第6話 疑惑

ユリからの手紙を読み、本木は瞳への愛を大切にすると考える。仕事帰り、瞳の店の前まで行き、瞳の出てくるのを待っていた。しばらくして瞳が店から出てくると、その後を追いかける。しかし、

「お待たせ」

瞳はそう言うと、他の男性と腕を組んで歩き出していった。その後姿を見た本木は呆然と立ちすくむ。しばらくして我に返り、急いで瞳の後を追うが見失ってしまった。

「そんな馬鹿な・・・。そう、何かの見間違えだよ・・・」

本木は自分に言い聞かせるように呟くと、駅の方角へと向かっていった。


あの目撃から数日たったが本木の疑惑は全く晴れない。自分の見間違いと思い込もうとすればするほど、疑惑の気持ちが膨らんでいった。本木は決心をし、瞳へ電話をする。

「瞳?今日会えないか?」

「今日?今日はちょっと・・・」

瞳が断りかけると、本木は強い口調で言う。

「今日どうしても会いたいんだ、店の前で待っている」

と、言って、電話を切ってしまう。

「もしもし?」

瞳は電話をおろすと、いつもと違う本木に不安を覚えるが、

「まあ、前の一件があるし、大丈夫!」

と、言って、仕事に戻った。


その日の夜、二人は食事に出掛ける。

食事中も黙ったままの本木の様子を瞳は怪しむ。

「何かあったの?」

瞳は沈黙を打ち消すように言った。

「先週の水曜日、どこか出掛けた?」

本木は食事をしながら聞いた。

「えっ?先週の水曜日・・・」

瞳は必死に記憶をさかのぼっていった。

「仕事が遅くなってそのまま帰ったと思うわ・・・」

瞳は曖昧に答える。すると本木は食事する手を止め、瞳を見て言う。

「その日、僕は君の店の前で君を待っていた。店を出てきた君は、誰かと待ち合わせていたようで、その人と町の中へ消えていった。これは僕の見間違い?」

瞳は一瞬凍りついたような表情を浮かべた。そして慌てて、

「店の前にいたの?そう・・・、ああ、思い出した。その日は突然、高校の先輩が店の近くに来たと連絡がきたので、仕事帰りに飲みに行ったわ・・・」

と、答えた。瞳の答えを聞いてしばらく本木は黙って瞳を見る。すると沈黙に堪りかねた瞳は

「本当よ!私を信じられないの?」

と、言い、食事を続ける。

本木は笑顔を見せ言う。

「信じるよ。さあ食べよう!」

「・・・そう、食べましょう」

―「僕の見間違いさ・・・そう信じよう」―本木は心の中でそう自分に言い聞かせた。そして話題を変えようとして言った。

「そう、ところでユリさんが来日したんだ」

「ユリさんが?」

瞳は不安そうに言った。

「いやあ、たいしたことではないんだけど、ユリさんから二人のことを・・・」

「私もユリさんから言われたんだけど、ユリさん、まだあなたのこと忘れられないらしくて・・・私たちにこれ以上関わらないでとお願いしたのに・・・ユリさんは全く聞いてくれずに、必ずあなたを奪って見せると言われたわ。私、なんだか怖くて・・・」

瞳は本木の言葉を遮って言った。

「ユリさんがそう言ったの?」

本木は聞き直した。

「そうよ。だから、あなたも私のためにユリさんと関わらないで」

瞳は甘えたように言った。

「・・・そうだね、今の話はなしにしよう」

本木も笑顔で答えた。瞳は一安心といった表情で食べ始める。本木は食事に戻ると、険しい表情に戻った。

―「ユリさんは二人の幸せを願っていると手紙に書いている。そのユリさんが、瞳が言ったようなことを言うだろうか?瞳は何か隠している・・・ユリさんは何か他のことも僕に伝えたかったのでは・・・」―本木は考え込み、黙々と食事を続けた。


瞳と会ってから本木は考え込む日々が続いた。どうしても瞳の言い訳とユリの手紙の内容が違う気がしていたからだ。そしてマネージャーの「周りをよく見て欲しい」の一言、それが何を意味するのかもわからなかった。すると本木は立ち上がり、秘書にしばらく留守にすることを伝え、空港へ向かう。


