第5話 葛藤

ユリが撮った町の写真の中に、一枚カップルを撮った写真があった。その二人は抱き合いキスをしている。その女性が瞳にそっくりであった。

マネージャーと言う仕事柄、顔を覚えるのは得意であった。何度も写真を見たが、間違いなく写真の女性は瞳であった。

「どうなっているんだ・・・」

マネージャーは呟き、その場に座り込む。そこへユリが戻ってきた。

「ただいま」

「ああ、お帰り、この後は何もないからあがっていいよ。悪いが一人で戻ってくれ」

マネージャーは平静を装い言った。

「わかりました。一回事務所に戻ってから帰ります。それじゃ、お先に!」

ユリが出て行った後、マネージャーは例の写真をもう一度見る。そして写真をしまい電話を掛けた。


ユリが現場から事務所に戻ると、そこに瞳が待っていた。

「瞳さん・・・」

「お久しぶりです」

瞳は笑顔で近づいてくる。ユリは硬い表情で言う。

「何と言っていいかわかりませんが・・・すいませんでした」

「いやだ、突然謝らないで!それよりどこか行きましょう」

瞳はユリを連れて町に出掛けた。


「本当にすいません。ご迷惑をお掛けしました」

ユリは硬い表情のまま話す。

「大丈夫よ。私たちの愛はこんなことじゃ壊れないから」

瞳は勝ち誇った表情で話しつづける。

「でも、今回はちょっとお仕置きしたの」

「えっ?」

「ユリさんにも迷惑を掛けたでしょ。だから、なかなか許してあげなかった。今も彼、必死になって償おうと努力しているわ」

「そんな・・・」

ユリは悲しい表情で言う。

「本木さんには何も責任はないんです。全て私の責任ですから。許してあげてください」

本木をかばうユリの姿に瞳はムッとして

「あなたがかばえる立場じゃないんじゃない!彼は私の恋人よ、あなたにとやかく言われる筋合いはないわ!」と、強い口調で言った。

「すいません。出過ぎたことを・・・でも、私が全面的に悪いのは間違いありません。責めるなら私を責めてください」

必死で謝るユリの姿を見て

―「本当に本木の事好きなのね」―と心の中で呟く。そして、

「とにかく私が言いたかったのは、これ以上心配しないで大丈夫ってこと。あとは彼がどれだけ私を愛しているかを行動であらわすかだわ」

「許してあげてください。私が言うのはおかしいですが、本木さんを許してあげてください・・・」

ユリは必死に頭を下げる。瞳は席を立ち上がり

「許すかは私が判断するわ!それじゃ」

と、言って、一人で店を出て行く。一人残ったユリは必死に涙をこらえていた。

―「本木さん、何で黙っていたの?私のために・・・」―と、心の中で本木を心配し続けた。


「日本へ行ってきます」

ユリはオフを利用して訪日することをマネージャーに伝える。ユリの真剣な眼差しを見てマネージャは言う。

「わかった。だが俺も一緒に行く。それが条件だ」

と、言って、マネージャーは了解した。マネージャーも写真の一件から本木に確認したいことがあった。

次の日、二人は日本に到着する。ユリは到着するや出会いの公園へと向かい、本木に連絡を入れる。

「本木さん?」

「ユリさん?どうしたの?」

本木は突然の電話に驚く。

「この後、お時間ありませんか?今、この前の公園にいるんです」

「えっ?日本に来ているんですか?」

「はい」

本木は会いたい気持ちに駆られたが敢えて言った。

「僕たち会うのはよそう」

「本木さん!ご迷惑をお掛けしませんから!」

「いや、僕が迷惑ではなく、君に迷惑が掛かる」

「そんなこと・・・」

「この前、テヒさんが教えてくれた。僕は日本にいたからわからなかったけど、韓国ではかなり話題になり君に迷惑を掛けたこと。ごめん。何も知らずに君だけを苦しめてしまって・・・」

「私は大丈夫です。だから・・・」

「ユリさん、強がらないで、そんなに相手の事ばかり気を使わないで」

本木の優しい言葉に涙を流しながらユリは言う。

「とにかく公園で待ってますから、来てくれるまで・・・」

本木は黙ったまま電話を切った。

本木は仕事へと戻った。しばらく仕事に没頭し、ふと時間を見ると夜の九時であった。

「まさか、まだ待っていないよな・・・」

本木は呟き仕事に戻るが手につかない。すると上着を持ち突然走り出す。


「ユリさーん!」

公園に着くと本木は大声でユリを探す。人気のない公園に本木の声が木霊する。公園の全体を調べたがユリを見つけることは出来なかった。息を詰まらせ、その場にしゃがみこむと本木の背後から突然声が聞こえた。

「本木さん」

本木が振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。

「はじめまして、ユリのマネージャーのハン・ソクホです」

「マネージャー?」

「ユリは韓国への最終便ぎりぎりまで待っていました。そして時間が来ても待っていると言って聞かなかったのですが、私が無理やり彼女を帰らせました。私が代わりに待つことを条件に」

「そうでしたか・・・すいません。長い時間お待たせして」

マネージャーは一通の手紙を本木に差し出す。

「今、読んでください」

マネージャーは本木に言った。

「これは?」

「ユリからあなたへの手紙です」

本木は手紙を開ける。


「本木様へ

この手紙を読んでいらっしゃるということは私と会えていませんね。本木さんに会いたくて日本に行く決意をしましたが、もしかしたら私のことを心配して、敢えて本木さんは会おうとしないかもと思い、手紙を韓国で書いていきます。本木さん、本当にごめんなさい。私の軽率な行動でご迷惑をお掛けして・・・。瞳さんから聞きましたが、どうして許してもらえていない事を私に黙っていたんですか?私を心配させまいとする本木さんの優しさだと思いましたが、あなたが私のために苦しむ姿を私は見たくありません。あなたの代わりに瞳さんへ謝ることも、殴られることも構いません。むしろそうしてくれた方がどんなに楽か・・・。勝手言ってごめんなさい。でも、これだけはわかってください。私はあなたと出会ったことを後悔していませんから。瞳さんと幸せになれるよう心より祈っています。それを伝えたくて。それではお元気で。

ユリ」

本木は手紙を読み終えると、その場にしゃがみこんだ。

―「ユリさん、ごめん。僕を心配して来てくれたのに・・・」―と、心の中で後悔した。

「マネージャーさん、ユリさんへあなたの気持ちを察することが出来ず、謝っていたと伝えてください。そしてあなたが言う通り瞳を大切にすることも」

本木はマネージャーへ言った。マネージャーは黙ってうなずき歩き出すが、足を止め振り帰らずに言う。

「本木さん、もう少し周りをしっかり見てください。真実は上辺だけではわからないこともあります」

「え?」

本木は聞き返すがマネージャーは歩き出す。本木はマネージャーの言葉にどんな意味があるのか、今は理解出来なかった。

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