第18話 奇跡

「ローズ・リングリンドです」

「入れ」


 三つ目の聖女が第三の目以外を閉じたまま入室する。

 彼女は指を鳴らし、骸骨で象られた椅子を呼び出して淑やかに座る。


「聖女らしくあろうという気持ちはないのか?」

「えぇ、微塵も」


 少しは否定しろよ。


「そうか……お前を呼んだのは他でもない。についてだ」

「……聖騎士、ではなくて?」

「そうだ」

「……続けてください」


 ローズは表情一つ変えずに先を促す。


「先日、宣戦布告で俺は”真の勇者”とやらに会った。どうやら戦死した勇者は偽者だったらしい」

「なるほど……アリア様からは聞いてませんし、初耳ですね」

「まあ、言わないだろうな」


 彼女は部下を不安にさせるような事を言わない。

 少しは弱音を吐いて欲しいところではあるが。


「で、その勇者について心当たりがあるか聞きたい」

「……至急聞きたいことがそれですか?」

「どうなんだ?」

「まったく。これっぽっちもありませんね」

「そうか、なら、この映像を見てほしい」

「映像?」


 俺は次元収納から水晶を取り出し、魔力を通した。


「それは……アーティファクト──『望遠晶』ですか?」

「ああ、つい最近入手したところまではよかったが使い方が分からず今日まで時間がかかってしまった」


 まあ、大嘘だが。

 人族の軍人以外には嘘をついてもペナルティーはない。


 敵の動向を探るのはスパイとして当たり前。

 俺の奥歯には望遠晶のトリガーとなる液体や痛覚遮断の薬品などなど──俺が魔力で命ずることで溶け落ちてくるアイテムが仕込まれている。


 ゲームでは『奥歯に色々仕込んであるぞ!』程度のテキストでしか語られていなかったがな。


 水晶に黒い墨が広がってゆき、段々と一つの景色を映し出す。

 赤黒い魔力光で満ちた鍾乳洞──俺がつい最近まで通っていた道だ。

 歩いているのだろうか、規則的かつ上下に映像が揺れている。


になっているのは会った聖騎士団団長だ。どさくさに紛れてトリガーの墨を吐きかけてやったんだ」

「……とんでもない事をしでかしてますね。で、これを見てたら何か面白いことが起きたりするのですか?」


 ローズの問いには答えず、映像が見えづらいので蝋燭の火を消す。

 暗闇の中、水晶の中の映像はやがて新展開を迎える。


 映像が激しく揺れる。


 すると白髪の少女が前方に転がり、殺意を込めた目でこちらを睨め付けてくるのだ。


「この子に覚えは?」

「……知りませんわ」


 ほのかに見えるローズの表情に変化はない。

 少女が大地を破壊するほどの暴れっぷりをみせても、どちらかといえば俺がギョッとするだけでローズに変化はない。


 呼吸、脈拍、挙動、言動に不自然な点はやはり無い。

 ローズはかもな。

 蝋燭に火を灯し、部屋に光を戻す。


「そうか、実はこの少女が例の勇者なんだが……対策を練りたい。何か思うところはあるか?」

「……勇者であれば、闇の魔法は効きませんので肉弾戦を仕掛けるのが得策かと」

「常套手段だな」


 まさか、聖職者の頂点たる『聖女』ですら知り得ないとは。

 そんなことを聞きたいわけではないのだが……


「それだけか?」

「ええ」

「……悪いな、呼びつけてしまって」

「なんてことありませんわ。アリア様に報告を上げる前に、有識者っぽい聖女に意見を仰いだだけのことでしょう? 映像は変なところで切れてしまいましたし、緊急なことは分かります」


 映像は俺があえて切った。

 

「……その通りだ。では、これからアリア様の元へ向かう。時間を割いてくれたことに感謝する」

「フフ……べつに感謝など。わたくしも総司令と二人きりで話したいと、常々思っていましたので。それでは失礼します、アリア様と熱い夜を」


 フフフフ──とやけに響く声で笑いながらローズを退室する。


 彼女が本当に知らないとなると、はてさてレイスはいったいどこから情報を仕入れたのか。

 王ですらリムは縛り付けるしかないという状況下で、奴はリムを暴れさせることなく俺のもとまで連れてきたのだ。立ち回りといい、いろいろとがあるな。


 ……くそ、頭が痛い。

 面倒な熟考は明日にしよう。

 まだ今日は終わっていないのだから。

 

「……行くか」


 続いて向かうのは謁見の間。

 アリアは魔王らしくほとんどの時間をここで過ごしている。


 三度ノックをし、しばらく待っても返しがなかったので入室する旨を宣言して扉を開く。


「いない?」


 玉座に彼女の姿がない。

 珍しいことがあるものだ。

 

 ならば執務室ならどうだ。

 そう思って向かったが、やはりいない。


 であれば彼女が居そうな場所は──自室か。


 上司のプライベートな部屋へ夜遅く行くのは少々気がひけるが仕方ない。

 一日一時間ルールは守らなければならないのだ。


「ふぅ〜〜〜〜、っし」


 気を引き締め、高鳴る鼓動を強引に抑えつけてノックする。

 

 すると、中からドタバタと騒がしい音がして「どうぞ〜」と返ってきた。


 なんだ? 

 まあ、ちゃんとアリアの声が聞けて安心はするが。


「失礼します」

「ぁあっ、やっぱり待って! 私がっ、開けるから!」


 アリアの制止は少し遅く、ドアは無常に開く。


 手を伸ばした状態で固まった彼女は薄ピンクのネグリジェ姿で、胸元にはクマのぬいぐるみを抱き抱えており──


「〜〜〜っっ、ひどいよぅ。ばか」


 威厳たっぷりの魔王が。

 最強の魔王が。

 顔を真っ赤に染めてうずくまっている。


「……な、んだと?」


 俺は汚れなき一筋の涙を流し、膝から崩れ落ちる。


 その涙の名は『感謝』。

 目まぐるしい一日の中に咲いた、オアシスという名の花に感謝しているのだ。


 不意に出会えた奇跡にただただ平伏するほかなかった。

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