第27話 狡猾

 そのまほうは、魚の体を綺麗に貫いた。しかし、魔法で作っただけの刃はすぐに消えてしまうことに加え、まだ命を奪った訳では無い。


 改物は痛みを少しでも軽減しようともがき、刃はさらに奥へと刺さってしまう。


 私は自分の非力さ、無能さを嘆いた。これ以上私にできることはないのだろうか。


 とっておきの魔法はもう使ってしまった。私ができることは……ウズも使える水魔法を繰り出すことだけだ。


 少しづつ溢れてくる赤黒い液体に、どうしようもない絶望感を覚える。しかも、それを土台に、彼女を「詐欺師」などと揶揄した罪悪感という要らないスパイスが加わり、私の精神は八方塞がりそのものだった。


 刃物を抜くことも考えた。近づいた方がいいのかもしれないとも思った。だが、刺さった刃物を抜くことはかえって悪化を招いてしまう、と言う予備知識が邪魔をした――


 ――いや、単に怖いのだ。あの魚に私まで刺されてしまうことが。


 こういう時、正義の味方なら危険を顧みず助けてしまうのだろうか。


 私には……無理だ。


「……たさん!再立さん!!」


「――?」


「応援が来ましたよ!」


 ウズのその一言があっても、私はまだ正気を取り戻せずにいた。ただ溢れる血を眺めるだけ。


「再立さん!!もう魚は動いていませんよ!!」


「――あ」


「早くこちらへ!!」


 私は意識がぐちゃぐちゃなまま、ウズの手招く方へと歩き始めた。ウズと私はやってきた移動用の託使へと乗り込み、出発を待った。


 私たちが乗った託使以外にも、三台の白い託使が来ており、その中から数名の人が道具を持って救護にあたっている。


 救護班らしき人々が担架を持ち出し、その上に幸福魔法使いを乗せようとする。しかし、やはり腹部に刺さる改物が厄介だった。


 なにせ、あの改物はただの刃物とは違って魚だ。重心がおかしな位置にある。そのせいでどうしても左右に倒れそうになってしまう。そうなれば傷はさらに深くなることは避けられない。


 それ故、先に魚の七割が包丁のようなもので切除され、単体で安定することを確認してから担架に乗せられた。


 魚と魔法使いの血が混ざり、川石の上に広がっている。


 私がその様子を見届けると、それに呼応するように託使が宙に浮きはじめる。


 救護班の人たちは「脈拍アリ」だとか、「出血量幾許」だとかそれっぽいことを言っているが、その中に「マズイな、今日回復魔法使えるヤツ居ないぞ……」という信じられない一言があるのを、私は聞き逃さなかった。


◆ ◆ ◆


 モエは面倒な依頼主に頭を悩ませていた。なんせ、「なんですぐに燃やせないんだ!!すぐ燃やせ!!ほら!!燃やせないなら料金は払わんぞ!!」など言われてしまっては……ただただ困ってしまう。


 先程も思ったことだが、「恋人との思い出を断ち切る」だなんて依頼にここまで大きな箱が必要だとは、どうしても思えない。


 考えられる線としては……葬儀か爆発物、だろうか?


 まず葬儀についてだが、モエたちの火付け屋では「葬儀場以外で遺体に火をつけることは原則禁止」となっている。


 これは様々なリスク回避の意味がある。葬儀屋の売上を奪うことになるし、誤って生者に火を放ってしまった場合は罪に問われかねない。


 次に爆発物について。「ただ爆弾を入れるだけなら、人が入れるくらいの大きな箱を使う必要なんてないんじゃないか?」と思うかもしれない。


 しかし、爆発物がとてつもなく大きく、街全体を巻き込むほどの火薬が入る、という可能性も否定できないのだ。もしそうなら……とんでもない事になりかねない。


 モエは少し勇気を出して依頼主に一言かける。


「――失礼ですが、木箱の中を見せていただいてもよろしいですか?」


 すると、ただでさえ恐ろしい形相をしていた依頼主の顔が、さらにとてつもないものになった。それはもう、抽象的に表現するしかない程のものだ。


「あぁ!?テメェそんなのが許されるわけねぇだろうがァァ!!」


 モエは声の大きさに少しだけたじろぐが、それ以上の危機回避を優先し、毅然とした態度で対応する。


「お代はいりませんから。中を見ますよ」


 モエは依頼主に止められる前に行動し、一気に蓋を開ける。――そこには、やはり遺体が置かれていた。綺麗な黒髪ロングの女性。拘束などは何も無いし、抵抗痕もない。パッと見は外傷のない綺麗な体だ。


「――はぁ、お客様、困りますよ。依頼出す時に説明されませんでしたか?遺体は葬儀場を通してくださいって……」


 モエがそう説明していると、ショウがモエの袖を引っ張った。


「モエさん……箱の中、よく見てください」


「え?」


 モエが言われた通りに箱の中を見つめると、少しではあるが女性の体が動いているように見えた。


 ……いや、少しではない。これは――


 ――間違いなく、呼吸だ。


「ま、まさかあなた……生きてる人を……!?」


 依頼主はそう訊いたモエに向かって手をかざし、一つの単語を呟いた。


「『誘眠ゆうみん』」


「なっ、魔法っ!?」


 異変はすぐに訪れた。モエのまぶたが異常に重くなったのだ。まさに『眠気を誘われた』状態。


「モエさん!」


 ショウが呼びかけるが、モエはそれに構っていられない。とにかく自らの意識を保つことで精一杯なのだ。


(まさか、箱の中の女性を魔法で眠らせて、私たちに手をかけさせるつもりだった……ということでしょうか……?)


 モエの予想は正しかった。依頼主は、自らの手を汚さないために火付け屋を使ったのだ。


「ずっと、眠れない時の睡眠薬くらいにしか役に立たねぇ魔法だと思ってきた。でも……ただ『眠らせる』ことがこんなに強いだなんてなっ!」


 ……依頼主は気分よく笑った。

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もっかい! 魔法と革命のための討伐物語 青野ハマナツ @hamanatsu_aono

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