第14話 共通点

日本での長期に渡る撮影が始まった。ジヘは密かに決意していた。この長期間の撮影中に、ユリの心を自分に振り向かすことを。テヒはいつも以上に本木と一緒にいられることを素直に喜んでいた。ユリは本木を意識しないよう仕事に没頭していた。しかし、仕事上、一緒になる場面が多くなる。ある日、深夜の屋外ロケで撮影待ちをユリはしていた。深夜になり、寒さも増してユリも震える状況であった。そこへ突然ユリの後ろから毛布が掛けられる。ユリは驚き振り返ると、そこには本木が立っていた。

「寒いでしょ、羽織ってください」

本木は笑顔で言った。

「ありがとう・・・マネージャーは?」

「ああ、今日は他の仕事があるので、ユリさんの担当をお願いされました」

「そうなんですか・・・」

「あと、これ」

本木は暖かい飲み物をユリに差し出す。

「すいません、何が好きか、わからなかったので・・・」

「ありがとう」

ユリも笑顔で言った。

「・・・」

お互い無言になる。本木もユリもお互い意識して一緒にいることを避けていた。本木はこれ以上一緒にいてはいけないと考え、

「それじゃ、これで・・・」

と、言って、後ろめたそうにその場を離れた。ユリも引き止めたい気持ちを抑え、本木を見送る。そして毛布を羽織り、その暖かさと本木の優しさを感じていた。


撮影も進みマネージャーが全員を集める。

「今日からテヒとジヘが別の場所での撮影になる。今回仕事を掛け持ちになるので、テヒとジヘには私がついていきます。本木さん、ユリをお願いします」

思いがけない依頼に本木は驚くが、仕事と割り切り受け入れた。テヒとジヘは不安そうな顔で聞いていたが、マネージャーの判断を受け入れる。ユリもどうしてよいかわからない、と言った顔で思わず本木を見つめる。本木は優しくユリに言う。

「ユリさん、不慣れですがよろしくお願いします」

「・・・こちらこそ・・・」

ユリはうつむきながら言った。

次の日からユリと本木は常に一緒の日々を過ごす。ある日、ユリの深夜撮影時、本木は屋外の公園のベンチで休んでいた。寒さ厳しい時間帯であるが、ユリが頑張っている以上、自分だけ暖を取る訳にはいかなかった。寒さと疲れでウトウトし始めた本木を、撮影が終わったユリが見かける。ユリは心配そうな顔で本木を見つめると、何かを思い付き、近くのコンビニへと行く。本木は辺りに漂うおいしそうな匂いで目が覚める。するとベンチの横におでんを持つユリの姿があった

「ユリさん・・・」

ユリは恥ずかしそうにおでんを持ちながら答える。

「ごめんなさい・・・起こしちゃいました・・・あの、これ、よかったら食べてください」

ユリは本木におでんを渡す。

「これ・・・ユリさんが買ってきてくれたの?」

「ええ・・・あの・・・日本のおでんはいろいろ種類があるんですね。何がお好きかわからなかったから・・・もし、いらなかったら無理しないで下さい・・・」

本木はユリが一人でコンビニに行ってくれたことが嬉しかった。世間の目を気にしなければいけない職業なのに、自分のために買ってきてくれたことを素直に感謝した。

「ユリさん、一緒に食べません?」

「えっ?」

「日本のおでん食べたことないでしょ?結構いけますよ!」

「そ、そうなんですか?」

「さあ、こっちに来て、一緒に食べましょう!」

本木はユリをベンチに座るよう手招きした.ユリも迷ったが素直にベンチに腰掛ける。

「これ、大根、結構いけるんですよ」

「韓国では大根は食べないですけど・・・」

「食べてみて、おいしいから」

ユリは少し不安そうに食べる。

「・・・本当、おいしい!」

「でしょ!」

「本木さんも食べて!」

ユリは自分の箸を本木に渡す。本木も大根を食べた後、いたずらな顔で言った。

「ユリさんが使った箸を私も使っちゃいました。これ、日本では間接キスと言うんですよ」

「キス・・・」

ユリは真っ赤な顔をして

「すいません。洗ってきますから・・・」

と、言って、本木から箸を取り戻そうとする。本木は笑いながら、

「いいじゃないですか。僕は気にしていません。ユリさんは嫌ですか?」

「私も構いませんけど・・・」

ユリがうつむき加減に答えた後、二人は目を合わし、お互い吹き出してしまう。

「さあ、食べましょう!たまご半分ずつ食べましょうか?」

「はい!」

二人は寒さを忘れ、一緒におでんを食べた。お互いを避けていかなければという思いは、仕事を理由に少しずつ薄れていった。一緒に過ごす時間が多くなるにつれ、二人は以前の関係を取り戻していく。二人はあまり意識をせずに今後、過ごそうと考え始めていた。


