第9話 殺されました

「お前が死ねば、俺はこの呪いから解放されるんだ……!」


 ローランド様の両手に力が込められていく。ギリギリと首を締め上げられあまりの痛さと苦しさに口を開くが息をすることは出来ず、ただはくはくと口を動かすしかなかった。



 私はローランド様を呪ってなんかいません。この痣は呪いの痣などではなかったのです。



 そう訴えたかったが、もうその願いは叶わない。


 苦しい。痛い。こんなに苦しいのに体は抵抗出来ないままだった。これはたぶん、私の体に染み付いた“呪い”だ。どんなに虐げられても……例え殺されたとしても、それは私が悪いからなのだと。


 遠退く意識の中で最後に思い浮かべたのは、ウィル様のお姿だった。


 こんなにすぐお別れになってしまうのなら、もっと素直になっていればよかった。恥ずかしいとか自信がないとか……私の魂はずっとウィル様を求めていたのに。




「ーーーーウィルさまーーーー」




 肺に残った最後の息を吐き出し愛しい彼の名を呼ぶが、たぶん言葉にはなっていないだろう。



 唇が彼の名の形を紡ぐように動き、私は意識を手放したのだった。









 ***









 ゴゥッ……!と、怒りに満ちた風が吹いた。


「ぐぁっ……?!」


 その風はローランドの体を吹き飛ばし、巨木へと叩きつける。その衝撃でわずかに血を吐いたがローランドはまるでゾンビのように立ち上がった。


「くそっ……まだ呪われているのか?!早くあの女にトドメを刺さなければ……!」


 そして未だ倒れたままピクリとも動かないラメルーシェの首へ再び手をかけようと近づいた瞬間。


「……エッ?」


 立ち上がったはずのローランドの視界は上から下へと落下し頬を固い土に打ち付けた。


 ゴロリとまるで寝返りをするかのように視界が転がり……見開いたローランドの目が天を見据えると、そこには見知った体ーーーー首の無い自身の体がユラユラと揺れながら立っていたのだ。


 そう、さっきまでこの首の下についていたはずのローランドの体がそこにはあり、それを見上げているのは確かにローランドの頭であった。


「ーーーーまだ生きてるな?まだだ……まだ殺してはいけない」


「大丈夫だ。体の“死の時間”を止めてやった。意識も痛みもちゃんとあるはずだ」


「すまないね、“不死王”よ。せっかく祝いに来てくれたのにこんなことを頼んでしまって」


「なぁに、親友の頼みだ。気にすることはない……我も、久々に胸糞の悪い人間を見たしな」


 ローランドの頭を挟むように左右からそんな声が聞こえる。未だユラユラと揺れる自身の体から恐る恐る視線を動かすと異形の形をしたなにかがローランドを覗き込んだ。


「ひっ……?!」


 それは骸骨だった。白くややひび割れた骸骨が暗闇を備えたふたつの穴からローランドをジロジロと見ていたのだ。


「……あぁ、誰かと思えば……こいつはラメルーシェの元婚約者か」


 今度は反対側から透き通ったような美しい声が聞こえる。その声は確かに美しかったが同時に魂を凍てつかせるような冷酷な声にも聞こえた。


「あ、ひぁっ……」


 次にローランドの視界に入ってきたのは、この世の物とは思えない程の美しい男の姿。長い銀髪を漂わせた美しいなにかだ。だがその濃い蜂蜜色の瞳はゾッする闇が住んでいるように感じた。


「俺の大切なラメルーシェを傷付けた愚かな人間よ……」


 地の底から這うような冷たい声を出しながらも、その手にはいつの間にかラメルーシェの体が抱き抱えられている。優しく、まるで宝物のように抱き締めて美しい唇をラメルーシェの額に押し当てていた。


 ローランドにはわからなかった。なぜこの美しい男はラメルーシェを大切な物のように扱うのか。なぜラメルーシェを殺そうとしただけなのに自分がこんな目に合わされているのか。


 だが、骨だけの異形がニィと笑うのを見て、ひとつだけわかったのは自分がこれからもっと酷い目に合うことだけだったのだ。




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