第46話 聖剣の解除

マーリンの魔石を破壊出来た事で、僕達がホッとしていると「ううっ…」といううめき声が聞こえてきた。


 声のした方を見やれば、マーリンの魔石を持ってきた男が意識を取り戻したようだ。


 しまった! まだこの男がいたんだ。


 僕達は慌てて臨戦体制を取る。


 なるべく殺したくはないな。


 そんな事を考えながら、男が体を起こすのを警戒しながら見ていた。


 男は上半身だけを持ち上げて、不思議そうな顔で辺りを見回していた。


「…ここは、一体? 私は何をしていたんだ?」


 その言葉を聞く限り、どうやらマーリンに操られていたようだが、本当に危険はないのだろうか。


 顔を上げた男を見て父上が驚きの声をあげた。


「ハワードじゃないか。…そういえばお前はランスロットと幼馴染だったな」


 父上に名前を呼ばれたハワードも、父上とお祖父様を見て驚いていた。


「こ、公爵様? それに先代の公爵様まで…。ここは一体何処ですか? それに何があったのですか?」


 ハワードがこの場の惨状を見て驚愕の声を上げる。


 確かにサロンのガラス窓は粉々に砕け散っているし、庭もこうして見てみると結構酷い状態だよね。


 ハワードは立ち上がろうとしたが、ウッと呻いてお腹を押さえて座り込んだ。


「何だか酷くお腹が痛いんですが、私に何があったのでしょう?」


 ハワードに尋ねられて父上はそっと顔を反らした。


 それを見てお祖父様が仕方なさそうにハワードに歩み寄った。


「何も覚えていないのか。お前は魔石に操られてこの公爵領にやってきたのだが…」


 ハワードはお祖父様の言葉を聞いて何かを思い出そうとした。


「魔石? そういえば随分と昔にランスロットと奇妙な祠で魔石を見たような気が…。あの魔石はどうしたのだろう? あれから時々、記憶がないような…」


 ああ、やはりランスロットが絡んでいたのか。


 ランスロットもハワードもマーリンに操られていたのか。


 ようやく立ち上がったハワードに近付いた父上は、これ以上ないくらいの毒を含んだ笑みを浮かべている。


 その父上の顔を見たハワードは、凍りついたように硬直している。


「詳しい話は後日聞かせて貰おうか。それよりも今日ここで見たことは口外しないように。さもなくばお前が公爵領を攻撃したことになるぞ」


 その言葉でハワードは自分が何をしたのか理解したようだ。


 コクコクと壊れた人形のように何度も頷いている。


 後で父上に聞いたところによると、この人も父上の同級生で侯爵家の次男だそうだ。魔力が豊富で王宮魔術団に所属しているという。


 そこへ現れた家令にハワードを任せると、お祖父様と父上は僕に向き直った。


「さぁ、ジェレミー。その剣について話を聞かせて貰おうか。どうしてアーサーとグィネヴィアが一つの剣になると知っていたのかを」


 僕の手には相変わらずエクスカリバーが握られている。


 その側にはアーサーとグィネヴィアの幻影が立って僕を見ている。


 二人ともどうして自分達が一振りの剣に変化したのかわかっていないようだ。


 シヴァもそれに同調するように僕を見て頷く。


 下手なごまかしは効かないだろう。僕は覚悟を決めて父上達に向き直った。


「今まで黙っていてすみません。僕には前世の記憶があります。こことは違う世界に生きていました。その記憶の中にアーサー王伝説というのがあるんです」


 そしてそのアーサー王が使ったと言われる伝説の剣がエクスカリバーだと告げた。


「アーサー王伝説だって? それは私の事なのか? 私は他の世界では有名人なのか?」


 アーサーが何故か興奮して嬉しそうな声を上げている。


 いや、全然別人だと思うよ。だってグィネヴィアはランスロットと…。


 ここで馬鹿正直にそんな話をアーサーに告げる気はない。


「いえ、別人の話ですよ。だってその話の中では王妃であるグィネヴィアとは仲が悪いとなっていましたから」


 僕の言葉に父上とお祖父様は何かを察したようだが、アーサーはそんな事はお構い無しに首を縦に振る。


「うん、なるほど。確かに私とは違う人物の話のようだな。私とはグィネヴィアはこんなにも仲が良いからな」


 そう言って側にいるグィネヴィアの肩を抱き寄せている。


 グィネヴィアがちょっと迷惑そうな表情を見せたのは黙っておく。


「前世の記憶があるのか。道理で時々子供らしくないなと思ったはずだ。それでアーサー達はずっとこのままなのか?」


 父上に指摘されて僕はちょっと考え込む。


 また2つのペーパーナイフに戻す事が出来るのだろうか?


 物は試し、と僕は「エクスカリバー解除」と唱えてみた。


 すると手に持っているエクスカリバーが白いモヤに包まれたかと思うと、一瞬で2本のペーパーナイフに変化していた。


 ふよふよと宙に浮いている2本のペーパーナイフ。


 …やっぱりシュールだな。


 壊れたガラス窓や荒れた庭を皆で手分けして元通りに戻して僕達は屋敷の中に入った。


 壊れた魔石はシヴァが回収して神木しんぼくに保管して来るようだ。


 こうしてマーリンの襲撃は幕を閉じた。


 これからは平穏な日々が続くといいな。

 

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