第17話 治安維持部隊

 洞窟の奥側には嫌な光景が広がっていた。バラバラになったコウモリの改物と、グチャグチャになった人間らしきなにか。フレバはその光景をあくびしながら見つめる。


「いやぁ、酷いねー。ここまで惨たらしい光景って作れるものなんだなぁ。というか、女四人、男二人のチームってどうなのよ?」


 フレバはその場にしゃがみ、肉片をまじまじと観察する。この体からは血液だけが極端に減っている。さすがコウモリだ。


 関心していると、ひとつの違和感に気づく。この肉片、どうも今日死んだものとは思えない。昨日か、一昨日か。そんなところだろう。


「へぇー、なるほど。仇討ちみたいな感じなのかな?まあよく分からないけどさ」


 フレバはこの遺体をどうするものかと悩んでいた。持ち帰ろうか……でも重いし汚いしなぁ……そう思っていると後ろからなにか声がしてくる。


「おい、フレバ。うつつを抜かしている暇は無いぞ。とっとと逃がした奴らを殺すんだよ」


「あれ?珍しいなぁ、フレバちゃんを迎えに来たの?サストちゃん」


 サストと呼ばれた高身長の女はひとつため息をついた。


「はぁ、貴様、私は仮にも上司だぞ?せめてさん付けで呼べ」


「嫌だよー。同期を今更さん付けで呼べるわけないじゃん」


「――本当にダメなやつだ。逃がしたなら今すぐにでも見つけて殺せ。いいな?」


 フレバはサストの雑な態度に腹を立てた。


「殺さなきゃいけないなら、指名手配つけてよ。懸賞金もたんまり、ね?」


「いや、手配は付けないぞ。使える駒が減るからな」


「駒が減るってなによ?治安維持隊なんて沢山いるんだから、そんなこと気にしなくてもいいんじゃない?」


「違うぞ。手配を付けるということは懸賞金を付けるということ。すると、民衆が金目当てに裏切る可能性が出てくる。しかし、手配されるほどの実力者はその行為自体を力でねじ伏せられる。すると、民は減り、どこかのタイミングで金も減り……こうなれば王府にとっては最悪の結末だ。手配は本当に重要な人物のみに適用される。今回のはすごい実績がある訳でもないんだから、そもそも付くわけがねぇ」


「炎魔法使いの女は結構色々やってるみたいだけどね」


「『結構やってる』って程度なら無限にいる。さ、行くぞ。遺体は放置でいい。採石場の人間が勝手になんかするだろ」


 フレバとサストは王府の支部へと帰っていく。


 ――治安維持部隊は改物の力無しでは機能しない、と言われている。そもそも、現在の王府には積もり積もった民の不信感がある。そこにわざわざ入る物好きは少ないし、最近は一般人も魔法がどんどんと強くなってきている。


 改物なしで一般人の反乱を完全に止めることは出来ない。強くなった一般人たちがとてつもない数で結託したら人手が足りない中で人数差で負けてしまう。


 なぜ反乱が起きないのか、と言えば改物が人々の動きをある程度コントロール出来ているからだ。改物はとても強く、並大抵の魔法使いは簡単に倒せてしまう。つまり、改物討伐に向かうのはかなり強い魔法使いとなる。


 すなわち、人々をまとめあげられる才能を持った強い魔法使いは不在な時間が多くなる。すると、人々は社会不安から不信感に陥り、まとまりづらくなる。そうすれば自然と反乱は減る。改物がいるだけで、王にとっての治安は維持されているのだった。


◆ ◆ ◆


「ウズ、傷の状態はどう?」


 私は託使に乗りながらウズに怪我の状況を確認する。


「多分大丈夫です」


 ウズは腕を触りながら答えた。それでもやっぱり不安だ。


 そんなふうに心配していると、ポケット中でなにかが震える。私は震えの主を取り出してみる。――話札だ。話札を通しているリングが震えている。さらに、一番上に付いている紙がピンクから青に変色している。へぇ、着信の時はこうなるのか。私は青色の紙を取り出し、耳に当てた。


「もしもし?」


『再立か?なぁ、討伐機構の職員が二人斬殺されたっていう情報が入ってきたんだが……何か知らないか?』


「――ここに来てそれを聞くの?もう知ってるよね?私たちのミスで――」


『違う!それは昨日の話だろ!俺が聞きたいのは今日の話なんだよ』


「今日の話……?それは分からないや」


『――そうか。わかった』


 トゴーがそう言うと、話札はビリッと破れて下に落ちてしまった。斬殺……?ということは……私たちが倒したやつの他にもいる?ということだろうか?


