第11話 消せない想い

本木は帰国したとばかり思ったテヒが目の前にいることに驚いた。

「どうしたんですか?帰国したと思っていました」

「本木さん・・・」

テヒは真剣な表情で本木を,見つめる。そんなテヒを本木は優しく見つめ

「そんな心配しないで大丈夫。わざわざ戻って来てくれたの?」

「違うわ・・・」

テヒはうつむき答えた。

「えっ?」

「違うの!私、心配で来たんじゃない!あなたに会いたくて・・・あなたの声が聞きたくて会いに来たの!」

「テヒさん・・・」

「こんな時に怒るかも知れないけど・・・もう自分の気持ちを抑えられない。私、あなたを愛しています」

「・・・」

「突然こんなこと言ってごめんなさい。でも、私の気持ちは変わらないから。真剣に考えて欲しいの・・・」

真剣な顔でテヒの告白を聞いていた本木は笑顔を見せ言う。

「ありがとう。でも、正直に僕も気持ちを言うよ。君もわかっている通り、今は何も考えられない。だから、今は君の気持ちに応えられないよ・・・。でも、今回のことで人を好きになることから逃げたりはしない、それは約束する。だから、君の気持ちにも前向きに考えるようにするよ」

本木は正直に言った。瞳との約束である『人を愛する気持ち』を失わないと決めたから。

「ありがとう・・・私、待ってます」

テヒは涙を浮かべながら言った。


「ユリ、今日、飲みに行かないか?」

「わかった。行くわ!」

ジヘからの誘いをユリは受け入れた。そう、ここ数日ジヘの誘いにユリは付いて行った。ジヘは自分の気持ちを知ってか、いつもユリを笑わせてくれた。その笑いは今のユリにとって非常に救いとなっていた。ユリは本木への気持ちに終止符を打とうと努力していた。今までのように、自分の殻に閉じこもっていては忘れられない・・・。そう、これからは明るく生きて、本木への気持ちを忘れようとしていた。


「今日はどこに行くの?」

「・・・」

ユリはいつもの明るい様子と違うジヘを見て聞き直す。

「どうかした?」

「いいや、ユリ・・・今日は静かに話せる場所に行かないか?」

「静かに?そうね、たまには良いかも!」

ユリは明るく言った。それとは対象的に、ジヘは何か思いつめた表情でいた。


二人は静かに話せる夜の港へと来た。

「こういうところ久しぶり!」

ユリは無邪気に言った。

「へーこういうところに女の子を呼んで口説いたりするんでしょ?」

ユリは冗談を言ったが、いつもの調子で冗談を返してこないジヘを見つめて聞く。

「・・・本当にどうかした?何か今日、変よ?」

ジヘは思い立ったように答える。

「そう、今日の俺は変さ!でも、変にさせたのはおまえ、ユリだ」

「私が・・・」

不思議そうな顔をしているユリの横をジヘは通り抜け、ユリに背中を見せたまま続ける。

「おまえは気付いていないよな。俺の気持ちなんか・・・俺はいつもお前を見ていた。お前が最近苦しんでいることも知ってた。だから、わざと明るく振舞ってた。お前の明るい笑顔が見たくて・・・」

「ジヘさん・・・」

「お前が明るくなればそれでいいと思っていた。それで十分だと・・・でも違った、俺が望んだのはお前の笑顔だけではなかったんだ」

「・・・何が望みだったの・・・?」

ジヘはユリの方を振り向き答える。

「お前の心を俺に振り向かせたかった。俺はお前が好きだ」

ユリは突然の告白を受け、動揺する。

「お前にとって俺は単なる気晴らしかもしれない。そう、今はそうかも知れないが、でも、いつかはお前にとって必要な人になりたいいんだ」

ユリはジヘから視線をそらし

「ごめんなさい」

と、言って歩き出す。歩き出したユリの腕をジヘは掴み

「なぜだ?おれはおまえにとってそれだけの男なのか?」

と、問い詰める。ユリは掴まれた腕をゆっくり解き、ジヘを見て言う。

「あなたは落ち込んだ私に笑顔を取り戻させてくれた。本当に感謝している。感謝しているからこそ私、あなたに嘘は言わない。今はあなたの気持ちに答えられない・・・わかって」

