第5話 初戦

 私は初めて『改物』とはなにか、を目の当たりにした。

 白い体に六本の人間のような足、二本の触覚、二枚の羽を持つ気色悪い物体。しかも、触覚と羽はどうも男たちの手が変化したもののようだ。彼らの手は合計で八本。羽一枚に四本の手を使っているとすればちょうど数が合う。

 そして、これを私の知っている生物で表現するならば、シロアリを巨大化し、人間の顔を限界まで気持ち悪くしたような面を付けた存在。明らかに虫であるが、どこかに人間の面影を残している。


「おいおい、人間じゃなくて改物でしたってどういうことだよ!改物と融合したってことか!?」


「いえ、おそらく違います。あの強盗たちは、最初から改物なんですよ」


「――?それはつまりどういうことだよ!」


「人間の姿に変化できるように改造された生物、ということなんだと思います。改物は人間が変身するものでは無いんですよ。『人間』という生物を改物化したら、人間によく似た改物になるはずです。仕組みは分かりませんが、そうなっていないということは彼らは元々改物だったものを人間の姿に変えていた、ということなのでしょう」


 改物は言葉を発さない。「キリキリキリ」という不快な音だけを発している。先程まで人間の言葉を話していたのに。どうやらコミュニケーションを取るのは厳しそうだ。


「しかし、まずいですね。大きさが絶妙すぎます。ある程度魔法を使って追い払うことも出来なくはないでしょうけど、建物の高さがギリギリ過ぎますね……私の魔法を使ったら逃げる間もなく建物が燃え尽きてしまうでしょう」


 モエは汗を一滴垂らした。その汗が私に落ちると同時に、私の意識がハッと戻ってきた。改物がキリキリと音を立てながらなにか攻撃の準備をしている。


「も、モエ!剣だよ!剣!」


「え?剣……ですか?」


「アイツらが落とした剣を使えば戦えるかも!」


「そ、そうは言っても取りに行けませんよ!相手の真下にあるんですから!」


「くぅ、ダメかー!」


 シロアリ的な化け物が顎を開き、攻撃をしてこんとする。もう万策尽きたかも……と思った次の瞬間だった。




 ズドーン!!




 まただ。またこの音だ。いや、まさしく先程の音そのものだが、なにか重みが違う。音は質量を持たないはずなのに、体にズシンと重みがのしかかる。その音は化け物の後ろから放たれているようだ。


「――明らかにおかしなところから銃声がしたから何かと思えば……」


 そこに居たのは褐色で短髪の……店に入る前に見た鉄砲使いの女の子だ。


「ほらほら、こっちだよー!」


 化け物が褐色の女の子の呼ぶ方へと動き始めた。女の子がいるのは的のある広い場所。少なくとも店内よりは戦うのに丁度いい。

私とモエも急いで移動する。


 褐色の女の子が移動の様子を確認すると同時に、私たちに大きな声で指示を始める。


「おーい!おふたりさん!とりあえず広い場所に向かって走って!!」


「わ、わかった!」


 私たちは女の子の指示に従う。これが正常な判断か否かは正直に言ってわからない。でも、まずは行動しないことにはなにも起こらない。事態を好転させるための一手をバチッと打つため、運動不足極まりない二十代の体を全力で動かし、的のある領域へと駆け出した。

 それを確認してから、女の子も走り出す。改物はそれに釣られるかのように広い土のグラウンドに歩みを進めた。女の子はそんな改物の左中足に弾丸をズバンと撃ち込んだ。しかも、器用なことに後ろ向きに走りながら。まさに一体となっているかのようなその姿はあまりにも美しく、煌びやかだった。


「再立さん、私達も何かしらの攻撃をしなくては!」


「うん……それは分かるんだけど……」


 今の私には使える技があまりない。私の『リピート』の欠点はまさにここ。完全に他人任せなのだ。戦況や経験で貯めた攻撃方法が尽きれば私はただの一般人。現状私の攻撃方法は鉄砲だけだ。


「……とりあえず攻撃しなければ始まりません。私はガンガン撃ちますからね」


 モエは精神を統一し始める。私もそれに合わせるかのように心を研ぎ澄ます。


「リピート!」


 先に攻撃したのは私だった。両手に女の子が使っているものそっくりの銃が現れ、先程と同じように手が勝手に動いていく。私は一瞬にして銃撃の体勢になり、そのまま改物の右前脚に一発、ドーンッと撃ち込んだ。今度は耳鳴りも少ない。

