ思い出作りをしたく、ユリをデートに誘う。
「ユリ、デートしてくれ!」
「ジヘさん・・・」
ユリは少し困った顔をする。そんなユリを見てジヘは続けて言った。
「ユリ、俺はお前を諦めるよ・・・」
「えっ?」
「そんなに驚くなよ、こう見えてもいろいろ悩んだんだ・・・」
ユリは申し訳ない思いで一杯であった。そんなユリを見てジヘは気を使い明るく続ける。
「俺の気持ちはユリにどんなことをしても届かないとわかったんだ。だったらユリが幸せになるよう手伝おうと思って」
ユリは無言のままうつむく。ジヘはユリを見つめ
「その代わりと言っては何だけど、デートして欲しい、最初で最後のデートを・・・」
と、ユリにお願いする。ユリもジヘの気持ちを考え、
「わかったわ、デートしましょう」
と、明るく言った。その答えを聞いてジヘは笑顔になり
「ほ、本当?ありがとう!じゃあ、明日また会おう、楽しみにしててくれ!」
と、言って、帰って行った。
次の日、ジヘとユリはショッピングへ出掛ける。その途中でジヘは何かを思いつき、
「ユリ、ちょっと一人で見ていてくれ、すぐに戻るから」
と、言って、どこかへ行ってしまう。その姿を不思議そうにユリは見つめる。夜になり二人は食事後、静かな場所で二人きりになる。そこでジヘはユリに言った。
「今日はどうもありがとう」
「こちらこそ、楽しかったわ」
ユリも笑顔で答えた。その笑顔を眩しそうにジヘは見つめ、ポケットからある物を取り出す。
「これ、最初で最後のデートの記念にさっき買ったんだ。よかったら受け取って」
ジヘは箱を差し出す。ユリは驚いた表情でジヘを見て答える。
「ジヘさん!ずるい!私、何も用意してないわ・・・自分だけ買ってきちゃって・・・」
「そう言うなって、俺はこれをユリが身に付けてくれれば、それだけで満足だから」
そう言いながらジヘは箱を開ける。そこにはネックレスが入っていた。そのネックレスをユリに手渡す。
「・・・ありがとう・・・、ちょっと待ってて」
ユリは自分のしていたネックレスをはずそうとする。しかし、ユリは一瞬ネックレスをはずす手を止め考え込む。だが、気を取り直しネックレスをはずした。ジヘははずされたネックレスに指輪が通してあることに気が付く。
「ユリ・・・これ、どうしたんだ?」
ジヘは何かを感じて聞いた。するとユリは、はずしたネックレスを手に取り
「ああ、これね・・・これは本木さんが出会いの記念に、と言ってくれたの」
と、言った。ユリの返事に驚いたジヘは聞き返す。
「どうして指輪をネックレスにしてるんだ?」
「ええ・・・、どうしても指輪として身につけられないの・・それは私には許されないのよ・・・」・
ユリはそう言うと悲しそうに指輪を触る。その様子をいとおしそうにジヘは見つめ、
「ユリ、ごめん、本当は別の物をあげるつもりだったんだ。悪いけどネックレス返してもらうよ」
と言って、ユリに渡したネックレスを慌てて取り上げる。ユリは呆気に取られジヘに聞いた。
「どうしたの・・・私、何か変なこと言っちゃったかしら・・・?」
ジヘは努めて明るく
「いや、最初で最後のプレゼントはもっと豪勢なものの方がいいと思ったんだ。だからこれは返してもらう。今度楽しみにしていてくれ!」
そう言ってネックレスをポケットにしまった。ユリはそんなジヘの姿を見て
「変な人・・・そんなに気を使わないで、その時は私も何か用意するから」
と、言って、お互い笑い出す。勿論、ジヘの心は複雑であった。
「それじゃ、また」
ジヘはユリのために車を止めた。
「ありがとう、ジヘさんも気をつけて」
ユリが車に乗ろうとすると肩を抑え
「ユリ、その指輪大切にしろよ・・・」
と、ユリに言った。
「ジヘさん・・・」
「これからは自分の気持ちに正直に生きろ、時には他人を気にせず、自分の思ったとおりに行動することも大切だから・・・」
ジヘはユリにそう言うとユリを車に入れる。ユリは窓越しにジヘを見つめ返し『ありがとう』、と口で言い表す。
