第55話 カインの告白

 もし、孤児院長が生きているのなら、カインはこうして盗賊を続ける必要はないはずだ。


「カイン。孤児院長は多分生きているよ。こちらに来て一年位たった後でアンに会ったけれど孤児院長が死んだなんて話は出なかった。だからもう無理して盗賊なんてするのはやめてくれ」


 僕の必死の訴えかけにカインは力無く笑った。それは何もかもを諦めたような顔だった。


「それは出来ないよ、ジェレミー。俺は孤児院長以外にも手をかけた。俺はあいつを殺したんだ。あいつは間違いなく死んだ。この手でその死体を埋めたんだからな」


 カインのこの告白は僕には衝撃的だった。


 カインが本当に人を殺したなんて信じられなかった。


「あいつって誰? 一体誰を殺したの?」


 カインはその問いにはすぐに答えずに、じっと僕を見つめてきた。やがてゆっくりと口を開く。


「なぁ、ジェレミー。さっきアンに会ったと言ってたよな。その時アンはどんな様子だった?」


 カインに聞かれて僕はドキリとした。


 あの時のアンは娼館の人間から逃げていた時だった。それを匿い逃がそうとしたけれど、結局彼女は捕まってしまったのだ。


 そこで僕はクリスに頼んで娼館に手を回して貰い、アンを何処かの養女にして貰ったのだ。


 カインにどう伝えていいか迷っていると、僕よりも先にカインが話しだした。


「やっぱりジェレミーなんだな。アンを養女にするように手を回してくれたのは。さっきも言った情報屋に真っ先にアンの居場所を探して貰ったんだ。そうしたら娼館に入れられたって言うじゃないか。しかもそれをしたのが俺達の母親だって言うから笑っちゃうよな。アンを連れ出そうと思って娼館に行ったら既に何処かに養女に出された後だった。そこも調べて貰ったけれど、ちゃんと養女として大切にされている事がわかった。こっそり覗いたけれど幸せそうに暮らしてたよ」


 カインはアンが何処に養女に貰われて行ったのか知っていたんだな。


 幸せに暮らしているのなら何も言う事はない。


 だけど、どうして今アンの話をするんだろう。


 カインが殺した「あいつ」って、まさか?


「アンの幸せそうな顔を見て安心して帰ろうとした所であいつに会ったんだ。ブリブリ怒ってたよ。アンの娼館での稼ぎをあてにしていたのに、勝手に養女に出されたってな」


 「アンの稼ぎ」っていう事は、やはりカインの言う「あいつ」とはカイン達の母親の事に違いない。


「あいつはとんでもない野郎だよ。アンの稼ぎが見込めないとなると今度は俺を男娼にさせようとしやがった。あいつさえいなければ父さんだって死ぬ事はなかったんだ」 


「それは一体どういうことなんだ?」


 まさかカインの父親の死にも母親が関与しているとは思わなかった。


「あいつはとんでもない浪費家でね。父さんが稼いだ金も全て自分の為に使っていた。父さんもとうとう腹にすえかねて、次の稼ぎを全額母親にくれてやって離婚するつもりだったんだ。だけどその取引の帰りに盗賊に襲われて命まで奪われた。あいつがあんな贅沢さえしなければ、父さんも死ななくて済んだんだ」


 カイン達の母親が二人を孤児院に預けたのは、父親の借金を返すためではなく、二人の面倒を見るのが嫌だったと言う事か。


 それならばカインが母親を恨むのも納得がいった。


「そこであいつの話にのったフリをして人気ひとけのない森に連れ出してこの手で刺し殺したんだ。死体はその場で埋めたよ。あいつがいなくなったって探す奴なんていないさ。あんな金食い虫なんていなくなって清々してるよ」 


 そう言いながらも声が震えているのは、カインが心の何処かで母親の死を悲しんでいるからだろうか。


「随分と無駄話をしちゃったな。じゃあな、ジェレミー。元気でな」 


「待って! カイン!」


 僕が呼び止めるのも聞かずにカインは屋敷の外へ向かって走り出した。


 後を追いかけたかったけれど、シヴァが結界を解除する事はなかった。


 一人取り残された僕にアーサーの冷たい声が現実を突き付ける。


「ジェレミー。気落ちしている所を悪いが、明日朝一番に騎士団長に面会しろ」


 アーサーの言葉の真意がわからずに僕は問い返す。


「騎士団長に面会? 何で?」


 僕の反応にアーサーもシヴァも呆れたようにため息をつく。


「お前。今のカインの言葉を聞いていたのか? この家の事を情報屋から知ったと言っていただろう。じゃあ、その情報屋にジェレミーの事を教えたのは誰だ? 騎士団の中にその情報を流していた奴がいるかもしれないって事だ。最近、盗賊に遭遇しないのもそいつが情報を流している可能性もあるんだぞ」


 カインが母親を殺したという告白に気を取られていたが、確かにその情報屋のは事も気になる。


「ジェレミー。カインの事はもう諦めろ。あいつは既に人を殺している。それに盗賊団の一員として活動している。たとえ捕まったとしても強制労働では済まされないだろう」 


 アーサーの言葉が胸に重くのしかかる。


 その夜は寝付けないまま、朝を迎えた。

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