第11話 2/7 私立合格発表1 <成実優気・姫路鉄平>


2023年2月7日 火曜日 第2週目


 流石に今日はいつも通りというわけにはいかない。

 緊張した面持ちで家を出た。

 学校に着くと、早起きしたこともあって誰も来ていなかった。

 教室に1番最初に来たのはこれが3年間で始めてかもしれない。

 俺はゆっくりと中に入ると、しんとした静けさを感じてまるでこの教室が異世界空間のように感じられるほどだった。

 この空間を肌で感じながら荷物を置くと、俺は自分の席に着いた。

 すると、後ろのドアがゆっくりと開く音が聞こえた。

 ぱっと振り返ると、そこにいるのは平野さんだった。


「おはよう」


 平野さんは自分の机に向かいながら俺に挨拶をしてくれた。


「おはよう」


 俺も軽く挨拶した。

 土曜日の丘の上の公園の一件があってから初めて会うので、少し緊張していた。

 平野さんは、荷物を置くとそのままこちらへと来た。


「成実くんの合格発表は今日だったよね」

「うん」

「受かっているといいね」

「そうだね」


 教室に沈黙が走った。


 話題を見つけようにも合格発表のどきどきと平野さんが近くにいることによるドキドキで上手く考えることができない。


「ねえ、成実くん」

「何?」


 平野さんは真剣な目で俺に話しかけてきた。

 でも、真剣な目とは裏腹に顔は少し赤くなって目線も少し下がっていた。


 そして、平野さんの顔の方に気を取られていると平野さんがぱっと俺の手を握った。

 さっきまでは寒さで冷えていた俺の手は、カイロのように暖かくてマシュマロのように柔らかい感触に包まれた。


 えっっ


「成実くんなら絶対大丈夫だから‼」

「平野さん……」

「私、成実くんがいつも頑張っているところ知っているから絶対に大丈夫だと思う‼」


 平野さんは、俺の両手を握りながら正面を向くことは無かった。

 でも、手のぬくもりから確かに平野さんの強い気持ちを感じることができた。


 焦っていても仕方がない。

 今までの自分を信じよう。










昼休み

「優気!今日はがんばってね‼」

「ありがとう。島田さん」


 俺たちは今日もいつものメンバーで昼ご飯を食べていた。

 そして、もちろん今日の話題は俺の合格発表のことでいっぱいだった。


「6時間目終わった後はそのまま受験校に行くの?」

「そうだね。6時間目終わった後に鉄平と一緒にそのまま最寄りの駅から高校に行く予定」

「成実がんばってね‼」

「奥川さんもありがとう」

「俺もいるんだが」

「君誰?」

「鬼か⁉」

「うそうそ。鉄平のことも心のすみっこで応援しているから」

「心のすみっこかよ」

「何?私からそんなに応援の言葉が欲しいのー?」

「まさか」

「じゃあ、私の応援が欲しいかな~?」


 島田さんも悪乗りしてきた。


「嫌だな」

「そんなこと言わずに正直になれよ~」

「やめろ、D判定がうつる」

「喧嘩売ってんの!?」

「すまない。本音が出た」


 2人とも一機に戦闘態勢に変わった。

 その様子を見て島田さんを奥川さんが、鉄平を俺がゆっくりと眺めた。

 この2人は、1日1回はどこかで揉めている気がする。

 そして、俺と奥川さんがなだめ終えると、今度は平野さんが話を始めた。


「成実くん。頑張ってね」


 平野さんは笑顔で俺にエールを送ってくれた。

 正直、朝のことを思いだして少しにやけそうにもなったけど、みんなの前ということもあって何とかこらえた。

 でも、きっと完全に抑えることはできていなかっただろう。








放課後


「それじゃあ、また明日」


 俺はみんなにさよならを言った。


「じゃあね、2人とも!合格してたらグループラインで教えてね‼」

「分かった!」


 俺は緊張をほぐすために出来るだけ元気な声で返事をした。


 そして、俺たちは中学校に一番近い駅から電車に乗った。

 緊張しているときほど無駄口が多くなると言うけど、俺はその典型のようで目的の駅に着くまでひたすらどうでもいい話を鉄平にしていた。

 おかげで、目的の駅に着くころには鉄平はそうだなとしか言わなくなっていた。


「この後ってどっちの改札を出るんだっけ?」

「そうだな」

「右?」

「そうだな」

「でも、受験に来たときは左だったような」

「そうだな」

「聞いてる⁉」

「そうだな」

「……」

「……」

「俺が悪かったって‼」

「分かればよろしい」


 鉄平はやれやれといった表情で右へと進んでいった。







 俺は鉄平のおかげもあって何とか高校の正門前まで来ることができた。


「もう、合格発表の板が出ているね」

「みたいだな」

「緊張してる?」

「別に」


 鉄平の表情に特に変わりはない。


「優気の受験番号って何番だったか?」

「えっと、420だよ」

「鉄平は?」

「俺は200だ」

「そうか、それじゃあ、番号を見に行くとするか」

「そうだね」


 俺たちはそう言うと、合格発表の板が見える位置まで行った。

 正直、鉄平は勉強ができるほうだし問題があるとすれば俺だろう。

 俺は恐る恐る合格発表の板を見た。

 412、414、415、416、417、419……。






















 420






 あった‼




 俺は思わずその場で叫んでしまった。

 周りでも騒いでいる人も大勢いるし少しくらい大丈夫だろう

 よかった―‼

 俺は受験票を握り潰しそうな勢いで喜びを表現していた。

 すると、後ろから とんとんと肩を叩かれた。


「よかったな」

「ありがとう‼」


 俺は素直にお礼を言った。


「鉄平はどうだった?」


 俺は自分の合格に嬉しくなってそのままの勢いで鉄平に聞いた。

 鉄平は、いつもより少し高くて大きめの声で余裕な表情に少しばかりの笑顔を混ぜて答えた。


「聞くまでもないだろ?」

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