「今日もお疲れ様」

「本木さんもご苦労様」

「さて、この後は空いているけど、いつものようにホテルで休みますか?」

本木がいたずら顔で覗き込むように言う。

「その顔何ですか?・・・私が休みの時はいつもグウタラしているみたいじゃないですか!」

ユリは少しむくれて言う。

「いいえ、そんなつもりで言ったんじゃないですよ」

本木は笑いながら答える。するとユリも笑い出し、しばらく二人は見つめ合う。

「じゃあ、どこか行きましょうか?」

「ええ」

二人は夜の町に出掛けていった。


二人はしずかなバーに来た。

「素敵な場所ですね?」

ユリが周りを見ながら言った。

「ユリさん、こういう所、好きですか?」

「ええ、私、あまりにぎやかな所は苦手です」

「例えば、クラブみたいな所?」

「そう、本木さんは?」

「僕もです。僕もどちらかと言えば、静かなところで物静かな時を過ごすのが好きです」

「あっ、それじゃ、団体行動も好きじゃないでしょ?」

「ええ、じゃあ、ユリさんも?」

「そうです。私も苦手!だから、宴会とかも苦手で・・・」

「そうそう!僕も会社の宴会はとても苦手で・・・」

本木は何かに気付いたように言う。

「そうか・・・二人とも似てますね、じゃあ、旅行も友達大勢と一緒に行くより、少人数で行くほうが好きでしょ?」

「そうです」

二人は笑い合う。本木は続けて質問する。

「じゃあ、家族と友人との約束が重なりました。あなたならどうします?」

「うーん。家族を優先させるかな」

「なんで?」

「勿論、友達との関係も大切だけど・・・でも、一番大切なのは家族だと思う。自分がこの世にいるのは家族のお陰だし、私、母親を早くに亡くしたから思うの・・・家族を大切にしたいと思っても、出来なくなる日がいつかは来る・・・だから、家族は大切にしたい。勿論、将来結婚したら、旦那さんに対しても年をとってからああしておけばよかった、と思うのは嫌だから大切にしたいわ」

本木はユリを見つめ、黙って聞いていた。ユリの考えは本木の考えと同じであった。

「そうだね。僕もそう思うよ」

「じゃあ、私からも質問!もし、彼女が愛情表現をいつも望んだり、常に一緒にいて欲しいと言ったら、あなたならどうする?」

「そうだね・・・僕だったら喜んで愛情表現を示すよ」

「はずかしくない?男の人はそういうの嫌がるじゃない?」

「そうかな・・・僕は恥ずかしいと思わない、だって、好きだから一緒にいるんだし、好きなのに別の表現をする必要なんかないんじゃないかな。それに彼女がその言葉で愛情をより深めてくれるなら喜んで言うよ」

