第50話 ダンスの練習と入学式  

 中等科の卒業式は何事もなく無事に終わった。


 これからしばらくの休暇の後で、高等科の入学式がある。


 いつものように皆で夕食を取っていると、父上からこう告げられた。


「ジェレミー。明日からダンスの教師が来るからな」


 僕は口の中に残っていた食べ物を慌てて飲み込むと、父上に問いただした。


「ダンスの教師てすか?」


 やはりアーサーの言うとおりだったか。


 だけど父上から伝えられるとは思わなかった。


「ああ、そうだ。高等科でも授業であるが、そこで恥をかかない程度には踊れるようになっていないとな」


 うわぁ。


 どれだけハードルが高いんだ…。


 それでも僕に嫌という選択肢はない。


「わかりました」


 そう答えると母上が僕にニッコリと笑いかけた。


「わたくしがジェレミーのパートナーを務めるわ。よろしくね」


 いきなり母上にそう言われて、僕は慌てて返事をした。


「あ、はい。よろしくお願いします」


 だけど、どうして母上が僕のパートナーになるのかわかっていなかった。


 その理由がわかったのは、翌日、ダンスの教師が現れた時だった。


 翌日、母上とダンスの教師を待っているところに案内されてきたのは男の教師だった。


 流石に男同士でダンスを踊るというのはちょっと気が引けるな。だから母上がパートナーになるのか。


 今日は初日ということで、簡単なステップを母上と一緒に踊った。


 ダンスの教師が帰ったあとで僕は母上に聞いてみた。


「母上。ダンスの練習はずっと続くのですか?」


 これを高等科卒業までというのは勘弁してほしいと思ったのだ。


 僕のげんなりした顔を見て母上はクスクス笑いながら言った。


「ある程度踊れるようになれば、家での練習は終わりになるわ。どうせ学校の授業でも踊るものね」


 それを聞いて僕はほっと胸を撫で下ろした。


 そうとわかればさっさとマスターして、家での練習を終わらせてしまおう。


 短期集中の練習の成果か、家でのダンスの練習は休み中になんとか終える事が出来た。


 そして今日はいよいよ高等科の入学式が始まる。


 高等科の制服に身を包み、僕は鏡の前に立っていた。


 侍女役侍従に身なりを整えられて、最終チェックをしていると父上と母上が部屋に入ってきた。


「ジェレミー、準備はいい?」


 母上が僕の姿を上から下へと眺めて、ほうっと息を吐いた。


「まぁ、素敵。高等科に入られた頃のアルフレッド様を思い出しますわ。中等科の皆で物陰からアルフレッド様の姿をよく眺めに行っていましたの」


 母上が昔を懐かしむような目で僕を見ているのを、父上は相変わらずの無表情で聞いている。


 もう少し喜んであげてもいいと思うんだけどね。僕が口を出す話でもないかな。


 アーサーとグィネヴィアも先程から部屋の中をふよふよと浮いているけれど、侍女と侍従達には見えていないようで誰も気にしていなかった。


 やがて馬車の準備も整い、僕はアーサーとグィネヴィアを懐に忍ばせて玄関へと向かう。


「それでは行って参ります」


 父上と母上に見送られて僕は学校へと向かった。


 学校の場所は変わらないが、校舎が変わるため馬車を降りる場所も変わってくる。


 高等科の校舎前で馬車を降りて、案内係に誘導されて教室へと向かった。


 既に教室にはクリスが先に来ていた。


「殿下。おはようございます」


 僕は真っ先にクリスの元へと駆け寄る。


 同じクラスの学生が二人、護衛騎士として側に立っている。


 僕が近付く際に少し警戒してみせたが、すぐに警戒を緩めた。


「やぁ、ジェレミー。久しぶり。もっと王宮に遊びに来てくれればいいのに」


 クリスは僕に隣に座るように促してくる。


 僕は両脇の護衛騎士達に断ってからクリスの隣へと腰掛けた。


「お久しぶりです。そうは言われても色々と忙しかったもので…」


 何度か母上と一緒に王宮へと訪れては、食事を共にしていたが、時々は断っていたこともある。


 多少は慣れたとはいえ、やはり王宮に呼び出されるのは緊張してしまう。


 クリスと話をしているうちに、次々と学生が登校してきて僕達に挨拶をして席に着く。


 やがて先生が入ってきて護衛騎士達もクリスの前後の席に座る。


 これから入学式が始まる講堂へと移動する事になる。


 身分の順番なのでクリスが護衛騎士を伴い、移動する後を僕も続いた。


 式典自体は中等科の時と変わらないので、何事もなく無事に終わった。


 教室に戻り、明日からの授業の話が終わると解散となるが、やはり今日も帰りはクリスと一緒だった。


 このまま王宮に向かい、いつものように王妃様と母上を交えての食事会が行われるのだろう。


 僕はこっそりため息をつきつつも、クリスと一緒に馬車に乗り込むのだった。

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