第15話 母上の目覚め

 アーサーとグィネヴィアは母上のベッドへと移動していた。


 ベッドに横たわる母上の体の上に2本のペーパーナイフが浮いてその上に半透明のアーサーとグィネヴィアの姿がある。


 ふと、ペーパーナイフの柄の部分に付いている魔石に目がいった。


 アーサーは青、グィネヴィアは赤だった魔石が今はどちらも虹色に輝いている。


 二人が自分のペーパーナイフを手にした途端に剣の大きさへと変化した。


 母上の頭上でお互いの剣の切っ先を合わせるとそこから虹色の光が降り注ぎ母上の体を包み始めた。


 虹色の光は幾度となく切っ先から降り注ぎ、母上の体に吸い込まれるように消えていく。


 僕と父上とシヴァは固唾を呑んでその様子を眺めている。


 やがて虹色の光が出なくなり、母上の体を包んでいた光が全て母上に吸収されるとアーサーとグィネヴィアの姿が消えた。


 剣の大きさだったのが元のペーパーナイフに戻ると虹色に輝いていた魔石も青と赤に戻った。


 宙に浮いていたペーパーナイフはバタリとベッドの上に落ちる。


「魔力を使い切ったか。しばらくは静かになるな」


 父上がポツリと呟いた。


 確かにいつもなら何か言ってくるはずのアーサーが一言も発しない。


 父上は母上の体の上に落ちた2本のペーパーナイフをベッド脇のテーブルに置いた。


 それが合図だったかのように母上の目がゆっくりと開いた。


「ジュリア。目が覚めたか?」


 父上が声をかけると母上はゆっくりと父上の方に顔を向けた。


「…アルフレッド様? …私はどうしたんでしょう?」


 母上は何かを思い出すように視線をあちこちさまよわせていたが、突然ガバっと起き上がった。


「ジェレミー! ジェレミーは何処? 」


 そう叫んだ途端にクラリと体が前のめりになるのを父上が慌てて支えてベッドに横たえた。


「落ち着きなさい。ジェレミーはちゃんといる。それよりも君が眠りについて9年が経つが理解しているか?」


 目覚めたばかりの母上にそんな事実を突きつけるのもどうかと思うんだけど、そういう所は直らないんだろうね。


「9年? そんなに経つのですか? それではジェレミーは?」


 父上は僕を手招きすると母上に顔が見えるように僕の体を引き寄せた。


 僕は正面から母上の顔を見つめた。紫色の瞳が驚いたように僕を見つめていたが、やがてその瞳はウルウルと涙に滲んでくる。


「本当にジェレミーなの? あんなに小さかった子が大きくなって…。」


 母上の手がそっと僕の頬を撫でてくれる。少しひんやりとした手が母上の体調がまだ万全でない事を告げているようだ。


 父上は母上の手を包み込むように握った。


「ジュリア。君がこの家を出ていった時の事を話してくれるか?」


 父上の問い掛けに母上は一度目を閉じたが、意を決したように目を開けると、ゆっくりと語りだした。


「あの日、わたくしはエレインを連れてランスロットと待ち合わせたカフェへと向かいました。カフェには入らずに路地を抜けた先に待っていたランスロットの馬車に乗ったのです」


 これはアーサーが言っていた事と一緒だな。


「隣の街に着いた時、馬車では見つかりやすいからと、馬で移動すると言われました。いくら何でもお腹にジェレミーがいるのにそんな事は出来ないと言ったのですが、並足だから大丈夫だと言われて承諾しました。それなのに並足から徐々にスピードをあげて走り出したんです」


 アーサーから聞いたときも腹が立ったけれど、母上から聞くと更に怒りが増してくる。


「驚いて止めてくれるように頼んだのですが聞いてくれず、そのうちお腹に痛みが出て来たんです。ランスロットはそんなわたくしの様子を見てようやく次に辿り着いた街でわたくしを医者に連れて行きました」


 その時の事を思い出したのか、母上はきつく目を閉じた。次に目が開けられた時は薄っすらと涙に滲んでいた。


「その医者から産婆の所に連れて行かれて、更にランスロットが借りた空き家へと移動してそこでジェレミーを出産しましたが、わたくしの体は既に限界でした。起き上がる事もジェレミーにお乳をやることも出来なくなっていました。最初はわたくしが持ち出した宝石を売って乳母を雇っていたのですが、ある日目覚めたらジェレミーがいませんでした。ランスロットに聞くと神殿に連れて行ったと言うのです」 

 

 父上は母上の手を優しく撫でていたが、そっと母上の額にキスを落とした。


「ジュリア。落ち着いて聞いてほしい。ランスロットがジェレミーを連れて行った先は神殿ではなく孤児院だった」


 父上の言葉に母上は一瞬ポカンとした顔を見せたが、すぐに両手で顔を覆って泣き出した。


「…なんて、…なんて事を…。わたくしのジェレミーを孤児院に連れて行くなんて…。申し訳ありません、アルフレッド様。あんな男の甘言に乗ったばかりに…」


 昨日の父上の怒りもそうだが、こうして母上が悲しんでいるのを見ると、僕が孤児院に入れられたのが貴族としてはありえない事だと言うのを思い知らされる。


 父上は母上に覆いかぶさるようにしてその体を抱きしめた。


「落ち着きなさい。ジェレミーは大丈夫だ。アーサーがジェレミーの為に神獣様を連れてきてくれた」


 えっ? 神獣? シヴァが?


 父上の言葉に驚いてシヴァを見ると、シヴァはニヤリと笑った。  


「まぁ、そういう事だ」

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