研究者の置き土産

 レイトはコンソールの前に立ち、まずは数あるボタンやレバーを観察する。パソコンと違い、どの場所に何の機能が割り振られているかが分からないから大変だ。

 幸い、中央手前に埋め込まれたキーボードだけは通常のパソコンと同じキー配列をしているようだった。とにもかくにもまずは電源を入れなければと、レイトはそれらしきボタンに手を伸ばす。


 電源ボタンのある場所はどんな機械でも大体パターンが定まっているものだが、今回も例外ではないようだ。低い起動音が地を震わせ、奥のモニターにプログラムの白い文字が高速で流れ始める。それが収まってデスクトップが起動すると、続いて正面のドームにも大きな画面が投影された。映像は乱れていたが、特に支障なく見られそうだ。


「はーん。投影技術って、こんな昔からあったのな」

「ハルキ、邪魔だから画面の前で手ぇ振らないで。それで……ニタちゃん、その左端のレバーとつまみ、分かる? それでカメラ操作ができるはずだから、戦闘機を追ってみてくれないかな」

「う、うん。えっと、こっちのつまみを上に……わっ、おっきくなった!」


 投影画面に映る空の映像が、ニタの操作と連動して縦横無尽に動き回る。思わず酔ってしまいそうになり、レイトは口を押さえると慌ててモニターに視線を戻した。椅子に腰を下ろす。長時間作業にはうってつけの、クッションの柔らかさが身体にフィットした。


 オプションの中に、各操作のヘルプが載っている。とりあえずこれで、コンソールの操作問題は解決しそうだ。


「なあ、それ読めるんだよな」ハルキの頭がレイトの視線上に割り込む。「さっきのモニターのは意味不明だったのに、なんでこっちは普通の言語なんだよ。隠すならこっちだろ」

「最後に使ってたのがあの研究者だったから、だと思う」レイトは答え、ハルキの頭を押しのけた。「人がいなくなって隠す必要がなかったのと、単純にあの人はこの部屋の技術者じゃなかったから……自分の使いやすい言語設定に、戻したんじゃないかな」


 どちらにしろ、三人にとってはラッキーだった。オプションタブを開いたまま最小化したレイトは、続いてシステムの一覧に目を通す。もしこの端末で何らかの有効操作が行えるなら、この中にその名前があるはずだった。


「緊急時対応強制システムシャットダウン……は、この施設の管理システムので。メンテナンス用の帰走処理プログラム……は、一台ずつしか信号を飛ばせないのか。まあ、最悪これで時間をかけてやればできるかな」


 ……本当に時間で解決できるだろうか。不安になったレイトは、兵器の管理システムらしきアプリを探し当てて起動してみる。このアプリでは大まかな情勢と稼働状況のモニターができるだけで、こちらから直接干渉するような措置は別システムの管理下にあるようだった。


「へー、やっぱ拮抗状態なんだな。で、この数字はどう見るんだ?」

「一番左に並んでる項目が兵器の種類で、数字が左からそれぞれの稼働数……と、メンテナンスが必要な数……うわ、当たり前だけど八割方が破損状態だね」

「元気に動いてるやつが二割もいるってことの方が恐ろしいけどな。しかもこれ、どうしようもなくぶっ壊れてるやつも当然いるわけだろ?」

「そうだね、それは稼働数に含まれてないはずだから……これ、元々はものすごい数だったんじゃないかな」


 現在稼働している総数は、およそ一万個体ほど。十五分で帰走できると仮定しても、メンテナンス用のプログラムだけで全てを回収しきるには百日以上かかる計算だ。


 であれば、やはり他の手を考えなくてはいけない。レイトは管理アプリの画面を縮小して端に寄せ、再びシステム一覧を引っ張り出す。確かここにもう一つ、気になるものがあった。