ユリの顔を見てジヘはうなずいた。ユリの乗った車は走り出し、その車にいつまでもジヘは手を振りつづけた。車が見えなくなってジヘはとぼとぼと歩き出す。そう・・・ジヘはユリの本木に対する気持ちの大きさを改めて知った。本木からもらったプレゼントを多分、テヒのことを考え、見えないようにネックレスとして身に付けていたんだろう。そんなこと本当に好きでなかったら出来ない。でも、自分がネックレスを贈ったとしたら、ユリはきっと自分のために本木からの指輪のネックレスをはずしただろう。それはユリの本意ではないことはジヘにもわかった。だからあげられなかった。
「ユリ、お前は幸せにならなきゃだめだ。俺は出来る限り協力するよ・・・」
そう言ってジヘは帰路についた。
次の日、事務所にジヘが現れると、沈んだ顔のテヒを見つける。ジヘはテヒに近づき言う。
「どうした?暗い顔をして」
「ジヘさん・・・」
テヒはうつむき黙り込む。
「何かあったんだろ、話してみろよ」
「私・・・自信がなくなったわ・・・」
「本木さんと何かあったのか?」
「別に、本木さんはいつも通り優しかった・・・でも、優しかった分、何か辛かったの・・・」
「どういうことだ?」
「本木さんの心は私に向いてないわ、楽しく話していてもどこか寂しそうな感じがした。本木さん、自分の気持ちに偽りながら私と付き合っている気がして・・・」
「お前の考えすぎじゃないのか?」
「私もそう思いたい・・・でも、私にはわかるの、本木さんもユリ姉さんのことが好きなんじゃないかって・・・」
ジヘは落ち込んだテヒの肩を抱き、優しく語りかけた。
「テヒ・・・俺はユリを諦めたよ」
「えっ?」
「ユリの心には俺の入る隙間なんてないんだ。全部、本木さんで一杯だよ」
「ユリ姉さん、まだ本木さんのことを・・・」
「そうだ、あいつは本木さんからもらった指輪を大事に持ってた。しかも、誰にもわからないようにネックレスとして・・・あいつはお前のことを考え、そうしたんだと思う」
「姉さんがそんなことを・・・」
ジヘはユリの正面に座り、ユリの肩を両手で抑え話し出す。
「テヒ・・・俺達あの二人を応援しないか?お前もあの二人が思い合っていることに気が付いたんだろう?」
テヒはうつむきじっと黙っていた。
「テヒ・・・」
「私には出来ない・・・」
テヒはうつむいたまま答えた。
「テヒ・・・辛いのはわかる、けど、これ以上頑張っても、余計お前が辛くなるだけだ」
テヒはジヘを見つめ
「そんなの構わない!ユリ姉さんが影でまだ本木さんを思いつづけていたなんて・・・私には受け入れられない」
と、言って、テヒは立ち上がり走り出す。
「テヒ!」
ジヘは叫ぶがテヒは出て行った。テヒは何か裏切られた気がした。ユリは応援してくれていると思っていたが、実は影で本木さんと繋がっていたなんて・・・。テヒは立ち止まり一人泣き出す。しばらくしてテヒはいても立ってもいられずユリの部屋へと向かった。
ユリの部屋に来るとテヒはノックした。
「はーい、あらテヒ」
「姉さん、ちょっといい?」
「いいけど・・・今、シャワー浴びてたの、中で待ってて」
そう言うと、ユリはテヒを部屋へ入れ、自分は浴室へと戻った。テヒはユリに何を言いたいのか自分でもわからずにいた。椅子に座ると机の上に指輪ケースがあった。それをあけると指輪とチェーンが入っていた。『あいつは本木さんからもらった指輪を大事に持ってた。しかも誰にもわからないようにネックレスとして・・・』ジヘの言葉を思い出し、本木からのプレゼントだと直感した。テヒは震える手でその指輪を手に取り、メモを残し部屋を出て行った。浴室から戻ったユリはテヒを探すがいない。そして机に置いてあったメモに気が付いた。
『姉さん、すぐ戻るから扉開けておく。おいしいお菓子でも買ってくるから』
ユリはメモを見てクスッと笑い、扉の方へと歩いていく。扉がチェーンで半開きになったままになっていた。ユリは扉を閉め、テヒを待つことにする。
