第4話 2/2 今できることを

2023年2月2日木曜日 第1週目


<朝の会前>

 

 俺は、いつもより少し遅い時間に学校に着いた。

 正確には朝の会の7分前。

 教室に入ると、いつものメンバーは平野さんと島田さん以外は全員がそろっていた。


「おはよ」


 俺はみんなの輪のところに行って軽くいつものように挨拶を交わした。

 すると、鉄平も含めてみんながおはようって挨拶をしてくれた。

 正直、昨日の島田さんとのやり取りがなかったら今日だから鉄平の顔を見るのが少しつらかっただろう。

 そして、後ろの方からたったったっと走ってくる音が聞こえた。


「おはよー、優気。今日もかわいいね!みんなもおはよう‼」


 島田さんは心なしかいつもよりか強くとんとんと肩を叩きながらいつものあいさつをした。


「かわいいっ言わないでって!」


 俺はいつもの島田さんのあいさつをいつものように返した。


「島田は相変わらず元気だな」


 鉄平もいつものように話を始めた。


「当たり前じゃん!昨日は受験の次の日で課題も無かったから元気100倍だよ‼」

「凛の場合はあってもしてこないじゃん」


 奥川さんが島田さんの方にぽんぽんと手を置きながら言った。


「もー、明日香はすぐにそういうことを言う」

「てか、入試の前日に出された国語の予習はやってきたのか」

「あ‼」

「やってないの?」

「なんちゃってね!」

「さすが島田さんだね」


 俺は奥川さんに続いて話に入った。

 さすがに入試もあったから家で勉強はしていたんだろう。


「まだ時間あるから大丈夫」


 前言撤回


 そして、なぜか島田さんは決め顔だった。


「1時間目の古典までの時間は?」

「15分」

「終わるのか」

「余裕‼」


 島田さんの表情はやる気にみなぎっていた。

 前日にその気持ちを持っておくべきでは?という疑問はいまさら持たない。


「がんばれ」


 俺は、少し強めにエールを送った。


「3ページくらいあるぞ」

「天才の桜ちゃんが頼り」


 自分でするつもりはないらしい。


「平野は今日いないぞ」


 鉄平の一言で島田さんから悲壮感が強く感じられた。


「ギリギリでこないかな」

「平野さんはそんなタイプじゃないね」


 今度は俺が答えた。

 昨日、関節的に振られたくせに何言っているんだと心の中では自分に悪態をつきながら。


「じゃあ、体調不良かー」

「諦めな」


 鉄平が余裕そうな表情で言った。


「仕方がない。今回は鉄平のノートで我慢してあげよう」

「仕方がない。今回は貸してやろう」


 鉄平は、珍しく島田さんの要求に応じた。


「やったー!たまにはいいとこあるじゃん‼」


 島田さんは鉄平から古典と書かれたノートを受け取ると同時にチャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。