◇ ◇ ◇


「お邪魔しまーす」


 私たち四人は今日もまたトゴーの店にやってきていた。


「おう。まあ、とりあえずこっち来てくれ」


私とモエの二人だけが呼ばれ、店の奥へと案内される。そこには、小さな木製の机がちょこんと置いてあり、周りに椅子が四つ置いてある。


「座ってくれ」


「どうしたんですか?」


 モエが質問する。彼女は私とトゴーの会話を知らない。


「いや、再立には話したんだけどな……?お前らが改物を倒した後に、討伐機構のヤツらが二人斬殺されたって話なんだ」


 モエは衝撃を受けた。斬殺……?私たちの目の前で散ったあの人たちと全く同じ死に方じゃないか。


「それは、アイツとは別の改物が現れたってことですか……?」


「いや、どうもそうじゃないらしいんだ。洞窟内や周辺を調査しても、斬撃が主な攻撃方法の改物は発見されなかった。それに、死亡場所は洞窟の中じゃなくて……外にある大きな岩の近くだったらしい」


 岩の近く……どういうことだろうか?いやまてよ?岩の近く……?


 ――まさか?


「ちょっと心当たりあるかも」


「再立さんにですか?あ、いやいや、経験が浅いとかそういう意味で言った訳じゃなくてですね――」


「わかってるよ。でも、心当たりは本当にある」


「――心当たりってのは?」


 改物では無い、岩の近く。この二つが確信へと繋がっていった。


「たぶん、それはフレバだと思う」


「――ふれば?ってなんだ?」


「えっと、『ポリス』、だっけ?そこに所属してるやつらしい」


 その言葉を聞いたトゴーの顔は、先程よりも一気に渋くなった。


「――そうか。お前らもそこに目をつけられちまったか」


「どういうこと?」


「ああ、ポリスってのはな、治安維持部隊っていう名前の組織なんだよ。愛称が付いたのは最近らしいんだが、治安維持部隊っての自体はずっとあった。こいつらは、いわゆる指名手配っていうのを出すことで有名なんだ。それを出されたやつはとことん目をつけられて、ガンガン隊員が襲って来るようになる」


 ――そうか、あれほどの強さを持った人間が何人も……いや、フレバはただの「隊員」だと名乗っていた。つまり、幹部クラスになればあれを遥かに上回る力を持った奴と対峙しないといけないのか?


「一回、目をつけられて……尚且つ人間を殺傷をした改物を討伐している……思ったよりも辛い状況かもしれないぞ」


「そんなに?」


「ああ。維持隊が何人も襲ってくるだけじゃない。指名手配ってのは懸賞金がかかる。となるとこちら側の人間が裏切る可能性が無いとは言えない」


「そんな……」


「まあ、救いが無いわけじゃない。懸賞金を貰う条件は、『死んでいること』なんだよ」


「なんの救いにもなってないじゃん!強い人に裏切られちゃったら意味が無いし、懸賞金狙いの盗賊みたいなのに襲われたら間違いなくやられるだろうし!」


「落ち着け。いいか?裏切りについてはそこまで心配しなくていい。手配ってのはされた時点で、とんでもない猛者つわものだって国からお墨付きを得たも同然なんだよ。そんなやつに挑むなんて無謀すぎる」


 そうか、懸賞金が高ければ高いほど、強い改物を討伐してるってことだもんな。


「つまり、その猛者を倒せるのは同じような猛者だけ。でも、そんな猛者は別に懸賞金に頼らなくたって普通に改物討伐で稼いでる。私怨か強いヤツと戦いたい以外で倒す理由なんてないんだよ」


 逆に言えば私怨持ってる人と強いヤツと戦いたいっていう戦闘狂とは戦わなけりゃならないのか……


「あとは懸賞金狩りについてだが、はっきりいってこれを仕事にするやつはほぼ居ない。実は、懸賞金ってのはかなり安いんだ。改物討伐で十万円貰える強さで五千円しか貰えない、みたいな。そんな感じ。安すぎて結託するやつはいないし、挑んでもすぐ死ぬし。割にあってないんだよ」


「じゃあ、懸賞金なんていらないんじゃないの?意味ないじゃん」


「いや、ソイツはちょっと違うんだわ。懸賞金の最大の目的は、弱者を減らしつつ、運が良ければ強者も減るっていうところだ」


「弱者を減らす?それが目的って、どういう理屈?」


「今の王府になってから色々ごたついているのに加えて、経済は混乱を喫している。弱者と呼ばれる人間を減らせば、相対的に強者が増える。そうなれば経済が良くなっていると錯覚させられるわけだ」


 ずるい。直接人間を減らして見た目を良くするだなんて信じられない。私は静かに怒りを燃やすのだった。

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