第20話 アンデッド

 その匂いに一番影響を受けたのはシヴァだった。


「グッ! 何だこの匂いは! 駄目だ! 鼻がやられる!」


 シヴァはその場に座り込むと前足で鼻を押さえて匂いに耐えている。


 シヴァは神獣だけど、犬とか狼っぽいから嗅覚が強いんだろう。だけどその強い嗅覚のせいでもろにこの匂いの破壊力にやられたようだ。


 何処からともなく漂ってきた匂いは何かが腐ったような匂いだった。


 嗅いだ事はないけど死臭ってこんな匂いなのかな。


 そんな事を考えている間にどんどん匂いが強くなり、ズルッ、ズルッ、と何かを引き摺っているような音が近付いてくる。


 そして木の陰から姿を現したのは一人の男だった。その顔は異常に真っ白で血が通っていない事がわかる。


 体のあちこちの皮膚は何かに食い千切られたように破れ、シャツのボタンがはだけた所から内蔵が見えた。そこから白い小さなものがモゾモゾと動いているが、多分ウジ虫が湧いているんだろう。


 あれはゾンビかアンデッドと呼ばれるものに違いない。男は剣を引き摺りながらこちらに歩いてくる。


 だけど何故こんな所にいるんだろう。魔獣がいるとは言っていたが、アンデッド系が居るとは父上は言っていなかったぞ。


 その姿を見て叫んだのはアーサーだった。


「お前はランスロットじゃないか! 生きて…いや、死んでアンデッドになったのか?」


 この人がランスロット?


 血の気のない顔で目は落ち窪んだようになっているけれど、生前はハンサムでモテただろうなという事がわかる。


 つまりこの男が母上を唆して家出をさせて、僕を孤児院に捨てたという事か。


 僕の人生を狂わせた男がどうしてアンデッドになってここに現れたのかはわからないが、この手で引導を渡せるならば願ったり叶ったりだ。


「ううう…。公爵は何処だ。私がこんな姿になったのも全てあいつのせいだ。…何だ、お前? 公爵に似ている?」


 ランスロットが僕に視点を合わせた。


 ゾッとするような視線を僕に向けるとその目が怪しく光った。


 途端に僕の体が硬直したように動けなくなる。足を動かす事も剣を振る事も出来ない。


 シヴァは相変わらずうずくまったまま、動こうとしない。神獣なのにこんな弱点があるなんて聞いてないよ。


「ジェレミー! どうした? あいつを斬り捨てろ!」 


 アーサーが怒鳴るけれど、指一本動かせない状態なのに無茶を言ってくれる。


 このままじゃランスロットに捕まる、と思ったその時、父上の姿が見えた。


「ジェレミー! 無事か?」


 父上は僕に駆け寄ると僕を背に庇い、ランスロットに対峙した。


「ランスロット。そんな姿になってまで私の所に来るとはな。だがおかげで私もお前に恨みを晴らせるよ」


 そう言うと父上はアーサーに向かって叫んだ。


「アーサー! 来い!」


 すると僕の手からアーサーが飛び出すと父上の手に収まった。それと同時に僕の時よりも大きな剣に変わる。


 父上は両手に剣を構えると、ランスロットに向かって斬りかかる。


 ランスロットはアンデッドとは思えない動きでその剣を躱す。そこから二人の攻防が始まった。


 二人は激しく剣を打ち合う中、僕は巻き込まれないようにシヴァの側に寄った。


「ランスロット! これで最後だ!」 


 父上は剣に魔法を纏わせるとランスロットに斬りかかった。


「ぎゃあああ!」


 ランスロットは断末魔をあげるとその場に倒れた。倒れた体がサラサラと砂のようになり崩れていった。


 父上はしばらく肩で息をしていたが、クルリとこちらを振り向いた。


「ジェレミー。怪我はないか?」


 僕の側により上から見下ろしてくる。


「だから見下ろすなって!」


 アーサーが文句を言っているが、父上は意に介さない。


「済まない。あの匂いだけは駄目なんだ」


 シヴァが尻尾をダラリと下げたまま僕の手をペロペロと舐める。


「シヴァ。気にしてないよ。父上、ありがとうございます。怪我はありません」


 父上は満足そうに僕の頭を軽く撫でた。


「だけどあの人はどうやってここに来たのですか?」


 僕の質問に父上はちょっと眉を下げた。


「さっき、食事の後でバトラーが知らせに来たんだ。森の結界をすり抜けたような跡があるってね。そちらに行って後を追いかけているとお前達が見えたんだ。まさかランスロットとは思わなかったな」


 それにしてもどうしてランスロットはあんなに父上に敵意を抱いていたんだろう。


「父上とあのランスロットとは何かあったのですか?」


「学院の頃、剣で何度か戦った事がある。彼は騎士志望だったから、騎士でもない私が同格に戦えるのが気に入らなかったようだ。それにジュリアの事もあったしね」


 つまり剣でも恋愛でもライバルというか気に入らない相手だったと言うわけか。


「それでアーサー。ジェレミーの魔法はどうだった。学院に入れそうか?」


 そうだった。魔法の訓練に来たのに変な横槍が入っちゃったんだよ。


「バッチリだ。この調子で訓練していけば問題ないよ」


 ペーパーナイフの姿になったアーサーがフワフワと浮いたまま答えた。


「そうか。どうする、まだ続けるのか?」 


 もう危険が無いのならもう少し訓練をしてみたい。


「シヴァとアーサーが良ければもう少し続けます」


「私は構わないぞ。さっきの失態を取り戻すためにも訓練を続けよう」 


 シヴァがやる気に満ちた目で僕を見上げる。


 アーサーも僕の手に収まると剣の姿になる。


「仕方がない。付き合ってやるか」


 父上は満足そうに頷くと屋敷の方へ戻って行った。


 僕達はそれから夕食の時間まで訓練を続けた。

 

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