021・休暇と自惚れ


 あくまでも追われている身ということで派手な行動はとれない。

 だが、百万円という大金を手にした俺はこの金をどう使おうと自由という訳だ。

 使わない手はない。


「ウッヒョー。百万円か。何に使おうかな」


 帽子にマスクという顔を隠した姿で俺は街中を彷徨っていた。

 本当は団扇のように仰ぎたいところだが、スリにでも遭ったら大変だ。

 ポケットの中身から感触を味わうことしか出来ないところが歯痒い。

 それでも大金を持っていることには変わらない。


「最近まともな食事を摂れていないから何か美味いものでも食べたいな。どこかいいところは……」


 通りかかった先に焼肉店が目に入った。

 店から出る煙が食欲をそそった。

 俺は生唾をのんで迷うことなく入店した。


「肉、肉!」


 今、身体は猛烈に肉に飢えている。

 席に着いた早々、上が付くものを中心に頼んだ。


「待ちに待った肉だ。考えてみれば焼肉なんていつぶりだ? アパート暮らしの時から食べていない気がする」


 肉をひっくり返して良い頃合いになったところで僕は夢中で口へ掻き込んだ。


「うめぇ! 盗んだものじゃなくてお金を払って食べる肉ってこんなに上手いとは」


 とは言ってもそのお金は盗んだものなので結果的には正当なものではない。

 それでも満腹になるまで僕は肉を夢中で食べた。


「ありがとうございました。またのご来店を!」


 腹を抱えながら俺は店を出る。


「ぷふぁ! 食った、食った。満腹になるのはいつぶりだ? 結構苦しい。でも空腹で死にそうになっていた時と比べればマシか」


 動くことすらままならない状態で何をしようかと街中に目を向ける。

 エッチな店が目に入り、今の僕ならいけるんじゃないかと頭によぎった。


「いかん、いかん。そんなことにお金を使ってしまったら速水になんて言われることやら」


 心を鬼にして僕はエッチの店を通り過ぎる。

 悩みながら歩いていると派手でキラキラした看板に目がいった。


「ここって……」


 僕は興味本位である店に吸い込まれていく。

 そして速水と別行動をして五日後のことである。

 速水から電話が入った。


『もしもし、保高さん。楽しんでいますか?』


「速水。あぁ、まぁ」


『それは何よりです。今、どこですか? 一回、合流しますから例のホテルに来てください』


「あぁ、了解」





 約束場所のホテルで速水と合流した。


「ども、楽しめましたか?」


「まぁ」


「あれ? 元気ないですね。そうでもなかったんですか?」


「速水。追加で金くれないかな?」


「いいですけど、後いくらあるんですか?」


「三千円」


「は? たった五日で百万円を三千円にまで溶かしたんですか?」


「面目ない」


「いや、どうやったらそうなるんですか。まさか風俗で遊び呆けていたんですか? 欲求の塊ですか」


「いや、違う。命に誓って決してそのような店には行っていない」


「ふーん。じゃ、どうしたらそんなにお金を使ったんですか?」


「そ、それはその……」


 僕は言葉を濁した。


「言わないと追加でお金あげませんよ?」


「分かった。言うから」


「じゃ、どうぞ」


「その、パチンコで」


「パチンコ? まさかそれで全部スッたってこと?」


「面目ない」


 速水は言葉にならず手で顔をグチャグチャにする。

 しまいにはバンバンとベッドに拳を叩きつけた。


「したことなかったんだけど、入ったら止まらなくなって。最初、凄く大勝ちしてさ。その喜びが止まらなくなって続けたらどんどん負けて今の状況になってしまいました」


「バカですか?」


「はい。バカです」


「はあぁぁぁぁ。やっぱり私の読みは正しかったようです」


 大きな溜息を吐きながら速水は言う。


「どう言うことだよ」


「保高さんはお金の価値をまるで分かっていない。知らないからドブに捨てているんです」


「いや、泥棒に言われてもピンとこないんだが」


「兎にも角にも保高さんには私の許可なくお金を使うことは禁止です。これからは欲しいものがあれば私に相談してから買って下さい。いいですね!」


「わ、分かった」


 速水に強い口調で言われた俺は素直に聞き入れるしか出来なかった。

 自分の甘さを痛感した瞬間である。

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全てを失ったダメ人間の僕は犯罪者系美少女の人質として逃亡生活を送ることになってしまう。だが、逃亡生活の末に愛が芽生えて満足です。 タキテル @takiteru

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