「ユリ!」

「私にはまだ忘れられない人がいる・・・その人のことを忘れない限り、誰の気持ちも受け入れられない。だから、ジヘさんもお友達でいて。お願い」

ユリの言葉を聞くと、ジヘは微笑みながら

「わかった。そこまではっきり言われたら今は待つよ。でも、俺の気持ちは変わらない、それだけは言っておく」

と、言ってユリを送っていった。


自分の気持ちを受け入れてもらえなかったジヘは落ち込んでいた。ユリに好きな人がいることはわかっていた。その男が日本人であることも知っていた。何も手につかずに椅子に座っているところにへ、日本から帰ったテヒがやってきた。

「どうしたの?元気ないわね!」

テヒの表情はジヘとは対照的に、これ以上ないくらい明るかった。

「別に・・・」

「そんなに落ち込まないの!人生明るく生きなきゃ!」

ジヘは妙に明るいテヒを見て聞く。

「お前、何があったんだ?」

「えっ、私?ふふん・・・何でもなーい」

「教えろよ!少しは俺の気を紛らわせてくれよ」

「しょうがないな!実はね、この前、韓国に来ていた本木さんって知ってる?」

「ああ、確かユリが知り合った日本人だろ?」

「そう、彼に私、日本で告白したの!」

ジヘは驚き立ち上がった。

「それで、そいつはなんて言ったんだ?」

「へへ・・・前向きに考えるって!そう言ってくれたの!」

「・・・」

ジヘは言葉が出なかった。本木・・・それはユリが忘れられないでいる男のこと。なぜ、そいつがテヒの告白を受け入れるんだ・・・?

「まあ、あなたも頑張ってね!」

テヒは明るく言って去って行った。

「どうしてだ・・・なぜだ・・・」

ジヘは呟いた後、急いでユリのもとへ行く。


ユリは自宅前で車を降りた。そこに人影が近づく。

「ジヘさん?」

ジヘは真剣な顔で近づいてきた。あまりにも真剣な表情をするジヘに対して、ユリは雰囲気を変えようと、敢えて冗談を言う。

「友達から今度はストーカーになったの?」

「ひとつだけ聞かせてくれ!」

ジヘの真剣な顔は変わらない。

「お前の忘れられない人・・・本木さんだよな?」

ユリは黙っていた。

「否定しないってことは当りだよな・・・。その本木はお前のことどう思っているんだ?」

ユリは歩き出した。

「最後まで聞けよ!どうして自分の気持ちをお前に話さない男を待っているんだ?その男はお前のことを好きでも何でもないかも知れないのに・・・」

ユリは立ち止まり、ジヘの方を見て言う。

「私は待っているわけではないわ・・・そんなこと望んでいない。勿論、自分の気持ちも言ってない。だから、彼の気持ちも聞いていないわ!でも、私には忘れるしかないの・・・」

ユリは涙を流し話し続ける。

「苦しくて・・・その人のことを考えると胸が苦しくて・・・。私も忘れたい。でも、忘れることが出来ないの!別に何度もデートしたとか、長い時間一緒にいたとか、そんなことない相手なのに・・・忘れることが出来ないの。そんな私にどうしろと言うの?」

「ユリ・・・・」

「ごめんなさい。帰ります」

ユリはそう言って去って行った。ジヘは泣きながら歩くユリに何も言えなかった。


翌日、ジヘは空港に来ていた。

『私も忘れたい。でも、忘れることが出来ないの!』

ユリが言った言葉を思い出していた。

「ユリ・・・お前が忘れられない男に俺は会ってくる」

そう言うと出発ロビーへと消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る