第6話 仲間

 高校以来の制服を身に付けると、異様なまでに心臓が高鳴り始める。は、恥ずかしい……

 私の高校はセーラーじゃなくてブレザーだった。その着慣れてなさが逆にキツさを醸し出している。でも、先程の戦闘を経験した感じ、着物は動きづらいだろうし、ゴスロリも似合わないだろうし……私みたいなちっこいのは制服が関の山――なんだろうと思う。


「再立さん、ご飯でも食べに行きますか?」


 気がつくと辺りは段々と暗くなり始めていた。お腹も空いてきたし、どこかに食べに行こう。


◇ ◇ ◇


 ということで、私たちはまた試撃場にやってきていた。先程行った食事処がある、というのはもちろん、あの戦闘の後処理を何もしていないということでここが選ばれるのは半ば当然と言ったところだった。


 施設の中に入ると、数名の職員らしき男たちが死体の処理をしていた。巨体の焦げを切り落とし、出てきた体液を樽に回収する。戦闘時にはどこか人間のような面影を残していたが、一度死体になった体には人間らしさはどこにもなく、ただ本当に巨大な虫といった感じだ。


「――なんだか惨いね」


「こんなのしょっちゅうです」


 切り取られた体や、体液の入った樽は金属製のソリのようなものに載せられていく。彼らの手つきはまさにプロ級だ。


「明日は三十日……月末で良かったですね。もしこれが月初めだったら厄介だっただろうなぁ……」


「え?何かあるの?」


「ええ。この地域では月末に改物の遺体を集めて堆肥にするという文化があるんですよ」


「あー、農業に使うわけね」


「はい。今が六月なので米農家さんは本腰を入れる頃ですね」


「ちょっと待って?六月?水無月とかじゃなくて?」


「そこも認識に差異があるのですか……まさか、『たまに閏月うるうづきがあるんでしょ〜』とか言い出すんじゃないですよね?現在の王府誕生と同時に改暦されてますから」


 太陽暦なのか……文化の発展の仕方が違うとはいえ、なんだか不思議な感じだ。


「――にしても、あんなでかいヤツを倒したのか」


「再立さんがあそこで魔法を使ったおかげですよ」


 そんなふうに言われるとなんだか照れる。


 ――でも、この力は本当に私自身の力なのだろうか?『リピート』はこの体が勝手に覚えてたものだし、魔法の効果も他人の魔法を模倣するというもの。結局私は何もやってない……?いやいや、そんなことは無いはず。魔法を撃つタイミングは私が決めてるわけだし、経験がそっくりそのまま力になるとも言える。この才能はどこかの誰かがくれたもの。そう思おう。


 改物の遺体はみるみる無くなっていき、元々のおよそ半分ほどの大きさになった。すると、荷物が載ったソリがフワッと宙に浮き、街の外れの方へと飛び立った。これも魔法か。元の世界よりも全然便利じゃん。


「わぁ、すごい!」


 この一言は私が言った訳では無い。かと言ってモエが言った訳でもない。じゃあ誰が言ったのか。


「あ、あ、ごめんなさい!」


 そこには必死で謝る小さな水色髪の女の子が居た。その短めのツーサイドアップは正しく『魔法少女です!』と自己紹介しているかのようだ。


「え、えっと、私は悪者じゃないです!」


「見ればわかるよー?どうしたの?迷子?」


「い、いえ、迷子じゃないです……ウズは、孤児なんです」


 自らのことを『ウズ』と称する少女は怯えたような表情で私たちを見上げる。


「う、ウズは、ただの水魔法使いです。でも、おとうさんとおかあさんはどこかに行ってしまいました。おうちもわるい人に取られました」


 ウズはちょっと泣きそうな表情で話した。

水魔法、ってことはモエとの相性は良いのかな?あくまで戦ったらって話だけど。


「ウズはお昼の戦いみてました。かっこよかったです!ウズもおふたりみたいな魔法使いになりたいです!」


 ウズは憧れの視線をこちらに向ける。モエはそんなウズの視線を見ながら言葉を返す。


「ウズちゃん、水魔法使いはその汎用性……じゃなくて……便利さから覚えてる人がたくさん居るけど、上手く使える人はごく僅かです。でも、使いこなせればとてつもない力になると思います。どうですか?お姉さんたちと一緒に来ますか?戦いには参加させてあげられないでしょうけど。ねえ再立さん?」


