壱の六

 「………怒りはわかるよ。お前がどれだけ妹を大切にしてたかは俺が一番よく知ってる。」

だが俺たちは軍人。そう続けた。

ウノは満パンに入るビールに口をつけず話す。

「怒れと………怒れと言ってるんです。頭で誰かが。愛する妹を殺されて……そのままにするなと、怒りに任せろと。」

ノーヴェは黙って聞いた。

「だけど、俺は………軍人です。今の地球を守る為の人間です。感情を制御せねばならない。なにより………ドゥーエが憧れてくれた俺は………正義を掲げてきた………わからんのです。何も…………。」

ノーヴェはウノの肩をポンと叩く。

「そうだな。わかるわけないな。正義なんて不確かな物。だがな、お前は止まったんだ。強いじゃねーか。」

ウノは泣いた。小さく、妹に会いたいと呟き。

こうしてウノはこの怒りを正義に変えて地球人を代表する軍人にーーー…………。

なるべきだった。

 呑み始めて暫くして、ウノはふと近くの席を見渡した。

いつも通りなら他の客など気にしない。ましてや話し声など聞こえてくることもない。いつも通りなら。

「ギャハッハッハッ!まじかよ!お前悪どいな!」

三人組の一人が大声で笑う。

かなり酔ってるようだ。

「当然だろ!?オレぁオウガ星人様だぜ?」

「!」

ウノの手は止まる。

「地球人なんざオレたちのよぉ。食いもんみてぇーなもんだろぉ!?」

「ギャハハ!だからってお前、相手はガキなんだろ?」

「あのぐれーが一番ちょーどいーんだよぉ。誰の手もついてねーしよ。何より地球人てのは女だけは宇宙レベルだしなぁ!」

少し違えばウノは正義の軍人だった。

だが、運命は怒りを選んだ。

「兄さん!兄さん!ってよぉ!ギャハハ!泣き喚いてくれたぜぇ!ギャハハ!」

怒れ。怒れ。消えゆく光に怒れ。

「イタリアはいーいなぁ!愛の街ぃ!ギャハハ!」

怒れ。怒れ。穏やかな夜に身を任せるな。

「………ウノ?落ち着くんだ。」

怒れ。怒れ。老いても怒りを燃やせ。

 立ち上がるウノの腕を掴もうとノーヴェは腕を伸ばす。

「ウノ!やめるんだ!」

怒れ。怒れ。終わりゆく日に。

 オウガ星人の男に影がかかる。

「……あぁ?」

怒れ。


ディラン・トマスの詩「Do not go gentle into that good night」の一文より

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