 今度はエクスプローラーを呼び出して、該当箇所を検索して。現れたファイルを開いて、中に一つだけ入っていたドキュメントを読んで……。


「ねえ、レイちゃん。思ったんだけど」カメラの操作に慣れて来たらしいニタが呟く。「戦争って、二つの国の喧嘩なんでしょ? それって――」

「――ああ、やられた。そういうことか!」


 思わず、言葉が口をついて飛びだした。


 ニタとハルキが呆気にとられたような表情で見守る中、レイトは部屋の隅で沈黙を守る研究者の遺骨に恨みを込めた視線を向ける。やっと、彼がここにいた意味が理解できた。


「……二人とも、ちょっとこの画面、見てほしいんだけど」

「『平和条約締結に基づく、第四次グラフト戦争終結に向けての無人兵器緊急全機停止プロトコル』……や、見せられたって分かんねぇぞ俺たちには。解説してくれって」


 椅子の背もたれに上半身を預け、ぐったりと天井を見上げるレイトの肩をハルキが揺する。レイトは呻き声をあげながら、大きく息を吐いて姿勢をまっすぐに戻した。


「うん……これが、探してた戦争を止めるシステムそのものなんだけど。まあこの条約文はほっといて、プロトコルっていうのは手順を示してるんだ。要は説明書みたいなものだね」

「じゃあ、ここに書いてある通りにやればできるってことなの?」

「うん。ただ、肝心の実行ファイルがここにはないんだ。元々なかったんじゃなくて、消された。百年くらい前のログが残ってる。たぶん……あの研究者が、消したんだ」


 もしかしたら彼はただここに座っていただけで、同時期に生き残っていた最後から二人目がやったのかもしれないが。それはまあ、些細な問題だろう。


「嫌がらせってんじゃないだろ?」ハルキが渋い表情で視線を遺骨に向ける。「戦争を止めてほしくなかった、ってことだよな。んな予防線張ってまで勝つことに執着して……そんなに忠義者なのかね、研究者ってのは」

「いや、そうじゃないんだ。さっきは遮っちゃったけど、ニタちゃんは気づいてたよね?」


 ハルキはますます大量のクエスチョンマークを頭上に浮かべている。さっきのだよね、と不安げに訊き返したニタが言葉を繋いだ。


「ええと、そう……戦争って、二つの国の喧嘩だから。この場所から両方の国の機械を止めることって、できるのかなって」

「そういうこと。結論から言うと、できないんだ。僕もすっかり思い違いをしてて、この文書を読んでなかったら取り返しのつかない事態を引き起こすところだった。危なかったよ」

「あーなるほど。つまり、こっちの兵器だけ止まることになると。そしたら……ああ。『向こうのが突っ込んでくる』のか」

「そう、しかもそれだけじゃない」レイトは立ち上がり、ドームに映る景色の遠くの方を指さす。「あの奥の、細長い柱みたいなの分かる? あれから特殊な電波を流して兵器を止めるんだけど、有効範囲があるんだ。その範囲を出てしまったら、もう二度と走り出したあちら側の兵器を止めることはできない」


 条約で定められている以上、不要な混乱を避けるためにも他の方法は用意されていないだろう。それは向こう側でも同じはずで、つまり両側で同時に緊急停止操作を行わないといけないということになる。


 何万体もの兵器がぶつかり合う戦場だ。こちら側で操作を完了してから移動したのでは、とても間に合わないだろう。


 だから、最後に残った彼はこの操作を封じたのだ。たとえ人がいなくなった後だとしても、万が一にも自国が踏み荒らされてしまわないように。


「この文書、長くてまだ概要しか読んでないんだ。プログラムの異常があった時のために手動でどうにかする手順が書いてあると思うから……今日一日かけて、なんとか読み解いてみる。ハルキとニタちゃんは、先の調査を進めておいてくれないかな」


 せっかく見つけた唯一の方法だ、絶対に無駄にはしたくない。レイトの真剣なまなざしに押されたのか、二人は無言で頷くと観測室を出て行った。


 階段を下りる足音が、遠く薄れて聞こえなくなる。


 ゆっくりと目を閉じて、大きく深呼吸を一回。レイトは気合を入れて、専門用語だらけの文章を目で追い始めた。

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