「え、モエがいいならいいと思うよ!」


 私はモエの問いかけを即座に返す。このままだと本当にかわいそうだし、仲間が増えるのは歓迎できることだし。どこかで里親が見つかるかもしれない。


「うれしいです!ウズ、一生懸命お手伝いします!!」


 ウズは子供らしい好奇心に満ち溢れた目を輝かせた。


「さて、仲間も増えたことですし、腹ごしらえといきましょう。お昼とお店は一緒ですけどね」


◇ ◇ ◇


「ごめんくださーい」


 店内に入ると、トゴーが焦ったような表情でこちらを見た。


「うぉー!あー良かった!お前ら、討伐だけして無責任に帰ってんじゃねぇよ!ほら、改物討伐機構から報酬が出てるぞ!」


 トゴーの手には十枚の金色硬貨があった。それには「一万」と書かれている。すごい、あれを倒すとこんなに稼げるものなのか……


「え、貰っていいの?」


「もちろんだ!お前らが倒したんだからな!」


 ――うれしい。うれしいうれしい!!こんなにお金が貰えるだなんて!!

 心の中が高鳴る。喜びの感情が頭の中を駆け巡り、ふわふわした感覚になる。しかし、その感覚はひとつの疑問に阻まれる格好になった。


「――えっと、ところで改物討伐機構ってなに?」


「ウズも気になります」


「王府とは無関係の団体で、毎日討伐依頼を公示してそれを達成した人に依頼金を報酬として渡す、そんな組織です。先程の処理してた人たちもこの組織の人です」


 へえ、よく分からないけど、どこぞの狩りゲーで言うところの受け付け、みたいな?ちょっと違うかな?


「依頼外の討伐にもある程度は報酬が発生すんだよ。今回はそれに該当すっから、お前らにも報酬が出たってわけ」


「――ていうか、その報酬をなんでトゴーが持ってるわけ?別にこの試撃場の管理者ってわけじゃないんでしょ?」


「呼び捨てかよ。あーいや、俺は元々その機構の人間だからな。それに、ここの管理人は爺さんだから、現状俺が代わりに半分管理しとんのよ」


 なるほど。だからこの男はある程度改物や魔法に詳しいのか。少し繋がった気がする。


「ささ、もう俺のことはいいだろ。お前らはどうせ飯食いに来たんだろうから食え。今回は命を救ってくれた謝礼ってことでタダにしとくからさ」


「ええっ!ウズは何もしてないけど、良いんですか?」


「あー、え?まあ、いいんじゃね?」


「うれしい!たくさん食べよ〜!!」


 ウズは先程の怖がりな姿から一転、目をキラキラと輝かせながら席に座った。すると、それに呼応するように厨房からナガレちゃんが登場した。


「はいはーい。ごちゅーもん聞くよー」


「ウズは美味しいものがたくさん欲しいのです」


「おまかせってこと?いいよー」


 ウズはものすごく目をきらびやかに光らせている。やはり見た目通り成長期の女の子。聞いた限りだとここ数日はまともに食事もできていなかったのかもしれない。それを考えると「何もしてないのに食い意地張るな!」と怒るのは完全にお門違いだろう。