「テヒったら遅いわね・・・」
ユリはなかなか帰ってこないテヒを待ちくたびれて椅子に座った。その時、指輪ケースが目に入り、中身を取り出そうとする。するとケースの中には指輪がなくなっていた。
「大変・・・どうしよう・・・」
ユリは慌てて辺りを探すが見つからなかった。ユリはテヒを探す。売店にいたテヒを見つけると、ユリは声を掛ける。
「テヒ、あなた指輪知らない?」
「指輪って」
「いいえ、知らなければいいの・・・ああ、それからこの後用事が出来たから、話はまた今度にして」
そう言ってユリは部屋へと戻って行った。テヒは下を向きながら無表情で立ちすくんでいた。
ユリは必死になって探し、フロントにも確認した。しかし、届出は出ておらず落胆して部屋に戻った。次の日、ユリはせめて同じ物をと思い、貴金属売り場へと足を運ぶ。しかし、勿論、名前もメーカーもわからない状態では見つけられるはずもなかった。ユリは落ち込んだままホテルへと戻った。
「あれ・・・ユリさん?」
本木は落ち込んだ様子で歩くユリに気が付いた。
ユリは部屋へと戻る。本木からもらった唯一のプレゼントを無くしてしまった。自分にとって本木を感じられる唯一の品物だったのに・・・。悲しさから涙が溢れた。そんな時、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
ユリが扉を開けると、そこには本木が立っていた。
「本木さん!」
「ユリさん、相手を確認しなきゃだめでしょ!」
と、笑顔で本木は言った。
「あ、どうぞ」
ユリは部屋の中に本木を通す。本木はわざと部屋の扉の間にチェーンをはさみ、ロックされないようにした。ユリは本木の心配りを見て話し出す。
「大丈夫です。本木さん、私を襲ったりしないって信じてますから」
「そうですか?わかりませんよ!僕だって男ですから、突然、狼になってワオーって叫ぶかもよ」
本木は大げさなリアクションで言った。そんな本木を見てユリは笑い出す。ユリの笑顔を見て本木もホッとしたような表情になり話し出す。
「よかった、笑ってくれて・・・」
「えっ?」
ユリは不思議そうに聞き返す。
「いや、さっき、ロビーでユリさんを見かけた時・・・何かすごく落ち込んでいる風に見えたから・・・」
「それで心配して見に来てくれたんですか?」
「まあ・・・そんなところです」
ユリは本木を見つめた。本木の気配りを、とてもありがたく感じた。
「ユリさん、何かありました?」
本木は聞くが、ユリはうつむいたまま黙っていた。
「わかりました、もう聞きません、もし、あなたが落ち込んでいる原因を話したくなったら言ってください、但し。狼になる前に」
本木は冗談っぽく言った。ユリは本木が深く追求しないことを感謝した。原因はわからないはずだけど、なぜか本木は全て知っていて許してくれたような感じがした。そんな本木を見て、ユリも次第に笑顔になり
「ありがとう、本木さん、いいえ狼さん!」
と、言って、犬にお手を要求するポーズを見せる。それを見て本木も笑い出す。
「ひどいな、まるで犬扱いじゃないですか・・・」
「あれ、狼も犬科でしょ、大変!満月を見たら変身しちゃうかも!」
ユリはそう言って、カーテンを閉めに行く。その様子を本木は見て、
「もう遅いですよ!変身しちゃいました。ワオー」
と、言いながら、ユリを追いかけていく。二人はこの後も楽しく話し合い、ユリに明るさが戻ると本木は帰っていった。
次の日、本木のお陰で多少明るさを取り戻したユリは元気に仕事を行う。ただ休憩時間一人になると、やはり指輪のことを思い出し沈みがちになっていた。そんなユリのもとにジヘが現れる。
「おはよう、ユリ」
「ああ、ジヘさん、おはよう・・・」
ジヘはネックレスの一件からついついユリの首元に目がいってしまう。今日もユリの首元を見て異変に気が付く。
「あれ、ユリ・・・ネックレスは?」
胸元の大きく開いた衣装を着ていたため、ユリの異変にジヘは気が付いた。ユリは慌てて首元を衣装で隠す。