「じゃあ、いつも一緒にいて、と、言われても嫌じゃない?」

「勿論!好きな人にそう言われて嫌な人がいるのかな?僕は一緒にいる時間を大切にしたいし、僕も一緒にいて欲しいと思うよ」

ユリは本木の言葉を嬉しそうに聞いていた。

「そうですね。その考え素敵だと思います」

「本当に二人とも考え方が似てますね?」

「そうですね」

二人とも相手の考え方に共感を得ていた。お互いが本音を語ったこの夜、二人はお互いをより知った気がした。


ジヘは仕事が手につかなかった。ユリと本木が一緒にいることが気になってしょうがなかった。この日、空き時間が出来ると、ジヘはすぐにユリのもとへと向かった。

「ユリ!」

「ジヘさん・・・仕事終わったの?」

「お前、この後、時間あるか?」

「ちょっと本木さんに確認しないと・・・」

ユリが困ったように言うと、本木がその場に現れる。

「ああ、ジヘさん、お元気ですか?」

本木がジヘを見て笑顔で言うと、ジヘは挨拶もせずに聞いた。

「ユリはこの後空いていますよね?」

「えっ?」

「ユリをお借りしたいんですが?」

「ああ、えーと、この後は空いています。ユリさん、明日は五時から撮影です」

「相変わらず早いですね・・・」

ユリがため息をつきながら言う。その様子を見て、ジヘはユリの腕を掴み

「じゃあ、行こう!」

と、言って、ユリを連れて行く。

「ジヘさん・・・」

ユリは困ったような顔をして本木を見る。本木も何かを言いたげであったが黙って見送った。


二人はクラブに来ていた。ユリは騒音けたたましい状況にいたたまれない思いであった。ジヘは黙って酒を何杯も飲み続けていた。ユリは困ったような顔をして話し出す。

「ジヘさん・・・飲みすぎじゃない?」

ジヘは黙っていた。

「ジヘさん、他の場所に行きません?」

ユリが何を言ってもジヘは黙ったままであった。何も言わないジヘを見て、ユリは少し腹が立ち、

「ジヘさん、用がないなら帰ります」

と、言って、一人で出て行こうとする。するとジヘがユリの腕を掴み

「相手が本木さんでも、同じように出て行くのか?」

と、聞いた。ユリは手を振り払い

「帰ります」

と、言って、店を出て行く。ジヘは慌てて後を追いかける。店を出てジヘはユリを捕まえる。

「離してください」

ユリはジヘを睨み言った。

「悪かった・・・。話を聞いて欲しい」

ジヘは冷静になり言った。

「ユリ・・・俺は本当にお前が好きだ。お前がそばにいないと苦しくて・・・お前と本木さんが結ばれないなら、俺との関係も考えてくれないか?」

ユリはジヘの顔を見ずに黙って聞いていたが、やがてジヘを見つめ答える。

「ジヘさんには本当に感謝している。でも、ごめんなさい。あなたに友人以上の感情は持てない。私はまだ本木さんを忘れることが出来ない。だから、わかってください」

ジヘは黙って聞いていた。すると、ジヘはしばらく考え込むが、笑顔になり話し出す。

「君の気持ちは硬いようだね、僕の居場所はどう頑張っても出来ないみたいだ・・・」

「ジヘさん・・・」

「今日は付き合ってくれてありがとう。ユリが幸せになれる方法を俺も真剣に考えるよ、それくらいはいいよな?」

ユリは申し訳ない気持ちで一杯となり、

「ありがとう。ジヘさんも幸せになってね」

と、言った。二人は笑顔になり別れた。


一方、テヒも本木が自分のマネージャーを選んでくれたことで自信を持っていたが、やはりユリの存在は気になっていた。テヒはようやく別の仕事から戻ると、本木のもとに向かう。

「本木さん、久しぶりに何か食べにでも行かない?」

「ああ、でも、ユリさんのスケジュールについて確認しないと・・・」

「姉さんのことはマネージャーに任せれば良いじゃない!行こう!」

「・・・じゃあ、一時間後に出掛けよう、ちょっと待ってて」

テヒは本木からの返事をもらうと嬉しそうに出て行く。一人残った本木はどうしたらよいか、と言った表情で座り込む。そこにユリが帰って来た。

「本木さん、まだいたの?」

「ああ、ユリさん。お帰り」

「今日で私の担当終わりね、セイセイした?」

「そんなことないよ。ユリさんは?」

「そうね・・・ちょっと残念・・・」

「残念?」

本木は不思議そうな顔で聞き返す。

「えっ、いや・・・あの・・・せっかく息も合ってきたのに、と思って・・・」

ユリは慌てて答えた。

「そうだね、いろいろお話してお互いいろんなことがわかったし・・・僕も残念だよ」

本木は懐かしむような表情で言った。

「何か遠い思い出を語っているみたい、私がもういないような感じじゃない?」

ユリは冗談を言うが本木は黙ったままうつむく。そして気を取り直したように、

「それじゃ、僕はマネージャーの所によって失礼するよ」

と、言うと、部屋を出て行った。テヒとこの後会うことを、本木は言えなかった。なぜ言えなかったのか自問を繰り返す。その答えが本木自身なんであるかは、わかり始めていたが、今はわからない振りを続けていた。


「この前、撮影の時、皆で盛り上がって、とても楽しかったの!」

テヒが別の仕事での打ち上げ時の話を本木にする。

「そうだったんだ・・・」

「本木さんも誘えばよかったね」

ユリは明るく言うが、本木は無表情のまま返した。

「いや、僕はあまり大勢の所は苦手だから・・・」

「そうなの・・・大勢の方が楽しいじゃない。本木さんは慣れていないだけよ、きっと一緒に行ったら楽しいから!」

「そうかな・・・さあ、食べようよ」

本木は話題を変えようと食事をはじめる。前のようにテヒに会っていても心から楽しめない。何か心のどこかが引っかかる思いがある。以前は軽く流していた先ほどの会話にも、自分の意見を通そうとする自分がいた。

「本木さん・・・何か元気ないみたい・・・」

テヒは心配そうに本木を見つめる。テヒも本木が以前と何かが変わりつつあることを感づいていた。しかし、今は出来るだけ本木に優しく接しようと心に決めていた。

「何かあったら、私に言ってね」

「ありがとう、大丈夫だから・・・」

本木は笑顔で答えるが、ぎこちない笑顔になっていた。


「この後どうする?」

食事後、テヒが本木に聞いた。本木はテヒを見つめて

「ごめん、今日はこれで帰るよ」

と、答えた。テヒは心配な顔をして

「やっぱり具合が悪いんじゃない?送っていこうか?」

と、聞くが、本木は笑顔で答える。

「大丈夫、ちょっと疲れただけだから、心配しないで」

「ああ、さてはユリ姉さんがこき使ったのね?」

テヒは冗談を言う。本木は『ユリ』と言う言葉に敏感に反応し

「ユリさんは関係ないよ、・・・それじゃ、これで」

と、言って、去って行った。テヒは本木の後姿を心配そうな顔で見つめ

「本木さん・・・私、待っているから・・・」

と、呟いた。

本木は帰り道、ユリとの会話を思い出していた。自分達が好きなもの、考え方の共通したところの多さに驚いていたこと。そして何よりテヒとの会話中にユリと比較している自分がいることに驚いた。自分の気持ちの中でユリの存在が大きくなってきていることを改めて認識していた。

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