第3話 2/1 気持ちを吐き出すということ


 どうすればいいだろう。




 俺は、どうしようもなくてしばらくの間木の陰に隠れていた。

 さっきから声が全く聞こえなくなったということはもう2人とも帰ってしまったんだろう。

 でも、今の俺にはこの地面から起き上がる気力は持ち合わせていない。

 もうだめだ。

 平野さんが告白した以上は俺にできることは何もない。

 さすがに残り一か月で振り向かせることは不可能と言っていいだろう。 

 結局、俺には分不相応な相手だったんだ。

 俺は、今までの人生にないくらい落ち込んだ。

 もはや涙すら出てこない。

 あまりにもつらいことがあると人間は泣くことすらできなんだなと初めて知った。


 もう、終わりだな…。


 俺は地面に顔を伏せていると、1人の聞き覚えのある声が聞こえた。


「優気。何しているの?」


 顔を見ることはできなかったが、とても聞き覚えのある声だ。


「大丈夫?」

「島田さん…」


 すっごく情けない声で島田さんに返事をした。

 泣いてはいないけど、きっと顔はぐしゃぐしゃになっているだろう。

 そして、島田さんはそんな俺に近寄って今にも触れそうな距離囁いた。


「ねえ、今から時間ある?」


 俺はただ頷くことしかできなかった。













 俺は島田さんにつられたまま近くの焼き鳥屋にいる。

 あの後、少し強引に腕を持ち上げられてなんとかここまで来ることができた。

 そして、焼き鳥屋に入ると一番奥のテーブル席に案内されて、島田さんは慣れた感じでネギマとつくねを2本ずつ注文した。

 まだあまり遅くない時間の放課後ということもあって、周りにいるのはほとんどがスーツを着た仕事帰りのおじさんだ。

 20代から50代くらいの人がほとんどで、間違っても俺たちと同じ世代の人はいない。

 こんなところに未成年2人で入っても大丈夫なのだろうか。

 まして今の俺たちは制服を着ている。

 俺の心配をよそに奥川さんが話を始めた。


「ねえ、大丈夫?」


 その答えに俺は返事をすることができなかった。


 正直、大丈夫かどうかで聞かれれば全く大丈夫ではない。

 でも、島田さんにそんなに気を遣わせるわけにはいかないという気持ちがあったため、言葉にすることはできなかった。


「ねえ、もしかして桜ちゃんが告白するところ見ちゃった?」


 俺の心臓がどきっとした。


 現実で見たことだから今更否定しようもないことだけど、改めて他の人から言葉にして言われるとショックな部分が大きかった。

 もう、俺に告白のチャンスはないんだと強く感じさせられたようで。

 全身から押し寄せてくる悲しみはやがて目から出てくる雫という形になって表れた。


「あれ……俺は、、」


 涙を止めようと必死になるが声すらまともに出なくなっていた。


「俺は……」

「どうしたの?」


 島田さんは優しく話かけてくれた。


「俺は、平野さんのことが好き……だった」


 そんな俺に島田さんは優しい目をしてゆっくりと聞いてくれた。


「そうなんだね」


 島田さんはあんまり驚いてはいなかった。

 きっと、さっきの状況を見て感づいていたんだろう。


「でも、だったってことは今は違うの?」

「いや、それは違う」


 俺は即座に否定した。


「じゃあ、どんなところが好きなの?」

「それは、まず優しさが好き。俺を含めて誰にでも優しくしてくれるところが好き。あと声もいい。落ち着いて優しい声はいつでも聴きたいって思える。あと、笑っている表情が好き。授業中に見える真面目な表情が好き。スポーツをしているところも。頭がいいところも。それと……」