 この攻撃に真っ先に反応したのは褐色の女の子だった。


「――?キミ、凄く上手いね。私と同じくらいだ」


 魔法でパクっているだけではあるが、それでも威力は本物。改物の脚は膝にあたる場所から下がどこかに飛んでいってしまった。しかも一箇所ではなく二箇所。通常であればかなりの手応えを感じてもおかしくない。


 しかし、この攻撃はバランスを崩す程の攻撃では無いようで、改物は四本脚で何食わぬ顔を維持しつつキリキリと不快音を撒き散らしている。やはり昆虫からしたら脚の二本くらい安いものなのだろうか?

 二回の攻撃で相手にダメージを与えた直後、今度はモエが攻撃をする。


「『発破』!!」


 改物の体の下から小規模な爆発音が響いた。しかし、これは大きなダメージにならなかったようで、改物は何事も無かったかのように立ち上がる。


 そして、反撃の狼煙と言わんばかりに顎で白土を掘り、掘った土をそのままこちら目掛けて振り飛ばした。精度は良いと言えなかったが、土の塊が向かってくるのは恐怖だ。さらに、塊が飛ぶくらいならまだしも、細かな白土が宙にふわふわと浮いている。幸いなことに白土は不燃性なので炎魔法を使っても粉塵爆発という最悪な結末は起こらないだろう。

 しかし、それは単純に凄まじい目くらましとなり、改物の白さも相まってなにも見えなくなってしまった。こういう時に大事なのはなんだろうか……ともかくまずは報連相。コミュニケーションを取らなくてはいけない。


「モエ、いる?」


「ええもちろん」


 声のする方向に手を伸ばし、モエの手をがっしり掴む。モエは少し驚いたようだったが、すぐにその状態に慣れたようだった。


「えーっと、銃使いの子〜!居る〜?」


「居りますよ!あと私はハナと申します!」


「ハナちゃん!よろしくねー!」


 挨拶をしている場合では無いのはわかってる。でも挨拶しないと礼儀悪いみたいになりそう……というのは社会人的な思考に染まっている、のかそれとも私がそういう性格なのか。真相はわからない。


「――それにしても、アイツはどこに消えたんですかね……」


 モエがそう言った瞬間、なにかが近くを通り過ぎたかのような一瞬の風が吹いた。改物は音も出さず姿をくらましたが、私たちは大きな声を出した。それはつまり、相手に自分の場所を把握させてしまったということ。そして、目の前には敵がいない。ではどこにいるのか。


「――!?リピート!」


 真後ろで爆発音が聞こえた。そう。改物は私たちの背後にいたのだった。咄嗟の魔法はもちろん『発破』。それも割と近い場所で発動してしまえば、なにも守るものがない私たちはもちろん爆風で吹き飛ばされる。


「うわっ!!」


 モテはバタッと転げ、私はゴロンと倒れた。明らかに受け身を取れていない私は大ダメージを負ったかと思いきや、膝を少し擦りむいた程度で済んだ。私はこういうところで運がいい。


「後ろでしたか……」


 モエは悔しさとも怒りともとれる表情を浮かべた。少し遠くで何かが落ちる音がする。おそらくこれは改物が土を飛ばしまくっている音だ。それ故になかなか土ぼこりが無くなってくれない。なにかこれを飛ばす方法はないだろうか……風魔法は使えないし……

ん?風?

 私はさっきの攻撃を思い出した。私がリピートした時、私たちは爆風で吹き飛ばされた。粉が舞ってなにも見えないのなら、換気をすれば良い。方法は


 ルールなどいらない。アイデア勝負。私はモエに一言指示をした。


「モエ。発破って二つ同時に使える?」


「――ええ。使えなくは無いです」


「じゃあさ、私たちから大体五歩分くらい離れた南北の場所から『発破』を使ってくれない?」


 モエは不思議そうな顔をしながらも、一度だけ頷いた。そしてモエが『発破!』と叫んだ瞬間、私たちの前後から強い風が吹いてきた。風はすぐに止んだように感じたが、私たちの周囲では吹き続けているようでどんどんと視界が開けていく。