 みんながゆっくり自分の席に戻ると、いつも通りの朝の会が始まった。

 出席確認の段階で平野さんはどうやら本当に体調不良で欠席らしい。

 朝の会はつつがなく進んでこのままいつも通り一時間目の時間が始まりそうだ。



「白紙じゃん‼」



 なんだかすごい怒りの声が近くから聞こえてきた気がするけど、それはいつも通りことなので特に気にしないでおこう。














<1時間目終了後>


「よくもやったね、鉄平!」

「さぁ、なんのことだか」


 2人が休み時間にいがみ合っているのは今に始まったことじゃない。


「古典のノートのことに決まってるじゃん‼」

「ちゃんと貸してやっただろ」

「何も書いてないじゃん!」


 島田さんはばしばしと鉄平をたたきながら迫っていた。

 まあ、自分でするべきでは?という疑問は持たないでおくことにした。


「俺が宿題をやっているとでも?」

「自信満々に言うことじゃないよ‼」

「それは、お前もだろ」

「……」


 たまにくる鉄平の正論。

 普段適当な分いきなり言われると案外グサッとくるから怖い。


「まっまぁ、とりあえずちゃんと提出できたからよかったじゃん」


 まだ1時間だというのに教室に思い空気が流れているのを感じてすかさず2人のフォローに入った。


「優気が見せてくれなかったら危うく補修になるところだったよー。ありがとう優気」


 ちなみに、結局ノートは俺が見せた。


「受験のためにも補修受けたほうが良かったんじゃないか」


 鉄平が余裕そうな表情でまた余計なことを言った。


「いらない!そんなことばっかり言ってると鉄平が補修になるよ‼」


 島田さんも言われっぱなしで収まる人じゃない。


「安心しろ。成績は常に上位をキープしている」

「あーもう!なんでこいつが頭いいのかな‼」


 鉄平は本当に成績優秀だから否定のしようがなかった。

 ペーパーテストだけなら県内2番手の学校を受けた平野さんと同じくらいだろう。

 まあ、宿題は出さないし、授業中は寝るしで授業態度が壊滅的だったため、内心点の関係で受験校は俺と一緒だっただけど。


「まあ、とりあえず課題は提出できたしよかったじゃん」


 奥川さんは暴れている犬をなだめるように島田さんの背中をぽんぽんと触りながらなだめた。


「かわいい優気のおかげだね‼」

「また、かわいいって言わないでって!」


 せっかくフォローしたのに島田さんは茶化しだした。

 まあ、ずっと言われ続けていると案外慣れてくるから言っている以上には困っていなかったりする。













<放課後>


俺と鉄平は国語の教科係だったため、先生が宿題をチェックしたみんなのノートを教室まで運ぶ仕事をさせられていた。

 残りのメンバーはそれぞれに用事があるそうだから、今日はそれぞれ別に帰ることになった。

 最近は受験の勉強とかもあってみんなで帰れていないなと、ふと少し寂しくなったりもする。

 俺はノートを運び終わって荷物をまとめると、鉄平とそのまま一緒に帰ることにした。


 帰り道は島田さんの時よりも同じ時間は長い。

 今日はノート運びで疲れたこともあってか鉄平の口数はそれほど多くはなかった。

 学校を出てしばらくすると無言の状態が続いた。

 そして、昨日の公園の近くに来たところで鉄平が再び話を始めた。


「なあ、優気は今好きなやついるか?」


 俺は全く予想していなかった質問が来て、戸惑ってしばらく無言になってしまった。


「俺は…」


 はっきりと返すことはできなかった。

 そして、そんな俺を見て鉄平は真っ直ぐ俺の方を見て言い放った。


「俺は恋愛に興味はない」

「え…」


 いきなり何をいっているのだろう。


「俺は昨日、平野に告白された」


 知っていたけど、言われたくない事実を本人から伝えられた。

 現場を見たから本当のことだということは頭の中ではしっかりと分かっている。

 でも、本人から言われるとさらに心の傷が形になる。


「そして、断った」

「…」


 何も返事をすることができなかった。

 それでも、鉄平は話を続けた。


「お前、平野のことが好きだろ?」


 っっっ!


「それは……」


 どうやら鉄平にすべてお見通しのようだ。


「ちなみに、お前の平野に対しての好意は平野本人以外、あのメンバー全員が気付いているぞ」


 まさかの鉄平どころの騒ぎではなかったらしい。


「なんで分かったの?」


 正直聞くのは怖かったが全員が気付いているってことは何か理由があると考えるのが自然だろう。


「それ、本気で言っているのか」


 対して鉄平は少し呆れた感じで俺に聞いた。

 俺はああとだけ答えた。

 だって、クラスの中では特にそういう言動は取っていないはずだ。


「自分が修学旅行でしたこと思いだしてみろ」


 修学旅行…?


 俺の脳裏の中にある記憶が蘇る。

 俺がしたことと言えば……。



 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。

 ないないないないないないないないないない。



 だって、あれは俺と平野さん以外誰も知らないはずだし。

 でも、鉄平は確信を持っているようだった。


「もしかして…見た?」

「ああ」


 鉄平の余裕そうな顔を見てもまず間違いないだろう。


「まじかぁぁぁぁ!」


 思わず大きな声で叫んでしまった。

 恥ずかしすぎてこの場から逃げ出したい。

 あれをみんなに見られていたとかさすがにきつい。

 よく今まで平然と接してくれたなと感謝の気持ちすら出てくる。


「そんなに驚くことか?」


 鉄平は心底以外そうな顔だ。


「当たり前だろー!」

「いいじゃねぇか。少しかっこよかったぞ。特に…」

「それ以上はやめろー‼」


 俺は自分よりも身長が大きい鉄平の頭を必死にたたきながらこれ以上は言わせまいと必死の抵抗をした。


「まあ、頑張れよ」


 鉄平は徹頭徹尾余裕そうな表情を崩すことはない。


「気楽に言うなよ。もう卒業まで一か月くらいしかないんだぞ。無理に決まっている」


 俺は少しやけになって鉄平に八つ当たりをするかのような口調で言った。


「そんなことはないぞ。卒業までの残り一か月ってのはその学校生活の中で一番密な時間なんだ。チャンスはいくらでもある」


 鉄平は顔では余裕そうな表情だったけれど、声のトーンは真剣だった。


「学校生活の中で一番密な時間か…」


 話に夢中になって横ばかりを見ていたが、ふと前を見ると鉄平の家の近くまで来ていた。


「まあ、とりあえず悔いのないように頑張れよ」


 俺は、曖昧な表情と声でああとだけ返事をした。




 そして、鉄平はそのままゆっくり自分のマンションの中へと入っていった。



 本当に俺はここから平野さんを振り向かせることはできるのだろうか。





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