第26話 望まぬ再会
僕はぶつかった相手の顔を見て驚いた。
そこにいたのは孤児院で一緒だったカインの姉のアンだった。何故こんな所にいるんだ?
「ア、アン?」
声をかけられたアンは僕が誰だかわからず一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに思い出したようで驚きの表情を見せた。
「…まさか、ジェレミーなの?」
アンもまさか僕にここで会うとは思ってもみなかったのだろう。
次の言葉をかけようとしたところで、何人かの足音と怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい! こっちの方へ逃げたぞ! さっさと捕まえろ!」
その声が聞こえた途端、アンがピクリと体を縮こまらせた。
まさか、追われてるのはアンなのか?
僕は咄嗟にアンを物陰に隠すと何食わぬ顔でブラブラしているふりをした。
そこに3人の男が顔を出す。
「おい! そこの坊主! こっちに女の子が来なかったか?」
男の一人が僕に声をかけてきた。
答えようとして、ふとその顔に見覚えがあるような気がして訝しく思う。
「女の子? 向こうに走って行ったのがそれかな?」
見当違いの方向を指差すと男達は何も言わずにそちらの方向へと走って行った。
やれやれ、せめてお礼くらい言ってもいいと思うんだけどね。最も嘘を教えたんだから怒鳴られる方かな。
男達の姿が消えたのを確認して僕はアンに声をかけた。
「アン。もう行っちゃったよ」
アンは恐る恐る物陰から顔を出すと、ほっとため息をついた。
僕はアンの姿をしげしげと眺める。
この一年の間に随分と成長したみたいで、背がかなり伸びている。
それに服装もこざっぱりした感じで、どこかの家のお嬢さんって感じだ。
もしかしたら何処かに養女として引き取られた?
でも、実の母親がいたんだから養女には出されないはずなんだけどな。
そう思ってアンの顔を見て違和感を覚えた。
もしかしてお化粧をしてる?
「アン。今の人達は? どうして追われているんだ?」
アンは僕の問いに一瞬顔を曇らせたが、すぐにフッと笑って答えた。
「あの人達は娼館の用心棒なの。私がそこから逃げ出したから追いかけて来たのよ」
えっ?
まさかの言葉に僕はすぐには理解が出来なかった。
ショウカンってあの娼館だよね。
だけどアンはまだ13歳のはずだ。それなのに娼館ってどういう事だ?
言葉を発する事が出来ない僕にアンは更に衝撃の事実を告げる。
「あの孤児院の火事の後で私のお母さんが迎えに来たの。そして私を娼館に売ったのよ。自分が年を取って客が付かなくなったからってね。そんな顔をしている所を見るとジェレミーも知っているんでしょ。娼館が何をする所か」
アンにそう言われて僕は何も返事が出来なかった。
確かに娼館がどんな所か知っているし、何より実の母親が娘を娼館に売り飛ばすなんて思いもよらなかった。
だけど、カインは?
カインは母親のする事に何も言わなかったのだろうか?
「アン。カインはどうした。君が娼館に行くことを何も言わなかったのか?」
アンは少しがっかりしたような顔を僕に見せた。
「そう、カインは一緒じゃないのね。カインはあの火事の翌日、孤児院に行ったっきり帰って来なかったわ。ジェレミーも居なくなったって聞いたからてっきり一緒だと思っていたのに…」
カインが行方不明?
思わぬ事態に僕は困惑した。
まさかカインがアンを置いて居なくなるとは思わなかった。
もしカインの意志でないとしたら、誰かに連れ去られたのだろうか。
そこで僕は孤児院を出た後の宿屋で乱入者があったのを思い出した。
そうか。何処かで見たような顔だと思ったらあのときの乱入者に似ているんだ。
あの時の男が釈放されたんだろうか?
「ジェレミーは何故、ここにいるの? 割といい服を着てるからもしかして何処かに養子にもらわれたの?」
アンに問われて僕は本当の事を告げるべきかどうか迷った。
何をどう言ってもアンと僕の道はこんなにも隔てられている。
「私に気を使わなくても良いのよ。でも出来ればあなたに会いたくはなかったわ。こんな汚れた私をあなたに見せたくなかった…」
「…アン」
それ以上は言葉が出なかった。何をどう言ったら良いのかかける言葉が見つからない。
そのうちにまた、さっきの男達が戻って来たような足音が聞こえてきた。
アンをまた何処かに隠そうと思うより先にアンは駆け出した。
「さよなら、ジェレミー。元気でね。…好きだったわ」
アンが走り去った後を男達が追いかけて行った。遥か向こうでアンが男達に捕まるのが見えた。
追いかけようとする僕の腕を誰かが引き止めた。
パッと振り向くとそこに立っていたのはクリスだった。
「よせ、ジェレミー。これ以上彼女を傷つけるな」
僕が追いかける事が彼女を傷つける事になるのだろうか?
そこで今の自分の立場に思い至った。
彼女を追いかけても彼女の気持ちに応えてやることが出来ないのは明白だ。
それに既に彼女は客を取らされているんだろう。だから会いたくなかったと言ったに違いない。
立ち尽くす僕の肩をクリスが優しく叩いた。
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