「なんでもないの・・・」
「おい、何でネックレスしてないんだ?」
「・・・」
「何があったんだ?」
ジヘはユリに優しく聞いた。ユリもうつむきながら答え始める。
「・・・指輪無くしちゃったの・・・私って最低ね、せっかくもらったプレゼントなのに。しかも、あなたからも大切にするよう言われたばかりなのに・・・」
ジヘはあれだけ大切にしていた物が突然なくなったことに不自然さを感じた。
「ユリ、なくなったのはいつだかわかるか?」
「うん、二日前。私が部屋でシャワーを浴びている間、テヒが遊びに来てたの。テヒは途中で買い物に行くためにドアをロックかからないようにして行ったの。その時にもしかしたら盗まれたのかも知れない・・・確かに部屋でシャワーを浴びる前まではあったと思うの」
「それで他になくなった物はあるのか?」
「ううん、指輪だけ・・・ああ、私どうしたらいいんだろう・・・」
―「二日前・・・ちょうどジヘがテヒに指輪の件を話した日であった。しかもなくなった時、テヒは現場にいたらしい。ユリはテヒを全く疑っていない、何か不自然だ・・・」―ジヘは内心でそう考えた。しかし、ユリには敢えて微笑んで答える。
「そうか、俺も探してあげるよ、もしかしたら出てくるかも知れない」
「そうね、ありがとう」
「それじゃ、行くよ」
そう言ってジヘは部屋を出て行った。確認しなければならない人物の所に行くために・・・。
「テヒ!」
急に呼び止められテヒは驚いた。
「ああ、ジヘさん」
テヒは笑いかけるが、ジヘの表情は硬いままであった。
「お前に聞きたいことがある、ちょっと来てくれ」
そう言ってジヘはテヒを引っ張って行った。
「お前、ユリに何をした?」
ジヘは厳しい表情でテヒに質問する。
「突然、何?」
テヒは困惑した表情で聞き返す。
「お前、俺に何か隠していないか?」
「・・・」
「この前、お前にユリの指輪の話をしたよな。そしてその日、ユリは指輪が無くなったそうだ。しかも、その日お前がユリの部屋に行ったこともわかっている、これでもお前は何も知らないか?」
テヒは厳しい表情で切り返す。
「何よ!それがどうしたって言うの!私が盗んだとでも言うの?私は何も知らないわよ」
ユリはそう言うと、ジヘから目をそらす。ジヘはテヒが何か隠していることはわかっていた。ジヘは一つ深呼吸すると、優しくテヒの肩を抱き、語り掛ける。
「そうか・・・疑って悪かったな。ただ聞いてくれ。もし指輪を盗んだ奴がいたとして、そいつに善意があれば必ず後悔する。ユリの困った姿を見て何も感じなければ、そいつは人間じゃない。ユリはここ数日、必死になって指輪を探していた。無くした物がどんなに大切なものであるかは、ユリの今の姿を見ればわかる」
テヒは黙って聞いていた。
「今までユリは自分の想いを必死に我慢してきた。本木さんへの想いを必死に抑え、思い出だけを大切にしてきた。その唯一の思い出での品であり、また、宝物であった指輪が無くなった。それが彼女にとってどんなに辛いことかお前にもわかるだろう」
テヒは黙ってその話を聞いていたが、やがて肩を震わせ泣き始める。そしてポツリポツリと話し始めた。
「私・・・どうしたらいいのかしら・・・」
「テヒ・・・」
「私も苦しくて・・・苦しくて押しつぶされそう・・・私はどうすればいいの・・・どうしたら・・・」
ジヘはテヒの気持ちが痛いほどわかった。自分の気持ちが相手に伝わらない想い、相手に振り向いてもらえず、今、自分が相手への気持ちを諦めなければならない状況になりそうなこと・・・テヒは今、以前のジヘと同じ想いで苦しんでいる。
「テヒ、苦しかったらいつでも話せ・・・お前の気持ちは俺が一番わかるから・・・」
テヒはジヘを見つめると、糸が切れたようにジヘの胸へ飛び込み大声で泣き出した。ジヘはテヒを包み込むように優しく受け止めた。
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