 それに、なにより小さな女の子のワクワクした目は癒される。これで良いのだ。


 私たちもそんなウズの前に並んで座る。それを見たナガレちゃんが私たちの方に話しかける。


「おふたりさんはどうする?」


「ビールある?」


「びぃる?なにそれー?」


「あ、えっと……シュワシュワなお酒ある?」


「発泡酒のことかなー?はいよー」


 そうか、ビールじゃ伝わらないんだ……多分ペリー来航と共に日本に入ってきたんだろうな。それでも発泡酒はあるんだ。


「あ、発泡酒は麦と芋があるけどどっちがいいー?」


 なんか焼酎みたいだな……でも芋のビールって飲んだことないなぁ。


「えっと……なにが違うの?」


「うーん、値段かな?麦は育ちにくいからちょいと高いんだよねー。それに比べて芋はどこでも育つから安いんよー」


 へぇー。でも今日はタダ同然だから普通に麦を……いや、やっぱり気になるから芋……


「じゃあどっちもで!」


 私は欲張った。お金かからないしいっか、という思いで。


「モエはどうする?」


「私は芋だけにします」


 ナガレちゃんは「はいよー」と言いながら厨房へと入っていき、お皿を三つ持って戻ってきた。


「ほいよー、まずお漬物ー」


 机にトンと置かれたお皿を見たウズは、あまり子供が食べようとしない漬物であることを確認した。しかし、そんなことは気にせず即座に手を出す。

 ウズが食べ進めると同時に、私たちの元にもお酒が提供される。芋のビールは……うん、なんか甘みが強い?炭酸もちょっと弱いかも。麦は……うん、普通だな。この世界では芋が普通なのかもだけど。


「はいー、お魚の煮付け」


 ウズは、子供が嫌いそうな見た目の煮付けも当たり前のように平らげる。


「次は海の幸を多く入れたお味噌汁ー」


 小骨すら噛み砕いているんじゃないかというペースで食べていく。まさに食いしん坊少女。元の日本でフードファイターとして生きたらとてつもない賞金を手にするかもしれない。


「いやー、こんなに食べてくれるなんて料理人冥利に尽きるねぇー」


 厨房にいるナガレちゃんはしみじみとした表情で鍋を振る。どうやら炒め物を作っているようだ。と思ったらしゃもじに持ち替えて釜からご飯を茶碗に盛り始める。この辺りはさすがプロ。色々考えて行動しているのだろう。


「そろそろご飯が炊けてるから先に出しちゃうねー」


 そうして私たちの目の前に出てきたご飯は至って普通で、まさにお茶碗一杯の量。しかし、ウズに出たご飯は普通とは程遠かった。


 ボウルかよってくらい大きな木のお皿に山盛りになった白米がドーンと乗せられている。ウズはそれにたじろぐことなく箸を進める。私たちはその食べっぷりを肴にお酒を飲む。


「さてさて、最後のおかずかな?お肉とお野菜の味噌炒めでーす」


 とてつもなく大きな大皿にドカーンと回鍋肉のような料理が乗せられている。まさにウズ専用って感じ。ウズはそれでも箸をとめない。それが彼女の意地ってもの、なのかもしれない。


「ごちそうさまでした!」


 彼女は食べきった。あまりにも多いその食料をまさに掃除機かのようなスピードで完食したのだ。信じられない。


「すごいねー。こんな食事王がいるだなんてー。また来たらサービスしないとねー」


 ナガレちゃんはニコニコしながらお皿を片付ける。私たちはその食べっぷりに圧倒されて正直ちゃんと食べれた気がしない。


「そ、それじゃ、帰りましょうか。」


 モエはスタンと立ち、少し早歩きで店の出口に向かう。


「あ、あの、本当にお金払わなくて大丈夫なんですか?」


「――男に二言はねぇよ……」


 トゴーはカッコつけたが、その目には少し光るものがあった。わかるぞー、その気持ち。

 後輩にカッコつけて「奢っちゃうぞー!」って言った後に会計したら思ったよりも高くてびっくりしたあの日を思い出す。

 まあ、私たちがこれからウズちゃんを養えるのかは甚だ不安だけどね……


「あ、そうだ再立。これ持ってけ」


 涙を拭いたトゴーが単語帳のようなものを投げ渡してきた。単語帳との違いはリングが木製で、紙が桜の花びらの形をしているということだ。


「そいつはな、話札はなふだって言って遠くの人と話が出来るって代物だ。紙一枚一枚に魔力が込められてて、輪っかに登録された番号を書けばそこに繋がる。紙が無くなった時は俺が補充してやるから持ってきな」


 リングを見てみると、確かに十一桁の番号が書いてある。

 やっぱり日本とは別方向で技術が発展してるんだな。そりゃ二百年も魔法扱ってたら携帯的なものも生まれるわ。


「これここの話札番号な」


 渡された一枚の黄色の紙をリングに通し、私たちは店を後にするのだった。

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