 気が付くと、夢中で平野さんの好きなところをたくさん言っている自分がいた。

 今までの3年間の思い出が頭の中を駆け巡る。

 そして、改めて気が付くことができた。


 俺は、平野さんが大好きだ。


 3年間のこの思いはたった一度告白しているところを見ただけで揺らぐようなものではないと。


「どうやら大丈夫になったようだね」


 島田さんは優しい笑顔からいつもの明るい笑顔に戻っていた。


「うん。ありがとう」


 俺は、さっきまでとは見違えるほどに元気な声で島田さんにお礼を言った。

 そして、タイミングを見計らったように店員さんがさっき頼んだネギマとつくねがそれぞれ届いた。


「やっと届いたね!」

「そういえば、飲み物は?」

「あっそういえば忘れてたね」

「よっし。元気になったところで飲もうか!」

「飲むって何を?」

「黄色いしゅわしゅわした飲み物を!」

「何を飲ませる気!?」


 島田さんの元気の良さに俺はどれだけ救われるのだろうか。

 俺は改めて島田さんの凄さに気が付かされた。








 しばらくすると、リアルゴールドが2つテーブルに届けられた。


「リアルゴールドのことね……」

「なんだと思った?」

「お酒かと思った」

「そんなわけないじゃん。未成年だよ」


 まさかの笑顔でマジトーン。


「それじゃあ、かんぱーい!」


 島田さんの合図で一緒にグラスをこつんとぶつけた。


「ぷはー。やっぱ一日の終わりにはこれ(※リアルゴールド)だよね」

「そうだよな!」


 もう、なんだか一周回って俺も振り切れていつもなら軽く流す島田さんのノリにもついていった。


「やっぱり、これ(※リ〇ルゴールド)のしゅわしゅわ感がたまらないよね」

「やっぱ、これ(※リ〇ルゴールド)飲むと疲れが取れるよな!」


 なんだか自然と笑みがこぼれてくる。

 それから、しばらくはどうでもいいような話を続けた。

 島田さんの元気な笑顔に今まで何度救われたか分からない。

 そして、ふと初めから持っていた疑問をふと聞いてみることにした。


「そういえばなんでここ?」

「まさか、優気にはこの店の良さがわからないの!」

「いやっそうじゃないって」


 俺は急いで否定をした。

 どこからか殺気を感じる。

 なんだか店の奥から強面の店長っぽい人がこっちを見ているような……。


「そういう意味じゃなくて、なんでカフェとかじゃなくて焼き鳥屋にしたのかって意味」

「あー。そういうことね」


 島田さんは少し残念そうな表情をした。

 一方で店の奥からの殺気は止む気配はない。


 俺、ちゃんと訂正しましたけど…⁉


 島田さんは笑顔のままだった。

 まさか、ここで俺を出禁にするつもりか!?


「そんなの簡単なことだよ。だって、ここには同級生は絶対来ないじゃん」

「それはそうだけど……」


 確かにその通りだけど、学生2人で入る店としてあの公園を出てすぐに思いつくことはなかなか難しいだろう。

 それに、注文も慣れていた。


「ここに来たことあるの?」


 俺は、真っ先に浮かんだ考えをぶつけてみた。


「んー。来たことがあるっていうよりか、ここ私の親の店なんだよね」


 親の店?

 なるほどなと思った。

 だからすぐに来ることができたし、注文も手馴れていたんだ。

 そして、店長の目の理由もなんとなく分かった。

 そりゃ、中学生の1人娘が自分の居酒屋に男連れてきたらこうなるよな。

 俺は、うんうんと1人で勝手に首を振って納得をした。


「優気はどうしたの?」

「なんでもない。こっちの話」


 島田さんが不思議な目で見ていた。

 まあ、その目になる理由はわからんでもないけど。

 そして、店の端に掛けてある時計を見ると時刻は7時近くになっていた。


「俺、そろそろ帰らないと親が心配するから」

「そっか。じゃあ、そろそろお開きにしようか」

「優気は外で待ってて」


 そう言うと、島田さんは1人でレジへと向かった。

 さすがに、相談に乗ってもらっておいて奢ってもらうわけにはいかない。

 どちらかと言えば、俺が奢るべきだと思う。


「俺もお金払うよ」

「いいよ。いいよ」

「いや、さすがにそういうわけにはいかないよ。なんなら俺が奢ろうか?」

「大丈夫。今日は私も話ができて楽しかったから」

「でも、そういうわけには……」


 食い下がる俺に島田さんはいつもの笑顔で肩をぽんぽんと叩いた。


「それじゃあ、いつか私が困った時にはここに連れてきてもらって、優気に奢ってもらうってことでどうかな?」


 こんな言い方をされたら断るわけにはいかない。


 俺は、ありがとうと言って奢ってもらうことにした。








 お店を出ると、町は完全に暗くなっていて部活帰りの生徒がちらほらいる。

 そして、島田さんもこのまま家に帰るそうなので、今日はここで本当にさよならすることになった。


「今日はありがとうね」


 俺は島田さんにさよならを言う前に改めてきちんとお礼を言った。


「気にしなくても大丈夫だって!これからチャンスはいくらでもあるよ‼」

「ありがとう。それじゃあ、さよなら」


 俺はそういうと、帰り道を1人で歩き始めた。

 今日はいろいろなことが起こりすぎて頭の中がいっぱいだ。

 正直、島田さんがいなかったら明日以降もこの気持ちを引きずって残りの学校生活をだめにしてしまう可能性すらあった。

 島田さんには感謝してもしきれないだろう。

 そういえば、島田さんは学校では口ぐせのように俺に会ったらかわいいって言っていたのに、放課後に会ってから一度も言われていないような……。




 俺はすっかりと暗くなった夜の道を一歩ずつ歩いて家へと向かった。



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