 一直線上の「ある点」からの距離が全く同じで、方向が違う二点から風が吹けば、「ある点」での風は相殺される。とはいえ、一度流れてきた空気が逆流して戻ることは無い。


 では、その空気がどこに行くかと言えばなのだ。つまり、この方法を使えば私たちの周りに突風を吹かせ、邪魔な砂を一掃できる、というわけだ。


 私たちが手に入れた視界の先には、また新たな攻撃を仕掛けようとする改物ヤツの姿があった。


「――再立さん、私の最大火力ひっさつわざ、使ってもいいですかね?」


「使っちゃおう!」


 私はモエの必殺技を知らない。だけど、とてつもない一撃を放つ確信があった。


「いきます……『炎上』!!」


 モエが放った明瞭な名前の魔法はシロアリの体を強く焼いた。しかし、シロアリはあの忌々しきゴキブリ科。生命力は半端ではなく、致命傷になりうる火傷を負ってもなお動きが止まらない。今度は反撃と言わんばかりに羽を震わせ、振動と共に空中に舞い上がった。


「飛べるの!?キモ!!」


 思わず感情を吐露してしまった。いやでも、三メートルクラスの虫ってだけでもキモいのに、飛ぶなんていったらキモいキモくないの範疇にないと思う。

 しかし、そんなことを考えている暇はどうもないようで、改物は一気に私に向かって突っ込もうとする。


「再立さん!的の裏に隠れてください!」


 モエは咄嗟に指示を出した。私はそれに従い、近くの大きめの的の裏に隠れた。改物は巨体ゆえ急には止まれない。車と一緒だ。

勢いそのままに的にゴーンっと頭をぶつける。しかも、本来であれば圧倒的な質量と勢いで木製の的などぶち壊れてもおかしくなさそうだが、先程のモエの発言によるとこの的には「保護魔法」が施されている。つまり……


「キリャァァァァァァア!!!」


 鉄の壁に全力ダッシュで突っ込むようなもの。改物は言語表現の難しい声を発し、その場に倒れ込む。私は「ここだ」と確信した。


「もっかい『炎上』!!」


 ただでさえ痛い体に追い打ちをかける炎上。十五秒程度こんがりじっくり焼かれたシロアリの体からは白色が消え、全て黒色に変わっていた。

 改物からは先程までの生気は完全に消滅し、それが既に炭素の塊でしかないということを主張していた。


「再立さん、まさか倒してしまうとは……」


「――やった!!」


 嬉しい。すごく嬉しい!!一般人がこんな怪物を倒してしまうなんて!カンペキにヒーローじゃん!私!!あ、でも……


「でもさ、これは元々人……だったわけでしょ?」


「――先程も言いましたが、おそらくこれらは改物を無理やり人間の形に押さえ込んでいるだけなんだと思うんです。人だと思うと情が出て被害が拡大しかねませんので、そういう思いは捨てた方が良いです」


「で、でも、何かしら人間のように思考が出来ていたわけだし」


「再立さん!本当にその考えは捨てるべきです。改物討伐の大事なことはとにかく被害を出さないことなんです」


 そっか……どんな綺麗事をならべても結局そいつは化け物なんだもんね。そんなの倒さない方がおかしい……もんね。


「――あれ、というかハナちゃんは?」


 先程までいた銃使いの子が消えている。どこかに行ってしまったのだろうか。


「いつかどこかで会った時にしっかりお礼を言わなくてはですね」


 また、会えるかな?どこかで再会したいな。


◇ ◇ ◇


「いやぁー!改物討伐も案外できるもんだね!」


「甘く見てると痛い目に合いますよ」


 私たちは改物出現の騒ぎに巻き込まれないように試撃場を後にし、洋風の旅館に戻ってきていた。

 いやー早く着替えてお風呂にでも浸かりたいな〜……ってあれ、私、今まで何で戦ってきた?まさかこの白いTシャツ……そうだ、これだ!私はずっとこれで戦ってきたんだ!


「モエ、なにか着替えない?」


「あるにはありますよ。着てみますか?」


「うん!」


 モエは一度部屋を出ていき、色々な服を取ってきた。モエの着ているゴスロリのような服や、伝統的な着物、セーラー服にしか見ないものなど、日本発祥だったり、日本で文化が拡大して行った服が多く取り揃えられていた。どうやら、服に関しては江戸時代とか関係なく広まっているらしい。


 今後戦闘をして行く……となれば、ある程度動きやすいセーラー服……がいいのかなぁ?

 ということで、私はとりあえずセーラー服を着ることにした!二十六歳だけど、身長低めだし、なんとかなるっしょ!!

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