瞳は昨日、本木がいつもと違う態度を見せたことに不安に感じていた。その苛立ちからユリへ電話する。

「もしもし」

「ユリさん、私、瞳!」

「ああ、お元気ですか?」

「お元気ですかじゃないわよ。あなた、また本木に会いに来たんですって!」

瞳は、かなりの剣幕でまくし立てた。

「ええ、瞳さんごめんなさい、でも・・・」

「言い訳なんか聞きたくないわ!あなたのせいでまた私たちの関係がギクシャクしたのよ。私も彼をまた責めてしまったわ。彼がどれだけ苦しんだかわからないの?」

「そんな!私、苦しめるつもりじゃ・・・」

「とにかく、これ以上私たちに関わらないで。いいわね!」

瞳は一方的に電話を切る。電話を持ったまま、ユリはまた自己嫌悪に陥ってしまう。

「また私のせいで本木さんを苦しめてしまった。どうしてこうなるの・・・」

ユリは自分の行動を後悔していた。そして本木を苦しめてしまったことを何よりも後悔していた。するとユリの携帯電話が鳴った。

「もしもし」

「ユリさん、僕です。本木です」

「本木さん・・・」

ユリは自分が起こした行動で本木を傷つけてしまったことを考え、何を言って良いかわからなかった。

「ユリさん、僕、今、韓国に来ているんです」

「えっ?」

「これから会えませんか?」

「・・・無理です」

ユリは答えた。自分は関わらないほうが良い・・・そう思ったからだ。

「何時でも構いません、会ってください!」

「本木さん、私たち会わないほうが良いんです。あなたもそう言ったでしょ・・・だから待たないで下さい」

「どうして?何かあったんですか?」

「いいえ、何も・・・でも、もうこれ以上、本木さんに迷惑掛けたくないから・・・」

「迷惑なんて掛かってないです。とにかく会ってください、お願いします」

本木は必死に頼んだ。

―「本木さん、ごめんなさい・・・」―ユリは静かに呟き電話を切った。

電話を切られた本木はしばし電話を見つめていたが、意を決してユリの事務所へと向かった。


撮影からユリが事務所に戻ったのはもう深夜であった。ユリは本木のことが気になったが連絡はしなかった。

―「そう、私は彼に会ってはいけないのよ・・・」―心の中で何度も言い聞かせて・・・。

ユリは帰宅するため事務所を出てタクシーへと乗り込む、車から外を見ると本木の姿が見えた。ユリは驚き、しばらく考えたが

「運転手さん、すいません、止めて下さい」

と、言って、車を降りる。そして急いで本木の場所まで戻って行く。

本木はユリの言葉を何度も思い出していた。

『もうこれ以上、本木さんに迷惑掛けたくないから・・・』

ユリさんへ自分が迷惑を掛けたことはわかるが、自分にユリさんは何をしただろう。勿論、瞳との誤解はあったが、今はもう解決に向かっている。本木が考え込んでいると目の前に人影が見えた。本木は顔を上げる。

「ユリさん・・・」

本木は立ち上がりユリの前へと歩み出る。

「・・・どうして・・・こんな時間まで・・・」

ユリは本木の目をまっすぐに見つめ言った。

「どうしてもユリさんに会いたかったんです、聞きたいことがあるんです」

「私は話すことはありませんから、どうぞお帰りください」

ユリは頭をさげ言った。

「ひとつだけ聞かせてください。ユリさん、僕に何か伝えたくてこの前、来日してくれたんじゃないんですか?」

ユリは黙ったまま何も言わない。

「答えてください!僕に何か言いたいことがあったんじゃ?」

「何もありません。失礼します」

ユリはそう言って立ち去ろうとすると、本木は腕を掴み言う。

「本当ですか?」

ユリは顔を伏せたまま答える。

「何もありません。それに私が本木さんの所へ行ったことで、またあなたに迷惑を掛けてしまいました。もう、あなたに迷惑を掛けたくない・・・」

「迷惑・・・?」

「私が何かする度、あなたに迷惑を掛けてしまいます・・・これ以上、あなたから嫌われたくないし・・・だからもう、ほっておいて」

ユリは本木の手を静かに振り解き、続けて言う。

「私、本木さんと瞳さん、お二人が幸せになることを遠くからお祈りします」

そう言ってユリは走り始めた。走りながら―「本木さんの幸せ・・・そう、それは瞳さんとうまくいくこと」―と、自分の胸の中で思いながら・・・。

「ユリさん・・・」

本木は何も言えずユリの後姿を見つめる。その様子をマネージャーが見ていた。

「ユリ・・・」

マネージャーはしばらく考えていたが、何かを決意し歩き始めた。

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